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言わない男と言い過ぎる女

#恋愛小説 #ショート #離婚後の恋愛 #こころの風邪 #登場人物少なめ #男と女のケンカ #都立大学前駅

俊介は途方に暮れていた。どうしてよいのか判らず、死んでしまおうかと思うほど絶望の縁に立たされた気分だった。今日正式に3年間一緒に暮らした妻と離婚の手続きをした。社内恋愛で知り合って都合5年の付き合いが、今日終わった。彼女にとって何が不満だったのか、俊介には最後まで理解できなかった。彼女の希望で都立大学前に相場より高い新築マンションを35年ローンで購入した。彼女の欲しいと言ったものは殆ど文句を言わず買わせた。居間にあるサボテンも飽きっぽい彼女が育てられるわけないと思いながらも彼女の言うままに買ったが、結局水やりは俊介の日課になった。付き合い始めてから浮気などカケラも無く、何ひとつ責められることは無いと思っていた。しかし彼女は俊介の元を去っていった。離婚にあたって俊介と彼女は公証役場で公正証書を作成した。彼女は財産分与と慰謝料を俊介に要求し、俊介はそれに従った。早く終わらせたい気持ちと彼女のお金に執着する醜い姿を見たくないと思い、全て彼女の要求通りに支払うことにした。この離婚で俊介に残ったのはマンションの膨大なローンと2年間に渡って払い続ける彼女への慰謝料、女性を信じられない気持ちだった。俊介にとって幸運だったことはマンションの部屋に首を吊るのに丁度良い場所が無かったことだった。
 
銀行員の俊介は真面目一辺倒で女性の扱いは得意ではなかった。そんな俊介の真面目さを好きになった女性がいた。同じ支店でカウンター業務をしていた彼女だった。彼女から社内のイベントのときに話し掛けられ、付き合うようになった。だから始まりは彼女が俊介を口説いた形だった。1年もすると2人の仲は支店内で公認の仲となり、彼女は支店内で過剰なほど俊介にベタベタしていたので彼女の美貌も手伝って、誰もがうらやんだ。支店一のカタブツの俊介が支店一の美貌を誇る女性とくっつくなんて周りは想像できなかった。しかし、そのアツアツ振りはお堅い銀行で許されることはなく、俊介か彼女のどちらかが移動または退職せざるをえない状況になった。結局彼女が退職することになり、寿退社という形で収まった。俊介はまだ結婚を考えていなかったが、結婚にハシャグ彼女を断れず、自分をこんなにも愛してくれる人は今までなかったので、少し引っ掛かりながらも結婚することに同意した。そんな過程で結婚したにもかかわらず、わずか3年で離婚することになってしまった。俊介は会社に離婚のことをなかなか言い出せなかった。社内結婚なので当然彼女の同僚もまだ支店内にいるし、銀行内で離婚をすることはイコール出世できないという定説があった。そうゆうところはさすがに銀行はお堅い。結婚することになったきっかけも銀行の堅さで、離婚してからも銀行の堅さの為に出世の道が途絶えた。そして財産分与でマンションが残る替わりにそれまで貯めたわずかな貯金は全て彼女に渡り、更に慰謝料で月8万円を2年間もの間払わなければならず、俊介は心だけではなく経済的にもダメージを受けた。彼女が居なくなったマンションに1人残り、今後のことを考えると絶望感に襲われた。9階にある部屋のベランダから階下を覗くと吸い込まれそうになった。そして何よりも俊介を落ち込ませたのはあれほど俊介のことを愛していると言っていた妻が離れたことだった。恋愛経験が少ない彼は全ての女性に対して不信感を持ってしまうようになった。女なんてどうせ裏切られるんだからと。
 
 
それでも、会社は俊介が立ち直るのを待ってくれるわけもなく、マンションと職場の往復を重い足取りで続けた。離婚から3ヶ月ほど経ったころ、電車の中吊り広告にネット恋愛の記事を見つけた。
その日、俊介はマンションに帰るとパソコンの電源を入れた。このパソコンも彼女が「自宅で何か仕事ができるかもしれないから」と言って買ったものだった。実際は殆ど埃をかぶっている状態で、彼女がこのパソコンでお金を得ることはなく、たまにメールをやり取りする程度にしか使われておらず、いらないと言って置いて行った。検索サイトを開き、「出会い」で検索をかけてみると、非常に多くのサイトがヒットしたことに俊介はびっくりした。真面目な俊介はエッチ系ではないサイトだけを幾つか覗いてみた。年齢が近くて、優しそうな雰囲気の書き込みの女性を見付け、何人かにメールをおっかなびっくり送ってみた。
 
その日以来、俊介はマンションへ帰ると同時にパソコンの電源を入れた。今日は誰かから返事が来てないかと期待をしてメールのウィンドウを開くが、一向に返事は来なかった。いつも表示は「サーバーにメッセージはありません」だった。たまに受信中のときはメールマガジンばかりだった。送った相手の中には「返事確実」と書き込みしていた女性も何人かいたが、返事は帰って来なかった。不信感を積もらせながらも新しい書き込みをサイトに見付けるとメールをせっせと送った。メール上なら傷つくこともなく、女性と付き合えるような気がしていた。
俊介が返事の来ないメールを1ヶ月近く送り続けて、やっぱりそんなもんかと思っていたときに真理子の書き込みを見付けた。
「25歳、青山で花屋に勤めてます。絶対に返事確実です。趣味は映画鑑賞と散歩です。メール友達になりましょう」
どうせ返事確実とか書いてあっても、帰って来ないんだろうなぁ、半分諦め気分で真理子にメールを送った。
「32歳、銀行員をしているバツ1の男性です。背は170cm、体重60kgの中肉中背。趣味は読書・映画鑑賞です。性格は優しいタイプです。あと真面目すぎると言われます。返事確実とありましたが、気が向かなかったら結構です。」
 
真理子が書き込みをしてから、ほんの2~3日の間に何十通のメールが来た。初めて出会い系サイトに書き込みをしたのでメールの多さにビックリした。
(こんなに帰ってくるもんなんだ、何だかもててる気分…)
真理子はお世辞にも美人とは言い難い。とはいうもののそんなにも酷いわけでもなく、まぁ十人並みという容姿だが、背が小さいのもわざわいして23歳にしては幼く見える。セーラー服でも着せれば充分高校生で通るほどだ。実際、コンビニエンスストアでビールを買うときにちょっと怪訝な顔をされることもある。学生時代はどちらかといえば嫌われ者だった。友達から内緒の話だと念を押されても、ついつい他の友達にしゃべってしまい、彼女の周りから友達は遠ざかっていった。自業自得で作った環境だったが、それに嫌気がさして新潟から東京の大学へ進学した。大学ではそんな自分を反省して少しずつ友達ができてきた。でも、どこかで心にブレーキがかかってしまう。相手にすべてを話したりすることはできなかった。何人かの男性とも恋仲になって付き合ったが、やはり壁を感じさせてしまうらしく、そのことを指摘され結局別れてしまった。自分を出せないことにコンプレックスを感じてしまい、吐き出す先を見つけたかった。そこで思いついたのがインターネットの出会い系サイトだった。
一通ずつメールをチェックしていくと、どのメールも「返事待ってます」と書いてあるのに1人だけ「気が向かなかったら結構です」と書いてあった俊介のメールを不思議に思い返事を書くことにした。
(この人何で「気が向かなかったら結構です」なんて書いてきたんだろう?)
「メールありがとうございます。真理子です。あなたのメールの内容に興味を持ちました。もし良かったらあなたのこと教えてください、是非メル友になりましょう。」
 
俊介はマンションへ帰るといつものようにすぐにパソコンの電源を入れた。パソコン用の椅子に座り、パソコンが立ち上がるまで近くのコンビニエンスストアで買った缶ビールを開け、ひと口飲んだ。
(どうせ今日も空振りだろうな)
そう思いながらインターネットをつなげ、メールのウィンドウを開くと、受信中1/1と出た。
(どうせまたメールマガジンかなんかだろうな)
諦めモードでビールをもうひと口飲み、受信中のグラフがいっぱいになるのを待った。受信したのは真理子のメールだった。俊介は離婚以来で一番嬉しかった。真理子のメールを何回も読み返し、返事を書いた。
「こちらこそメールありがとう。戻ってくるとは思ってなかったからビックリしました。真理子さんの趣味は映画鑑賞って書いてありましたけど、最近は何を観ましたか?最近全然観に行ってないので何かお勧めの映画があったら教えてください。私は都立大学前に住んでいて、大手町へ通ってます。だから、青山は毎日のように地下を通ってますよ。降りたことはないんですけどお洒落な街らしいですね。」
(返事くれるかな?)
不安ながらもメールを書き上げて真理子に返信した。俊介はその日珍しく缶ビールを3本開けた。


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