恋愛恐怖症
#恋愛小説 #ショート #登場人物少なめ #アラサー ~アラフォー女性 #独身 #21000文字
#女性視線 #35歳女性 #若いときと35歳の出会った男性の数の違い #理想の男性 #妥協 #恋愛が面倒 #中年女 #草食系男子との恋愛
18歳の頃から彼氏がいないことがなかった早智子は、27歳以降特定の彼氏ができることはなかた。アラフォーに近い年齢になって恋のライバルだった優子の紹介で、優子の行きつけの居酒屋のバツ1男性の隆を紹介される。早く結婚したい早智子にとって草食系男子の隆に色々と不満を感じていたが…。
【1】33歳の誕生日
3月も半ばを過ぎると、冬が影を潜め始め、春が顔を覗かせ始める。早智子にとって自然と心が弾む春の訪れは、昨年迄は嫌いじゃなかった。自分の誕生日が3月というのも嫌いではなかった理由のひとつではあるが、それ以上に、服装もメイクも明るくなり、気分も春らしくウキウキするのが春を気に入っていた理由だった。しかし33歳を迎える今年はとてもそんな気分にはなれなかった。昨年のクリスマス前にそれまで5年付き合っていた彼と別れ、今年は18歳のとき以来の彼氏がいない誕生日になりそうだった。
それでも男友達が全くいなかったわけではなかったので、彼氏じゃないにしても誰かしら友達が祝ってくれて、【一人で誕生日を過ごす】ようなことはないだろうと多寡をくくっていた。
33歳の誕生日が近づくと、電話が来る度に自然と声を弾ませて電話に出た。そんな早智子の思いも虚しく、「そろそろ誕生日だよね」と言ってくれた男性は、子持ちの元同僚が一人だけで、誕生日に一緒に過ごそうというお誘いはひとつも来なかった。それでも誕生日を誰かが祝ってくれるかもと、何も予定を入れず空けて早智子は待っていた。誕生日のある週になると、誕生日を祝ってもらうことをせがむような気がして、自分からは誰にも電話やメールを入れなかった。そのせいか、誰からもメールや電話が来なかった。
(あたしって誰からも必要とされてない?誰もあたしのことを思い出してもくれないの?)
3日間、誰からも連絡が来なかったことは、ここしばらく無かったので、不安がつのり精神的に押しつぶされそうだった。
結局誕生日まで誰からも誘われず、誕生日当日、仕事に身が入らなかったので、具合が悪いと言って午後を半休し、一人でアパートに戻った。家の電話の横に携帯電話を並べ、まだ誰かから電話が掛かってくるのを、膝を抱えて電話を見つめ待っていた。普段なら早い時間に家にいると、1本位はマンションのセールスやお墓の営業電話が掛かってくるものだが、皮肉なことにその日に限ってそんな電話さえも掛かってこなかった。
鳴らない電話の前で早智子は首を垂れて落ち込んだ。
(あたしの誕生日って何なんだろう?誰からも祝ってもらうことさえ、おめでとうの一言さえいってもらえないの…)
気ままに過ごしていた一人暮しを、早智子は初めて寂しいと思った。あまりにも悲しくて・情けなくなり、声を押し殺して泣いた。CDもTVも付けていない、間接照明ひとつだけ付けた薄暗い部屋で早智子はすすり泣いていた。
誕生日が終わる24時きっかりに、念の為パソコンのメールをチェックしてみると、{3件受信中}と表示され、飛び上がって喜んだ。メールの受信状況を表示するグラフの動きがもどかしく感じた。しかしメールの中身はいずれも早智子をがっかりさせた。早智子が入っているサーバーや、ネット会員になっているサイトからの、自動的に送られてくる誕生日のメールだった。
(誰も祝ってはくれないのね。もうこの歳じゃあ…。)
早智子はため息をつき、少し乱暴にパソコンの電源を落とすと、近くのコンビニエンスストアへ部屋着にコートをはおり、買い物に出ることにした。誰かに夕飯を誘われることを期待して何も用意していなかったので、気付くとお腹がすいていた。3月とはいえ、夜中は少し肌寒く、コートの下から入ってくる風が少しスースーした。アパートから3分ほど歩き、暖房の少し効いたコンビニエンスストアに入った。ひと通り棚を見て回り、
(作るのは面倒だな)
と思って缶ビールとカップラーメンを手にとった。レジに並ぶ途中で、プラスチックの箱に入っている2つ入りのショートケーキが目に入ってきた。
(いちおう誕生日っぽくなるかしら?でもかなり寂しいわね…)
ショートケーキに乗っているイチゴをぼんやり眺めて、少し考えた末に買うことにした。
来た道とは別の川沿いの道でアパートに戻ると、コーヒーポットに水を入れて火にかけた。一人暮らしを始めたときから使っているお気に入りのポットだ。お湯を沸かしている間に缶ビールを開け、一口飲み、カップラーメンの準備をした。ポットがお湯が沸いたことを喚きたてると、ゆっくりと立ち上がり、カップラーメンを持って台所へ立ち、カップにお湯を注いだ。居間にカップラーメンとコンビニで貰った割り箸を持って戻り、缶ビールを飲みながら、じっと3分間ラーメンができるのを待った。テレビの上にある時計の秒針が3周したのを確認すると、リモコンでテレビを付け、カップラーメンをすすった。テレビのニュースは、西の方で例年より少し遅く桜が開花したことを知らせていた。
(春なんだよね、歳をとるときにいつも春っていうのも、独りだと考えものね…。)
ぼんやりとニュースを眺めながらラーメンを食べ終えると、コンビニの袋からケーキが倒れないようにそっと取り出した。
(さすがにプラスチック容器のままじゃ味気ないかな)
そう思って、食器入れに手を伸ばし小皿とフォークを取って、ショートケーキを小皿に乗せ、フォークを添えた。
(何でお皿に2つもケーキがあるんだろう?小さい頃、誕生日のときケーキがいくつも貰えたときには、いっぱい食べられて嬉しかったのに…、今は2つもあると嬉しくないわね。ダイエットの敵になるだけよね。)
少し気になってきた下腹をつまんでみた。
(ハァ~ア、寂しいついでにロウソクも立てちゃおうかしら?)
早智子はフォークを手に持つと、子供の頃は家族が誕生日にバースデーソングを歌ってくれていたことを思い出した。結局ロウソクを立てずに、自分で「誕生日おめでとう」と言って一気に食べた。ケーキの甘さを缶ビールで流し込むと、口の中が変な感じがした。
(ケーキとビールは合わないのね)
そのまま床に転がり、早智子は寝てしまい33歳の誕生日は終わった。
【2】女35歳の明暗
32歳のクリスマス以来、もうすぐ35歳を迎える今までの約3年間早智子には特定の彼氏ができなかった。別に早智子は作ろうとしなかったわけではなかった。ただできなかっただけだった。【行き遅れ】まっしぐらな早智子のことを心配してか、会社の同僚や友達が紹介してくれた人は、両手では足りない位いた。だけど食事や飲みに行くことを何回か重ねるだけで、誰か特定な人と付き合うことはなかった。男性に対する望みが贅沢になったつもりはなかった。ただ一歩前へ出ることを心のどこかでこばんでいた。
早智子はこれまで男性にもてなかったわけではない。むしろ男性から声を掛けられることに、辟易していた時期もあったぐらいの容姿だった。でも歳をとるごとに、声を掛けられる数が少なくなったことは肌で感じていた。
(選り好みし過ぎたのかしら?今考えればあの人も良かったし、あいつだってそんなに悪くなかったじゃないのよ。それがさ、今やこれだもんね。)
32歳まで5年間付き合っていた彼氏からの年賀状には、幸せそうな家族が写っていた。彼と彼の奥さん、愛らしい娘の3人が寄り添って、皆笑っていた。
(結婚式のときに奥さんと少し話したけど、絶対あたしの方がイイ女なのに…。もう少し待ってくれればねぇ、ここに写っていたのはあたしだったのに…。あいつが慌てて結婚せまるから、バカよね…、あたし。)
早智子はレターケースにその年賀状を投げ返した。
その彼氏と付き合い始める頃迄は、逢ったその場で恋を始められた。逢ったその日に相手を好きだと思えたし、お酒の勢いも借りてだったが、その日の内に体を許すこともあった。思い返してみると、そんな恋愛ができたのは、若さゆえだったと思えた。彼と別れて以来このアパートに男性を迎え入れることはなくなった。おかげで部屋は荒れ放題だ。
(昔みたいに軽い付き合いができなくなっちゃったなぁ…。何でかしら?)
そう、昔のように簡単に人を好きになることも、すぐに体の関係になることもなくなっていた。
歳をとる毎にだんだん恋愛に対して臆病になっていることに気付いた。臆病なのか、躊躇なのか、勇気がなくなったのか…。いずれにしろ、逢ったその日に相手に抱かれることも、好きになることもできなくなっていた。
先週、会社に同期で入った女友達の優子と、表参道で少しリッチなブランチをしたときの会話を思い返してみた。優子は同期の中で、早智子と1・2を争う美貌の持ち主だった。ただ早智子と違ったのは26歳のときには社内恋愛で寿退社して、来年には小学生にあがる娘と幼稚園の息子がいた。早智子も優子が選んだ旦那のことを少なからず好きだったが、優子に恋愛も結婚も先を越されてしまった。
優子はその日、子供2人を旦那の実家に預けて、久しぶりに羽を伸ばせる日だった。優子の子供の自慢話と旦那とのおのろけ話が一通り終わると、当然のように早智子の相手の話に話題が移った。
「ねぇ、早智子。」
少し心配そうな顔の優子を見て、次の話が想像できた。
「なに?」
早智子はわかりつつも何気ない素振で答えた。
「最近は?どう?」
「何が?」
「何がって決まってるでしょ、男よ、お・と・こ。」
優子がその話を振ってくることは今までの付き合いで、早智子にはわかりきっていた、
「ぜ~んぜん、すっかり日照り続きよ。」
早智子は髪をかきあげ、優子の目を見ずに答えた。
「本当に?まぁ早智子ならまだまだ大丈夫だろうけど…。」
会社にいた頃は好かれる男の数を競ったが、すっかり主婦染みてしまった自分を謙遜して言った。
「そうでもないのよ、これが。な~んか相手にされてないって感じかな。」
「またまた~、相手にしないの間違いじゃないの?」
優子は所帯染みた自分より、若く見える早智子の顔を覗き込みながら言った。
「それが違うんだって、この歳になると。」
早智子は恋愛がうまくいかないことを、実感を込めて声高に言った。
「じゃあ本当に浮いた話はないの?」
早智子の答えに優子は意外そうに答える。
「天地神明に誓ってないわね。」
「あら、まぁ。」
口に手を当ててそう言うのは、優子の昔からの癖だった。早智子は久しぶりにそれを見て、結婚しても変わらない優子に少し安心した。
「本当に、あら、まぁよ。なんなら、キリストにもアラーにも誓っちゃうわ。」
「何で?…、別に出会いがないってわけでもないんでしょ?」
「まぁね。それも…、やっぱこの歳になるとかえって周りの方が心配してくれて、結構紹介してくれるんだけどね。」
「へぇ~、どんな人、どんな人?」
色恋沙汰から遠ざかっている優子は興味津々に尋ねた。
「ん、下は25歳から上は47歳のバツ2のオヤジまで、…範囲広いわよ。」
「いいじゃん、25歳なんて!若くてピチピチしてそうだわ。」
優子はその年齢を聞いて、すっかりくたびれてしまった旦那を思い浮かべ少し羨ましく思った。
「冗談!25歳なんて!…、まぁかわいいけどね。でもペットじゃないんだから、かわいいだけじゃね。話は合わないし、人間として物足りないわ。人生経験が足りないから、話していても面白くないんだよね。見栄えはいいんだけどさ。若い男の子連れて歩くのもなかなかいいんだけど…。」
「いいなぁ、若い男かぁ。」
「でも一歩間違うとホストと、それに入れあげている女って感じよ。やっぱ、もう少し近い年頃の人を紹介して欲しいもんだわ。上でも下でもいいんだけど…、できれば未婚で…。」
「この歳になると、しょうがないでしょうに。イイ男はそれなりに売約済みだろうし、かえって怖いかもよ、未婚なんて男は…。」
「確かにそれは言える!この前紹介された43歳なんか、もうマンガに出てくるような、いかにも脂ぎってるオヤジって感じで、結婚なんて絶対無理!もう見ているだけで気持ち悪くて、気分がすぐれないからって言って即逃げたわよ。」
早智子はそのときの男の顔を思い出して寒気がした。
「ハハハッ、そっか。でもイイ人はいなかったの?ひとりも…。」
早智子の表情に、優子は笑ってしまった。
「そんなことはないんだけどね。中には[まぁいいかな]って思う人もいたよ、何人かは…」
「それで付き合ったの?」
「全然。食事とか飲みに行くことはあったけど…」
早智子はまあまあかなと思った男性を何人か思い浮かべて言った。
「けど?」
「ん、それ以上はなし。」
「じゃあな~に、ご飯食べて、飲んで、はい、さようならって?あのねぇ、今時高校生でもそんなことないわよ。…、少なくとも30代半ばの男女の付き合いじゃないでしょ、それは。」
「そうかしらねぇ。」
「もう、早智子は相変わらずのんきなんだから。もう売り時はとっくに過ぎてるんだから、もっとスピーディーにいかなきゃダメよ!何でそうなっちゃうわけ?」
「う~ん、そうねぇ、前に付き合った人達と比べちゃうのかなぁ、無意識のうちに…。ここまで待つと妥協じゃ済まされなくなるもんね。」
早智子は自分の35歳という年齢を思い浮かべて言った。
「でもそれを言ったら、歳をとる毎に、どんどん恋愛しづらくならない?」
「そうだね。歳をとる毎に、比べる相手が多くなっていくのが判る。20歳の頃に、仮に100人の男性と知り合っていたとしたら、今はその5倍以上と比べていると思うの。社会に出て、お金が自由になるようになって…、あの頃と比べると、付き合いの範囲がすごく広がっているわけでしょ。」
早智子は同意を求めるように優子に話した。
「確かにそうだね。20歳の頃とは世界の広さが違うね、人の数も明らかに…。」
「そう、100人と500人では違いすぎるよね。…、だからついたくさんの人と比べているうちに、時間が経ち過ぎちゃう。100人の中で1番好きだと思えるのと、500人の中で1番だと思うのとは違うよね。」
「まぁね、100人の中では1番でも500人の中だと5番かもしれないし、極端に言えばその人は401番目かもしれないしね。」
そう言いながら、優子は自分の夫の順番を頭の中で数えてみた。
「そう思うと焦るよね。でも時間は毎日毎日過ぎていって、歳は確実にとっていくわけだし。」
「まぁね。それは間違いないわね。」
「出会った人が、今までの人と比べて3番目なら妥協もできるんだろうけど、30番目じゃね。もっともそこまでいくと数えもしないんだけどさ。でも数えられないぐらいになると、踏ん切りもつかないわよ、えいやっ、とは…。」
「難しいねぇ、30代の恋愛は。良かった、勢いのうちに結婚しておいて。」
優子は声をあげて笑いながら言った。
「本当にそうよ。あたしも勢いのうちにしておけば良かったとつくづく思うわ。」
早智子は反対に困った顔をしてみせた。
「残念ながらもう遅いわね、気付くのが。」
「しかもよ、こちらが1人を決められたとしても、その人が自分を好きになってくれるとは限らない…。ましてやその人にとって自分が1番だなんて…、ありえないよね、この歳じゃ。」
「そんなことないよ、きっと。」
「また~、いい加減なことを。優子だって、今の旦那が一番ってわけじゃないんでしょ?」
「そうね、旦那には言えないけどね。」
優子はさっき数えた順番は口に出さないでおいた。
「やっぱり…。[あなたのことが一番好き]なんて、軽々しく言える男なんて絶対信じられないよ。ましてや[今まで出会った人の中で一番]なんてね。そんなのどう考えたってウソに決まってるじゃない。出逢ってまだ間もないのに、そんなのおかしくない?仮にもしウソじゃなかったとしても、そんな浅い部分しか見ないで一番好きなんて言えるような男は信用できないし、そんな浅い付き合いで私が一番なんて、その男はロクな女としか出会ってないのよね、きっと。」
早智子は最近紹介された、軽い男のセリフを思い出して言った。
「うん、そんな男に引っ掛かっちゃダメよ、絶対。」
「理想を求めすぎているのかなぁ?・・・でもさぁ、そんな完璧な人間なんているわけがないって頭では判ってるのよね。全てが自分の好みなんて、ありえないって。人間なんてどこかしらイイところがあって、どこかしらイヤなところがある。それが自然よね。」
「そうね、しょせん自分じゃなくて他人だからね。」
「そう。それに人の気持ちなんて、フワフワ変わるものだし…。付き合う前はどんなにステキに見えていても、それが付き合ううちに、だんだん色褪せて見えることもあるし、そのときの気分によっても違ってくる。」
「そうね、うちの旦那みたいに毎朝コーヒーを飲まなきゃ気が済まない人だって、たまにはトマトジュースが飲みたいときもあるもんね。まぁ、理由は二日酔いだけど。」
「結局は恋愛なんてお互いがどこで妥協するか、どこまでを許せるかが問題なのよね。誰だって一番好きな人を愛したいし、その人から一番愛されたい。でも、そんな都合のいい奇跡は起こり得ないよね。」
「うん、絶対ない。一瞬ではありえるかもしれないけど…。」
「そのタイミングで結婚しちゃわないとダメなのよ、きっと。」
早智子は優子の顔をじっと見ながら言った。
「その一瞬を見極められなかったってこと?」
「そうみたいね。この頃、街で仲良さそうなカップルや夫婦を見ると、訊きたくなるのよ、[本当にその人があなたの一番好きな人なの?]って。」
「きっと答えは違うと思うよ、全員が。」
優子は首を小さく横に振りながら言った。
「きっと誰もが、ある一線で妥協するか、諦めてるんだと思う。妥協だから続かないし、本当に愛し切れない。その繰り返し。だから恋愛はもういいかなって思っちゃう。何だか面倒くさくなっちゃった。」
「でも、一生このままでいいとは思わないでしょ?誰かに愛されたくも、愛したくもない?」
「ううん、やっぱり誰かに愛されたいし、愛したいと思う。でもね、そんな人がこれから現れるのかが不安なのよ、とても…。この世の中に自分を愛してくれる人がいるのか、いたとしても出会えるのか。人通りの多い場所へ行くと叫びたい気分よ。これだけいるんだから、[誰か私を愛して]って。」
「早智子…、大丈夫?」
優子は早智子の言葉に少し不安を感じた。
「もう好きになるのも、好かれるのにも疲れたよ。ひとりは気楽だもんね。誰にも気を使わず生きられる。好きなときに寝て、好きなときに出掛けて…、掃除や洗濯だって必要性を感じるまでしなくたっていいし…、でも一生このままでいいかと聞かれると、やっぱりそうじゃない。誰かにそばにいて欲しい、誰かと寄り添いたい、誰かに抱きしめて欲しいと思う。」
早智子はそう言いながら、少し瞳に涙が潤んでいた。
「なら、まだ恋愛できるよ、きっと。大丈夫、ちゃんと早智子のこと判ってくれる人が見つかるって。」
優子は早智子を元気付けたいと思って言った。
「判ってくれるだけじゃ、ダメなのよ。」
「大丈夫。判ってくれて、しかも愛してくれる人が見つかるって。」
「だといいんだけどね。もう少し気長に頑張ってみるよ。」
優子はそこで時計を見て、子供を迎えに行かなきゃいけない時間だと言って、会計をして別れた。
その2週間後、優子から電話がかかってきた。
「もしもし、早智子?」
「優子?この前はありがとうね。すっかり愚痴になっちゃって、ごめん。せっかく羽伸ばせる日だったのにね。」
早智子は優子が子供を迎えに行く時間を気にして帰ったことを思い出して言った。
「ううん、気にしなくていいよ。ねぇ、この前の話はまだ継続中?」
「えっ、何が?」
「もちろん彼氏が欲しいって話よ。」
「あぁ、それなら残念ながら継続中よ。」
優子は早智子が期待通りの答えで少し笑った。
「だったらさぁ、ちょっと早智子に合うかなと思った人がいるんだけど…。」
「けど?」
「ただバツ1なのよね、その人。」
優子は少し申し訳なさそうに言った。
「歳は?」
「あたしたちの1つ下。」
「1つ下かぁ…。」
早智子は年下と聴いて少しがっかりした。
「下過ぎじゃなければ問題ないんでしょ?」
「まぁね。」
「じゃあ、決まり。子供達を早く寝かし付けたときや、実家に預かってもらったときに旦那と行く居酒屋の店長なんだけど、バツ1で淋しいって言ってたから…。歳の頃もちょうどいいし、すごくイイ人だよ。」
「ふ~ん、でも何で別離れたんだろう?」
「さぁ?そこまでは訊いてないけど…。でもすごく気が利いて、優しい感じの人だよ。」
「そう…。」
強引に勧める優子に早智子は少し気が引き気味になった。
「ほら、頑張ってみるんでしょ?会ってみなきゃ始まらないじゃない。」
電話口の向こうで少し引いている早智子を優子は強引に引っ張り上げた。
「それは…、そうね。」
「じゃあ、OKってことで伝えとくよ。」
優子は早智子の気が変わらないうちに話をまとめようとした。
「ちょ、ちょっと…。」
「いいから、ね。」
そう言って優子は一方的に話を遮った。
(何が「ね」よ!人ごとだと思って…)
「ちょっと優子~。」
「向こうの都合、もう一回訊いてみるけど、一応来週の水曜日の夜ってことで。」
「水曜日?」
週末だと思っていた早智子は少し呆気にとられた。
「あ、そのお店水曜日が定休なのよ。だから店長は水曜日の夜なら殆ど大丈夫って言ってたから…。早智子は空いてる?」
「スケジュールを見るまでもなく空いてるわ。」
早智子はそう言って、空のスケジュール帳に予定を書き込みはじめた。
「じゃあ決まりね。予定入れといて。待ち合わせ場所とか決まったらメールするから。」
優子はそれだけ言って、電話を一方的に切った。
(もう、優子は本当に勝手なんだから…。)
早智子はそう思いながらも、スケジュール帳に予定が書き込まれたことが嬉しかったし、新しい出会いに少しだけ期待をしていた。
その翌日、優子から待ち合わせの場所と時間が記されたメールがきた。
[渋谷の宮益坂側にあるドトールの2階で19時に待ち合わせということで、よろしく! 優子]
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