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女のいない島(少子化対策実験ラボ)#7

#フィクション #長編小説 #登場人物少なめ  # #180000文字 #出産マシーン
#政府による実証実験 #少子化対策 #監禁 #児童虐待 #強制労働 #売春斡旋   #異父姉弟 #国民負担率50 %超

【7】 孝一 初仕事
【花場】の予約をした日の朝、僕はベッドで目が覚めたときパンツの中の違和感に気付いた。
(うわっ、気持ち悪!)
夢の中で裸の女の子とさっきまで遊び楽しくしていたはずが、一気にブルーな気分に陥った。夢精をしてしまったのだ。シーツや布団が汚れないように、寝たままティッシュに手を伸ばし、4・5枚取ってパンツの中の汚れを拭いた。父からは健康な男性なら誰でもなることだと聞かされていたので、恥ずかしさはなかったが、こうなる度にあまりいい気分がしなかった。
(何て面倒なんだろう男って)
女性の生理についての知識がそのときにはなかったので、僕はついそう思ってしまう。男の生理は痛みがないのだから、女性に比べれば全然気楽なものだ。一通り拭き終わり、そのままバスルームへ駆け込んだ。着ていたパンツとシャツをバスルームから洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。陰毛の周りにも精液が付いていて、なかなか落ちなかったので、ボディソープをたっぷりつけて洗った。
(【花場】にはお風呂もあるんだっけ)
ネットで見た部屋の画像を思い出した。シャワーを浴びている間予約した女性の裸の写真を思い出したら、またペニスが立ってしまった。シャワーを冷水に替え、ペニスに掛けて興奮を納めた。シャワーから出てリビングへ行くと、父は起きてネットで新聞を読んでいた。【器島】には新聞紙というものはなく、ニュースは全てネットで配信される。
「おはよう、早起きだな。」
父は画面から目を離さずに言った。
「おはよう、父さん。」
僕は恥ずかしかったので、挨拶だけして自分の部屋へ戻ろうとした。
「いつ【花場】に行くことにしたんだ?」
父は僕の方を見て聞いた。
「ん、今日の夜に予約した。せっかくだから一番乗りがいいかなと思って。」
僕はこの島で産まれた最初の男の子だった。だから同世代の48人の中では一番最初にこの権利が与えられている。
「そうか。それまではどうするつもりだ?」
僕は18歳になった昨日で義務教育は終了したので学校へは行く必要はなかった。行く必要がないだけで、学校は何歳になっても行けるシステムになっている。日本でいうところの大学にあたるサードスクールへも無料で行くことができる。僕もまだ受けたい講義があったので、学校にはできるだけ通うつもりだった。
「父さんは?仕事?」
「ああ、今日は石切場の仕事へ行く予定だ。」
父の選ぶ仕事はだいたいコンピューター関連の仕事だったが、それだけだと身体がなまるからと言って月に2~3回は石切場の仕事をしていた。
「そうなんだ。まだ空いてるかな?」
僕はせっかく仕事ができるようになったのだから、どうせなら父と仕事に行きたくなった。
「見てみようか?」
父はそう言って、ニュースの画面を消し、仕事情報のページを開いた。【器島】では、仕事は登録制になっている。仕事の情報がネットに掲示され、住民達が自分のジョブグレードと都合を考慮して仕事の予約をネットで行うシステムになっている。石切場の仕事は大抵いつも人が不足している状態なので、比較的いつでも行きたいときに仕事ができる職種だった。
「父さんと一緒の9時から17時までの仕事が空いているぞ。」
父がネットで石切場の情報を見て言った。
「一緒に行ってもいい?」
「ああ、初仕事が一緒というのもいいな。」
父は嬉しそうに言った。
「うん、一緒に行こうよ。」
「OK。じゃあ登録しておくから出掛ける仕度をしておきなさい。」
「わかった。」
僕がリビングから出ていく後ろで、父がパソコンのキーボードを打つ音が聞こえていた。
僕が着替えを済ませてリビングに戻ったときには、8時を回っていた。
「カフェで朝ご飯を買って、食べながら行こう。」
父は僕の出掛ける仕度を待ちくたびれていたようだった。
「何か持っていくものはある?」
「大丈夫だよ。着替えも向こうにあるし、シャワーも浴びられるから。」
「じゃあ、行こう。」
僕はピクニックに行くかのように気軽に言った。
「ああ。」
僕達は二人で家を出た。
父と休みの日に一緒に出掛けることはこれまでもあったが、一緒に仕事に出掛けるのは新鮮で、自分が大人になった気分になった。家を出て坂を降り切った交差点を左に曲がると、通い慣れたカフェがある。朝ここに寄るとき、僕はいつもスモークサーモンとクリームチーズのベーグルを注文する。オーダーのときにピクルスを多めにと言うと、カフェ自家製のピクルスをたっぷり入れてくれて、めちゃくちゃ美味しかった。刻んだきゅうりのピクルスがシャキシャキといい歯ごたえで、適度な酸味と辛味をベーグルに加えてくれる。
「おはよう、高瀬さん。」
カフェのマスターが挨拶をした。歳は父と変わらないはずだが、頭は半分以上禿げあがり残っている毛も、頭髪の代わりなのか伸ばし放題のヒゲもすっかり白髪で、父より年上に見える。父はこの島に来た頃からマスターの店に通っているので、すっかり顔なじみだった。彼は日本にいるときも喫茶店で働いていたと父から聞いたことがあった。マスターには3人の息子がいて、一番上の良太は僕と同世代で、僕の一番の遊び仲間だった。
「おはよう、マスター。孝一は何にする?」
父は僕に向かって聞いた?
「マスター、いつものをいつも通りピクルス多めで。あとアイス・カフェ・ラッテをLサイズで。」
「今日はそれだけじゃ足りないんじゃないか?」
父は仕事で身体を動かすことを心配して言った。
「う~ん、そうかな?」
「じゃあ、クロックムッシュを半分ずつにしようか?」
「OK!」
「じゃあ、あとエッグマフィンとブレンドのMサイズをテイクアウトで。」
父がそう言うと、既に僕のオーダーを作り始めていたマスターは親指を立てて、了解の合図をした。マスターが作っている間、僕達は店の前にあるテーブルに座って待っていた。天気がいい休みの日にここで朝食をとると、とっても気分が良かった。この石畳の通りはちょうど風が抜ける通り道になっているらしく、いつも心地よい風が流れている。父と道を歩く人達を眺めながら、できあがるのを待っていた。出勤前の時間だったので、通勤で急いで歩く人が多かったが、9月1日だったので虫取り網を持って出掛ける父子もいた。
「お待たせ。」
マスターが紙袋とカップを2つテーブルに置いた。
「いくらですか?」
「980チップです。」
マスターの声を聞き、父は財布から緑色のチップを1枚取り出した。
「孝一君、今日はどこへ連れて行ってもらうんだい?」
マスターは父からお金を受け取りながら僕に聞いた。
「今日から働くんだ。だから父さんと石切場に。」
「ほぉ~、そうか。孝一君はもう18歳になったのか。」
マスターはびっくりした声で言った。
「うん、昨日なった。」
「高瀬さん、今日は一日遅れたけど誕生日祝いってことで、これはいいよ。」
マスターは緑のチップを父に返した。
「悪いよ、マスター。」
父は戻されたお金をまた渡そうとした。
「いいって、いいって。そうかうちの良太ももうすぐ18歳になるってことか、早いな。」
マスターは感慨深げに言って、お金を貰うのを拒んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
父はそう言って財布にお金を戻した。
「ありがとう!マスター。」
僕もお礼を言った。
「うちの良太にも色々教えてやってな。」
マスターはニヤっと笑いながら、父の方を向いてそう言った。僕はその意味がよく判らなかったが、父はどうやら何か察したらしい。父は立ち上がり、
「急がないと遅れるぞ。」
と言って僕が立つのを促した。僕は自分のアイス・ラテのカップと紙袋を持って立ち上がった。
「マスター、良太に明日の夜遊びに来るって言っといて。」
「わかった。」
マスターは笑って答えて僕達を見送った。
マスターに作ってもらった朝食を父と食べながら、石切場へ向かう道を歩いた。石切場までは【器島】政府のある庁舎からバスが出ていたが、家からだと歩いてもそんなに時間は変わらなかった。石切場がある山の近くには森があり、何度も父に虫取りに連れてきてもらったり、良太と一緒に森の近くにある池でザリガニ釣りをして遊んだ。森へ入る道を左へ曲がってから坂を登ると、石切場がある。
「あそこが事務所だよ。」
父は飲み終えたコーヒーのカップを紙袋に入れながら言った。
「知ってるよ、良太と何回か来たことあるから。」
僕も残っているアイス・カフェ・ラテをストローで一気に飲み干して、父から紙袋をもらい中に入れた。
8時50分に事務所に入るとカウンターに受付用のパソコンが設置されていた。父は慣れた手付きで自分の手帳と僕の手帳をスキャナーに読み込ませた。画面に【確認しました】という文字が出ると、
「向こうで着替えるんだ。」
と父は言って先に歩いた。扉を開けるとプールのロッカールームのようだった。
「そこにサイズごとに服と靴があるから、それに着替えてロッカーに入れるんだ。」
父に言われた通り、石切場用のオレンジのツナギとオレンジの靴を取った。鍵の付いているロッカーを探し、制服に着替えて着ていたものをロッカーに入れて鍵をした。鍵にはゴムが付いていて、手首に巻くようになっているのもプールと同じだった。僕はツナギを初めて着たので、てこずって少し時間がかかった。
作業場へ向かう途中で父が、
「孝一は初めてだから、まず事務所に行くんだ。」
廊下で立ち止まった父が右にある扉を指差した。
「一緒じゃないんだ?」
僕は初仕事で父と離れることに少し不安を覚えた。
「もしかしたら、後で同じ場所になるかもしれないが、昼は同じ時間だから食堂で会えるよ。」
父の言葉に僕は少し安心し、
「そう、じゃあ後でね。」
「ああ。」
僕は廊下を歩いていく父の後姿を見送ると、事務所と書かれた扉を開けた。
事務所には数人がデスクに座り作業をしていた。僕が入ったことに気付いた一番近くにいた男性が受付カウンターにいる僕の前へ歩いてきた。
「何か?」
彼は仕事を中断させられたのが気に入らないのか、ぶっきらぼうに訊いた。
「今日が初めてなので、こっちへ寄るように言われたのですが。」
「あ、ちょっと待って。」
彼は席に戻り、パソコンを操作するとプリントアウトされていた紙を持ってすぐにカウンターへ戻ってきた。
「高瀬孝一さんだね。」
僕は自分の名前が【さん】と呼ばれたのは人生でこのときが初めてだった。
「はい。」
「そうか、もうファーストジェネレーションが働くようになったのか。」
受付してくれた男性は独り言のようにブツブツ言った。
「一応本人確認の為に、生年月日と手帳番号を。」
「はい。生年月日は2012年9月1日、手帳番号は102512です。」
僕の答えに彼は紙をなぞって確認すると、
「よろしい。では研修用のビデオを見てもらうので向こうの部屋で待っているように。」
「わかりました。」
僕は言われた通り、事務所の別室へ入った。
初仕事の前半は途中10分間の休憩以外は殆どビデオを見ていた。ビデオではこの石切場の作業場の位置、道具の使い方、歩行時のルール、災害時の避難方法などだった。
時計が12時20分になるとビデオが終わり、受付をした男性が部屋に入ってきた。
「何か質問は?」
「この後は何をするんですか?」
「午後は実際に作業場で仕事をしてもらうので。」
「本当ですか?」
仕事をするつもりで来たのに、ビデオばかりで僕は気勢がそがれていたので、働けることに喜んだ。
「ああ、お昼を食べ終わったらH作業区へ行って、監督の山口さんに指示をもらうように。」
「わかりました、山口さんですね。」
僕は監督の名前を心の中で繰り返した。
「事務所を出て右へ行くと、食堂への道順が出ているから、そこでお昼を食べるように。」
「はい。」
「他に質問は?」
「大丈夫です。」
僕の返事を聴いた後すぐに、彼は部屋を出て行った。
僕も言われた通りに部屋を出て、事務所に戻った。
「ありがとうございました。」
僕は事務所のデスクに戻っていた彼に向かってお礼を言い、事務所を出た。
(あれであっているのかな?)
ビジネスマナーというものがよくわからなかったので、言った後に不安になった。
食堂に着くとちょうど大きな音がスピーカーから流れてきた。さっきのビデオの説明では休憩時間の合図の音だ。石切場では12時半から1時半までがお昼の時間ということだったので、僕は一番乗りだった。
入口の横にある洗面台で、ビデオの通りによく手を洗い、ペーパータオルで手を拭いた。
(食堂の使い方まではビデオになかったな)
僕はその後のルールが判らず、立ち往生していると事務所にいた人達が入ってきた。彼らは作業場より食堂に近いのでいつも優先的にいい食べ物をとっていると後で父が教えてくれた。さっきの事務員が手早く手を洗って、
「お盆と食器を持って好きなものを取ればいいから。麺類とか作ってもらうものは、その場で注文すればいい。どれを食べてもここでは無料だけど早い者勝ちだからな。」
と言って、僕より先にスタスタと食べ物が並ぶカウンターへ歩いていった。
僕も追いかけるようにお盆と食器を持って、カウンターへ並んだ。カウンターに並んでいる食べ物は、揚げ物や味の濃そうなおかずばかりだった。作業場で汗をかいた人にはちょうど良いのかもしれないが、午前中はビデオしか見ていなかったので、あまり食欲がなかった。
(事務員の人達は何を取るんだろう)
僕は他の人の様子を見ていたら、煮物とサラダ、蕎麦といった組み合わせだった。僕もそれにならって、カウンターの向こうで蕎麦やうどんを茹でている人にかけ蕎麦を注文した。
蕎麦が出来上がる間にポテトサラダと生野菜、牛蒡と人参のかき揚げを皿に取った。出来上がった蕎麦をもらい、何十人も座れるテーブルの入口に一番近い端っこに座った。ここなら父が来たらすぐ気付くと思った。
テーブルの上に用意してあったポットから見よう見真似でお茶を作り、食べ始めた。半分ほど食べた頃に父が食堂に入ってきたので、手を挙げて合図すると、父は照れ笑いしてそのまま食事を取りに行った。
父が食事を持って僕の隣に座るときには、僕はすっかり食べ終わっていた。
「何だ、そんだけしか食べてないのか。午後の仕事もたないぞ。」
父はお茶を入れながら言った。
「でも、ビデオ見ていただけだからあんまりお腹すいてなくて。」
「まだおにぎりがあったから1個でも食べておいたほうがいい。」
父はそう言うと、カウンターに戻りおにぎりを持ってきてくれた。
お腹は満たされていたが、仕方なく父に従っておにぎりのラップを剥がしてかぶりついた。
「この子がさっき話してた?」
僕達の前に座った筋肉隆々の男性が父に声を掛けてきた。
「そう、孝一っていうんだ。」
父はさっき食堂に入ってきたときと同じような照れ笑いをしながら答えた。
「そうか、もう島に来てそんなになるのか。」
彼はその立派な身体からは想像もできないような声で、懐かしそうに言った。
「山口さんも初年度でしたよね?」
父は唐揚を頬張りながら訊いた。どうやらこの人が午後の監督さんらしい。身体も立派だが顔もかなり強面だったので、少し怖かった。
「ああ、高瀬さんと一緒の船だったよ。まぁ、俺はここばっかりだから会ったのは少し後だったけどね。」
監督は話の合間ごとに、凄い勢いで山盛りのライスを掻き込んでいた。
「父さんが石切場の仕事をするようになったのは、島へ来てから3年位経ってからだからな。」
「孝一君、せっかく研修で早かったんだからカレーを食べるチャンスだったのに。」
監督は僕の空いた皿を見て言った。
「カレーですか?」
僕は意味が判らず訊き返した。
「ここのカレーはうまいんだけど、1日10食限定なんだよ。」
父が解説してくれた。
「そうなんだ。俺達現場の人間は滅多に食えなくて、事務所の連中や近い作業場の人間がとっちまうからな。島のレストランよりうまいぞ。」
監督にそう聞いてカレーを取らなかったことを少し後悔した。
1時半の合図が鳴るまで、父と監督の話を聞いていた。食堂の中には畳の部屋もあり、休憩時間に昼寝をしている人もいた。話の中で父はH作業区ではなく別の作業区と判り少し不安になった。
「じゃあ、行こうか。」
僕達は席を立ち、食器をカウンターに戻して食堂を出た。
「じゃあ、お願いしますね。孝一、山口監督の言うことをよく聞いて怪我しないように。」
父はそう言うと足早にA~F作業区と書いてある矢印の方へ向かって行った。
「H作業区はこっちだ。」
監督は父とは違う方へ歩いた。僕は父より遥かに広い監督の背中について歩いた。
H作業区へついてからは、監督がつきっきりで仕事を教えてくれた。中でもチェーンソーと切り出した石を掴んでトロッコに乗せるクレーンの作業は面白かった。チェーンソーは機械自体が重いのでフラフラしてしまい、あまりうまくは使えなかったが、クレーンはなかなか勘所がいいと監督が誉めてくれた。初日ということもあって、色々なことを少しずつ教わったので、30分の休憩を挟みあっという間に終業を告げる17時の合図が鳴った。
「じゃあ、今日はこれで終わろう。お疲れ様。」
石の粉だらけの顔で監督が言った。
「ありがとうございました。」
僕はきっと自分の顔もそうなっているのだろうと想像しながら言った。
「なんの、なんの。父さんが最初にここへ来たときより筋がいいぞ。」
「えっ、本当ですか?」
「ああ、父さんはコンピューター仕事ばっかりで、力仕事に慣れてなかったから、17時にはへたばってしばらく歩けずにいたよ。」
監督はそう言って僕の頭を撫でた。きっと監督は気にしてないのだろうが、これで髪の毛も粉だらけになったと思った。
シャワーがあるロッカールームへ戻るときも監督は一緒に歩いてくれた。
「ところで【花場】はいつ行くんだ?働けるってことはもう行けるんだろ?」
監督はニヤニヤ笑いながら訊いた。
「ええ、今日の夜に行きます。」
「ほう、なかなか積極的じゃないか。」
声からすると監督は更ににやけ顔になったと思うが、石の粉でいまひとつよく判らなかった。
「監督はよく行かれるんですか?」
「そうだな、月に5~6回かな?」
「へぇ、そんなに行くんですか?父は全然行っていないって言っていましたけど。」
「父さんはあんまり好きじゃないって言っていたからな。俺は大好きだけどな。」
「【花場】がどこにあるかも知らないんですよ。」
「区庁舎の地下2階へ行くと受付があって、そこから地下鉄に乗るんだ。」
「えっ?器島に地下鉄があるんですか?」
【器島】には地下鉄どころか鉄道は走っていないと思っていた。地下鉄を知っていたのは乗り物図鑑で見た覚えがあったからだった。
「【花場】へ行く為のやつがある。まぁ地下鉄って言ってもここのトロッコに毛が生えたようなものだけどな。」
監督はレールの上にあったトロッコを指して言った。
「何をするところなんですか?」
僕は昨日から思っていた疑問を口に出した。
「それはだな、…。」
「山口監督!ちょっといいですか?」
僕達がロッカールームへ入る間際に事務員が事務所の扉を開けて声を掛けた。
「ああ、今行く。」
監督は事務員にそう答えると、僕の方を見て、
「まぁ、行けばわかるって。きっと楽しいぞ。」
監督は僕の肩を軽く叩き、事務室へ入って行った。
ロッカールームでシャワーを浴び、被った石の粉を落とした。足元は粉でじゃりじゃりしていた。着替えを済ませ、作業着と靴を洗濯物入れに放り込み、ロッカールームを出ると受付のところで父が待っていた。
「どうだった?疲れただろ?」
父にそう聞かれて、監督が話してくれた初日の父の話を思い出した。
「ううん、全然平気だよ。それに監督さんも親切にしてくれたし。」
「そうか、良かったな。何か食べて帰ろう。」
僕達は受付のPCに手帳をスキャナーに読み込ませて、石切場を後にした。
「うん。お腹すいた。」
「だから言っただろ。やっぱりおにぎり食べといて正解だったな。」
「そうだね。できれば僕、豚カツがいいな。」
「カレーじゃなくて?」
父は僕の大好物のカレーをねだると思っていたらしい。僕がお気に入りのレストランでいつものようにカレーを喜んで食べているのに、父がカレー以外のものを注文する意味が今日判った。
「カレーはいつかここで食べるまで我慢するよ。」
僕がそう言うと父は大笑いした。
「食堂に近い工区の仕事にあたればチャンスはあるから。」
「今日は僕が払うからね。」
僕は自慢げに手帳を出した。今日石切場で仕事をしたお金は、もうオンラインで手帳の口座に入っているはずだった。
「そうか、初給料だな。」
「少ないけどね。」
まだ僕は最低ランクのジョブグレードなので、今日の稼ぎは5千チップしかない。そこから半額が税金で引かれる。
「ビールも付けていいか?」
父は子供のような顔で聞いた。
「足りなかったら、父さんが出すんだよ。」
ビールを付けると父が頼むメニューによっては足りない可能性があった。
「OK!」
父はそう言うと足取り軽く、石切場から町へ出るバス停へ向かった。


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