見出し画像

女のいない島(少子化対策実験ラボ)#4

#フィクション #長編小説 #登場人物少なめ  # #180000文字 #出産マシーン
#政府による実証実験 #少子化対策 #監禁 #児童虐待 #強制労働 #売春斡旋   #異父姉弟 #国民負担率50 %超

【4】ファーストジェネレーションの男の子 孝一
僕が育ったこの【器島】では、18歳になるまで女という生物は歴史の教科書か、生物の教科書くらいでしか見たことがなかった。この世に自分と違う性別の同じ種類の人種がいるなどとは、所詮紙の中の世界だけでしかなく、現実にいるなどとは思ってもみなかった。
この島で生活をしている間に会う人は全て男性だった。この島には男性しかいないのかとこの18年間思っていた。だから、自分に「母」という存在があることも知らずに成人を迎えた。よくよく考えればオスしかいなければ、生命は途切れてしまうと学校で習っていたが、この環境では思い浮かばなかった。
【器島】では18歳で成人となる。父親の保護を離れ、自立できる歳である。器島政府に申請すれば、小さいながらも一軒家を無料で持つこともできる。僕は父と暮らすことを選んだが、22歳になるまでには、この家から出て自立することが義務づけられていた。そして自分でお金を稼ぐことができる歳でもある。18歳の誕生日は父と二人で近所にあるレストランでお祝いをしてもらった。【器島】での娯楽はレストランとバー、ビリヤードが付いているプールバー・ダーツバー、ご飯も食べられる麻雀荘位しかない。当然、女性が接客するようなキャバクラやスナック、ガールズバーなどはない。
「孝一はどうするつもりだ?」
父は分厚いサーロインステーキを頬張りながら訊いた。【器島】では肉牛を育てていないので、牛肉は全て本土からの輸入品であり高級品にあたる。特別な誕生日ということで今日の夕食は父が大奮発してくれたのだ。
「う~ん、正直言って判らないよ、まだ。」
僕も父と同様にステーキを頬張りながら答えた。初めて食べた牛肉のサーロインステーキの美味しさに夢中になっていた。
「仕事は何をするつもりだ?」
父はテーブルに置いてある黒コショウの入った透明のペッパーミルを手に取り、ステーキにたっぷりと振りかけた。父は肉料理のときは必ず、コショウをたっぷりかけたものと付け合せの香草をまとめて最後に食べる。お腹に入れた肉の毒消しになると話してくれたことがある。
「そうだね、父さんと同じコンピューター関連の仕事をしたいと今のところは思っているよ。」
この島では成人になると、それまでの専攻していた学科や適正検査により、幾つかの選択肢から職業を選ぶことができる。父はコンピューター関連の仕事と岩塩の石切の仕事をしていた。
皿の上にあったステーキが全てお腹におさまると、胃がはじけそうなくらい満腹になった。食べやすいように皮を剥いておいた付け合せのベークドポテトは、とても食べられそうにない。
「あんまり楽しい仕事とは言えんぞ。」
父はそう言って最後のステーキの一片をクレソンと一緒に口に放り込んだ。
「でも、わからないことがあっても父さんに聞けるから、ジョブグレードも上がりやすいかなって。他の仕事をするにしてもコンピューターはできたほうがいいみたいだし。」
僕は胃の中のステーキが早く消化されるようにお腹を擦った。父の話では、同じ仕事を続けることでジョブグレードというものが上がるということだった。同じ仕事を続け一定のスキルを身に付けることでジョブグレードが上がるらしい。このジョブグレードは給与に直結する。例えば僕がこれから仕事を始めると最低のFランクとなる。現在Aランクの父と比べると3~4倍時給が違う。父はこの島へ来る前までは一流のプログラマーだったらしい。
「さて、帰るか。」
父は満足げな僕の顔を見て、言った。父がウェイターにチェックの合図をした。
「孝一の好きなようにすればいいからな。父さんはできるだけ応援するから。」
今日のように口下手な父が自分の感情を露にすることは珍しいことだった。父は会計の書いてあるレシートを見てチップを会計用の皮でできた盆に乗せた。僕はこのとき初めて周りがオレンジと茶色の島模様になっているチップを見た。かなり高額のチップのはずだ。この島の貨幣は【チップ】と呼ばれている。日本円のような貨幣単位ではなく、ルーレットのチップようにチップの色でその価値が決まっている。この島にはお札は無く全て硬貨だ。そしてクレジットカードというものもない。金銭のやり取りは全て現金で行うことになっている。つまり手元にある以上にはお金を使わないようにする為の政策らしい。日本で個人向けローンによる破産が相次いだことに反省し、貨幣の電子化をこの島ではあえて政策上行わなかった。この島の電子マネーは銀行の預貯金だけだった。
「ありがとう。初任給が出たら、今度は僕がご馳走するからね。」
この島で【チップ】を手にする手段は政府の方針で労働を提供することに限られている。ギャンブルや投資、利子で殖やすという考え方はこの島にはなかった。
「あぁ、楽しみにしているよ。」
父はそう言うと、僕を伴ってレストランを出る扉へ向かった。
この島でお金を使う機会はそう多くはない。今日のように外で食事をするとき位のものだ。島ではありとあらゆるものが政府から支給される。トイレットペーパーや洗濯洗剤のような日用品や家電、家までも政府が支給してくれる。医療費も教育費も全て無料だ。食事だけは有料化されている。食事まで無料化してしまうと、労働意欲がなくなるだろうという政府の予測のもとに、このシステムになったらしい。だからお金を使うのは毎日の食事代とゲーム機やお酒などの贅沢品を買うとき位だった。保険という考え方もこの島にはない。病気や事故、老衰などでやむを得ず労働を提供できないと診断された場合は、政府から保険金がおりるので必要がないからだ。僕が成人する前に父が他界したとしても、政府が代わりに僕を育ててくれるようになっている。もっともこの島では、12歳までは政府が育てるようなシステムになっているので、それが18歳まで延長されるだけだからあまり変わりはない。年金という本土にあるシステムも無い。島に住んでいる限り、最低限の生活は保障されているからだ。
そう、僕は12歳になるまで母だけでなく、父という存在も知らなかった。家族というものを持ったのはその後の6年だけだ。僕は物心が付いたときには、48人の同世代の子供と養育施設で共同生活をしていた。僕達の面倒を見てくれていたのは政府が雇った保父だった。全ての子供が両親を知らずに12歳まで生きていたので、両親がいないことに何の疑問も持たなかったし、子供達同士で話題にさえならなかった。
僕達が12歳を迎えた年に、同世代の48人の男の子が養育施設の会議室に集められた。このときに初めて父親がいるということを知らされ、そして父親という人に会った。12歳以降は養育施設ではなく、父親と暮らすのだとその時に初めて聴かされた。僕達にとって、それまで大人といえば政府機関の男の人間がイコール大人だった。今までの48人の同世代と暮らしていた生活を離れ、家の中に大人がいる生活・家族がいる生活という急激な変化に不安を覚えた。
このときにもう一つ新しい事実を聴くことになった。僕の母親は1025という人だということだ。母には父のような【修一】のような名前は無く、番号で呼ばれていた。何故そうなのかは後々に判ることになった。その場で渡された手帳には僕の証明となる手帳の番号は102512と記載されていた。これも後で知ったことだが、1025の母親が2012年に産んだという意味だった。この島では「女」という存在を全て排除している。この島の中では、男しかいない。それ以外の人間は、出産マシーンと化した女性だけだ。しかし、この集会ではまだこの島に「女」という存在はいないと思っていた。
この集会は僕の人生の中で極めて驚くべきものだった。それまで不思議に思っていたことが色々解決した集会だった。政府から派遣された数人の科学者や学者が次々に僕達48人に、この島で行われていることについて説明を行った。この島はある実験を行っている島だった。女性という性別を完全否定した世界を仮定した実験を行っていた。僕はこの島で産まれたファーストジェネレーションにあたるということだった。
そしてこの島の歴史についても解説してくれた。2010年、この島は突然、日本という国から隔離された状態になった。それ以来、この島から人が出て行くことはできなくなった。政府機関の最重要施設のひとつとして、この島は位置付けられ、一般人がこの島に近付こうものなら、沿岸警備隊は容赦なく発砲するらしい。僕が18歳になるまでの間にも、漁船の遭難などで何度が島外の人がこの島に近付いたが、その度に島は緊張に包まれ、そして数時間後には何事もなかったかのように収まった。収まる前には大抵、爆発音が島に聞こえ渡り、ときには火薬の臭いが漂ってきたこともあった。
この【器島】は日本に属しながら、それでいて治外法権である。歴史で習った、江戸時代でいう長崎の出島のようなものだ。ここでは日本国憲法は全く関係ない。この島のルールが法律だった。多分この島のことを不審に思った好奇心旺盛なマスコミの記者がいたに違いない。ヘリコプターが何度かロケット砲で打たれ、火だるまになって海へ落ちて行くのを見ている。
説明会で聴いた政府職員の言葉が耳に残っている。
「人類の歴史で、争い事が起きるのは概ね好物や農産物や石油などの資源か【女】のどちらかが原因であった。これは人類誕生から紐解くと疑いようのない事実だった。そこで、この島を実験素材として。争いごとの一方である「女」を排除した世界を創造したのだ。」と。
僕達ファーストジェネレーションが成人になり、次の世代へ遺伝子を伝えることが、実験の第三段階へ進むことを意味していた。しかし、この島で僕の遺伝子を残す為には「女」が必要となる。それがこの島の成人の儀式でもあった。
ステーキを満喫した後、お腹が苦しかったのでゆっくりと父親と二人並んで歩いて家に戻ると、ポストに封書が投函されていた。封書はクリーム色だったので、すぐに政府からの手紙であると判った。クリーム色の封書は政府が公文書に使用するもので、滅多に見ることはなかった。僕はポストから封書を取り出すと、宛先が自分になっていることに驚いた。父と住んで6年間、自分宛に政府から手紙が来たことはなかった。だから当然父親宛だろうと思っていたのだ。
「僕宛って何だろう?」
僕は鍵を開けている父に向かって言った。父はそのことを知っていたらしく、黙って鍵を開け家の中に入った。僕も父について家の中へ入った。
「座って開けてみなさい。」
父は静かな口調で言った。僕は初めての公文書に何が書いてあるのかドキドキしながら、父が座っている居間のソファーの左側に座った。父を見ると、父は開けるように目で促した。封筒の糊があまり付いていなかったところに指を入れ、封筒の上を破った。封筒からはA4サイズの便箋が1枚出てきた。
【高瀬孝一様
ご成人おめでとうございます。
無事この日を迎えられたことを、器島政府一同非常に嬉しく思っております。
器島政府より成人のお祝いとして、貴殿に今後【花場】の利用許可と初回無料の権利を差し上げます。利用方法についてはお父上にお尋ねください。
パスワードは******です。
初回については、【花場】にてこの書面を提出することで有効となります。
有効期限は貴殿の誕生日より1ヶ月以内となります。
貴殿のこれからのご多幸をお祈り致します。
器島特別区区長 長島 晴信】
僕は手紙を読み、右側に座っていた父を見上げた。父は黙って手紙を見つめていた。
「どうゆうことなの?」
僕は父に尋ねた。父からはすぐに答えは返ってこなかった。少し考えてからようやく父は口を開いた。
「まず、【花場】というのは政府施設の1つなんだ。父さんは孝一が来てからは行かなかったし、その前も数回しか行ったことがないから、あまり詳しくは知らない。」
父は珍しくやましいことがあるかのように話した。
「何なの【花場】って?」
「女性がいるところだ。」
「えっ?この島に女の人がいるの?」
「ああ、いるよ。その【花場】だけには。」
「この島に女の人がいるなんて想像したこともなかった。」
僕は父から告げられたことに驚いた。
「まぁ、孝一は女性を見たこともないのだから無理もないよな。今もいるかは判らないが孝一のお母さんもそこにいたんだ。」
「えっ?お母さんって?1025って人のこと?」
僕は12歳のときに聴いた母と呼ばれる人の名前を久しぶりに思い出した。
「そう、その人もいた。」
「何なの【花場】って?」
「行けばわかるよ。父さんの口から説明できるのは、その位だ。」
父はそう言ってソファーから立つとスリープ画面になっていたパソコンのエンターキーを押し、キーボードからアドレスを打ち込んだ。僕は黙って父の後姿を見ていた。
(母がいた【花場】って何だろう?)
「【花場】のページを開いておいたから、好きな女性を選んで予約するといい。」
「予約って?」
「その人と一緒に2時間過ごす権利を予約するんだ。選んだ後は孝一の手帳番号を入れれば予約ができるはずだから。」
父はそう言うと自分の寝室へ入って行った。僕は意味が良くわからず、パソコンの前に座った。父からパソコンのことは教わっていたから、操作は問題なかった。父が開いたホームページにはいくつかのメニューが表示されており、僕はその中から【はじめてご利用の方へ】というボタンをクリックした。
【あなたのお名前と手帳番号と、パスワードを入力してください】という画面が表示されたので、その指示に従って僕は打ち込んだ。【認証されました】という画面が表示され、【初回利用時のご注意】という画面になった。画面を読むとそこにはビックリする内容が記載されていた。
【高瀬孝一様
ご成人おめでとうございます。
成人となりました本日より【花場】をご利用頂くことができます。
お父上からご説明があったかもしれませんが、念の為ご説明致します。
【花場】には、本土で言うところの女性が多数在籍しております。
通常ご利用頂く際は、当HPから日時のご予約を頂き、ご利用していただけます。
女性の体調などの問題がある為、お好みの女性をお選び頂くことはできません。
ご利用は1日1回まで、1回2時間以内となっています。
料金は1回につき2万チップとなります。
器島政府からの誕生祝いとして、初回のみ無料にてご利用頂けます。
また初回に限り、お好みの女性をお選び頂くことができます。
但し女性側の都合によりご希望の日時がお取りできない場合がありますので、予めご了承ください。
なお、有効期限は貴殿の誕生日より1ヶ月以内となります。
では、【花場】を楽しくご利用ください。】
(女の人と何するんだろう?楽しいってことは何か遊んでくれるってことかな?でも、母さんもそこにいたっていうし…、どうゆうこと?それに2万チップってさっきの2人分の食事と変わらないじゃないか。何て高いんだ。)
文章の下に表示されていた【初回ご予約の選択】というボタンを押してみた。すると名前と年齢、身長、スリーサイズが表になっている画面になった。番号のところはリンクになっていた。適当な番号をクリックするとその女性の顔写真や詳しいデータが表示された。【別の写真へ】というボタンを押すと、今度は全身の写真が表示された。もう一度ボタンを押すと、後姿の全身写真、上半身が裸の写真、次は下着姿の写真がでてきた。
(すげ~、女ってこんな生き物なんだ、ちょっとグロテスクかも)
画面上とはいえ、僕は教科書以外で女性というものをこのとき初めて見た。興味本位で上から順にクリックしていったが、300人近くいることに十数人目で気付き、全部見るのは諦めて年齢順に並び替えてみた。
下は12歳から上は39歳までいた。不思議だったのは19歳が一人でその上は35歳となっていた。一人という存在が気になって【葉月】という名前をクリックしてみた。
(この子なら年齢も近いから、話が合うかも)
自分の女性の好み自体が良く判っていなかったので、単純に歳が近いからという理由で【葉月】という女性に決めた。彼女が紹介されているページの【予約】ボタンをクリックすると、予約できる日時が表示された。
(できるだけ早い方がいいかな)
僕はそう思って明日の夜8時からという、一番早い予約日時を入力してエンターキーを押した。しばらくすると画面に【ご予約が完了しました。ご予約時間の20分前までにおいでください。】と表示された。
(場所はどこなんだろう?まぁ明日父さんに聴けばいいか)
僕はパソコンの画面を閉じて、ベッドにもぐりこんだ。
(女の人っていったいどんなだろう)
さっきのパソコン画面に出てきた裸の女性の写真を思い浮かべていたら、なかなか眠りにつけなかった。

いいなと思ったら応援しよう!