女のいない島(少子化対策実験ラボ)#11
#フィクション #長編小説 #登場人物少なめ # #190000文字 #出産マシーン
#政府による実証実験 #少子化対策 #監禁 #児童虐待 #強制労働 #売春斡旋 #異父姉弟 #国民負担率50 %超
【11】 ファーストジェネレーションの子 孝一 父が不審なデータを見つける
僕は【花場】から帰るとすぐに、葉月との約束通り【花場】のホームページを覗くと葉月より年上の35歳の女性のうちの1人が【加代子】という名前だった。
(早く彼女に伝えなきゃ)
僕は義務感でそう思ったつもりだったが、どこか違うことに気が付いた。
(彼女に逢いたい)
僕はあの夜から、葉月のことばかり考えていた。彼女のサービスが気持ち良かったことも理由の1つだったが、それだけではないと思った。彼女の顔が見たかった。そして彼女に触れたかった。彼女には何か自分を引きつける磁石のようなものが付いているのではないかと思った。あまりに彼女のことばかり頭に浮かぶので、頭がおかしくなったと父に言ったら、
「それが恋っていうものなんだよ、父さんもそうゆう時があったよ。一人の女性のことばっかり、頭に浮かんでそれが離れない。そんなときが父さんもあったよ。」
と父は遠い目をして教えてくれた。
(これが恋、なんだろうか・・・)
僕は父と同じように、石切場の仕事とコンピューター関連の仕事、それに警備の仕事を掛け持ちした。器島での仕事の単位は4時間単位になっているので、うまく組めばそれこそほぼ24時間働くこともできる。もっとも24時間連続で働いても、自動ロックが掛かり次の12時間は働けなくなってしまう。最も効率良く稼ぐには、12時間と16時間を交互に選択することだ。週1日は休まなければいけないので、このシフトで働くと週84時間働くことができた。政府は週40時間労働を推奨しているので、その倍になる。まだ仕事を始めたばかりの僕のジョブグレードはいずれも最低のFランクなので、時間を延ばして稼ぐしか手段がなかった。Fランクの8時間当たり税引き後の給金は2,500チップ。これまで父にお世話になった分をと考えて、給金の半分は家に収めている。【花場】へ行く為には、1回2万チップが必要だったので、2週間に1回が限度だった。
僕は2万チップが貯まるとすぐに【花場】へ行き、葉月にあたることを期待したが、なかなか葉月には巡り合えなかった。
(この3ヶ月で何回【花場】に行ったのだろう?)
初めての時は相手を選べたが、それ以降はベルトコンベア式なので、葉月に当たる確率は単純に1/300となりかなり難しい。これは後で知ったことだが、妊娠しやすいタイミングの女性を優先してアサインするシステムを【花場】が採用していたからだった。【花場】のホームページを確認すると、葉月は在籍していることになっているので、決していなくなった訳ではない。
(運が悪いんだろうか?)
僕はそれまでも稼いだチップは殆ど【花場】に使ってきたが、葉月に逢えないことに罪悪感を覚えていた。
(約束したのに…。)
葉月のいる4Fの4128号室は、あまりにも遠く感じた。
葉月と逢ってから約3ヶ月が過ぎたある日、コンピューター関連の仕事で父と一緒になった。その日の仕事は主にマッチングを調べる仕事だった。僕はまだ父のようなプログラム自体を作ったりする仕事はさせてもらえず、父から教わったコンピューターのスキルがそれほど活かされない単純作業が多かった。膨大なデータベースから、できるだけ合致するデータを保有しているものを探し出す作業だ。この1週間、この作業ばかりやっていたのですっかり飽きていた。何せデータの数は800万件もある。この中から50種類近くの情報を確認し絞り込むという作業だった。1週間やってまだ1/5しか調べられていない。
昼休みのベルが鳴ると、
「昼飯に行こう。」
父の声が後ろから聞こえてきた。コンピューター関連のジョブグレードがAランクの父は、別のブースで仕事をしていた。
「うん。」
僕は、回転椅子を蹴って父の方を向いた。
「何の仕事をやっているんだ。」
父は僕が開いていた画面が気になったようだ。
「ん、データベースマッチング。ここしばらくずっとこの仕事ばっかりなんだ。」
「ちょっと見ていいか?」
父は僕を席から立たせ、コンピューターの前に座った。キーボードとマウスを動かし、画面をすごい勢いでスクロールさせていた。
「これは…。」
父は僕だけに聞こえる位の小さな声でつぶやいた。
「どうしたの?」
僕は父にならって、小声で聞いた。
「ここじゃまずい。帰ってから話そう。」
父はそう言うと何事もなかったかのような顔をして、僕と一緒にブースを出て食堂へ向かった。僕はその日、コンピューターの仕事の後に警備の仕事を4時間入れていたので父が先に帰宅していた。
「ただ今。」
僕は父から話が聞きたくて、仕事場から全力で走って帰ってきた。
「お帰り。」
父は居間のソファーで本を読みながら答えた。
「ねぇ、昼に言っていたあのデータって何なの?」
父は僕がソファに座るのを待って、ゆっくりと話はじめた。
「…。恐らく日本に住んでいる女性のDNAのデータベースだ。」
「どうゆうこと?」
父は黙ってPCを操作して【花場】のホームページを開き、僕が葉月を選んだときと同様に年齢順に並べ替えた。
「見てみなさい。」
僕は画面をスクロールさせたが、何ら前と変わったところは見つけられなかった。
「どうゆう意味?」
「人数が減っていたりはしてないか?」
父にそう言われて在籍数のところを見ると、3ヶ月前に見たときの人数から在籍数が10人以上減っていた。
「減ってる!」
「久し振りに【花場】のホームページを見て驚いたよ。」
「何に?」
「20代や30代の前半が一人もいないことに。」
「それは僕も変だと思っていた。」
「つまり、こうゆうことだ。政府は移住開始から数年は新しい女性を補充してきた。しかしその女性達が生産年齢を超え始めたんだ。本来はこの島で産まれた女の子達で足りる計算だったんだろうが、思ったより増えていないんだ。」
「それとデータベースが関係あるの?」
「ああ、恐らく【器島】政府はまた本土から女性を連れて来ようとしている。」
「もしかして…。」
「そう、孝一が調べていたデータは多分、日本に住んでいる生産年齢の女性のDNA情報だ。そしてマッチングの相手が【器島】に住む男性のDNA情報だと思う。」
「僕が調べて、選んだ人はどうなるの?」
「多分強制的にこの島へ連れて来られることになるだろう。何せ国家プロジェクトだからな、この島の実験は。」
「そんなっ!酷いことを。」
「父さんは【花場】にいる女性は、彼女達が望んで来たのだと思っていた。だが【花場】の女性に話を聞くとそうではないことが判った。父さんが年1回の義務でしか【花場】を利用しない理由は、彼女達が父さんと同じように強制的に連れて来られていたと知ったからだ。」
「じゃあ、お母さんって人も?」
「そうだな。だからその話を聞いてからは【花場】にはできる限りいかなくなった。まぁ、父さんはそれほど性欲が強くないこともあったが…。」
「ねぇ、お母さんって人は生きているの?」
「どうかな、少なくともホームページには登録されていないから、もう【花場】にはいないことは確かだけど。」
「知る方法はないの?」
「どうしても知りたいか?」
「うん、どうしても。」
「それが知らない方がいいような結果でも?」
「…、うん。」
「わかった。父さんも知りたくなった。」
父はそう言うと、パソコンをコマンド画面に変更して文字を打ち込み始めた。僕は父の作業を見ていたが、ところどころしか判らなかった。どうやら何かのデータベースにアクセスしようとしているらしい。数分間キーボードのカチャカチャという音が居間に流れていた。
「よし。」
父がそう言って【root】と打ち込むと、台帳のようなものが画面に表示された。
「これは?」
「器島政府の住民登録のデータベースにアクセスした。多分ここに情報があるはず。」
「それって不正じゃ?」
父は黙って頷き、母の住民番号の【1025】を検索した。
母の情報画面がでた。日本での名前は田口和美と出ていた。
「和美って言うんだ。」
「源氏名はほら、香津美だったけどな。」
父は源氏名が書いてあるところを指差して言った。
「今は?」
父が現在の状態を画面に表示すると二人は顔を見合わせた。
画面には2017年に死亡と出ていた。
「死んじゃったんだ…。」
「みたいだな。死因は、…出産時の脳出血かな。」
死亡記録は医学用語のドイツ語で書かれていたので、父は確信なさそうに言った。
【出産記録】というところを読もうとしたとき、パソコンからビープ音が鳴った。
「まずい!」
父はそう言って、キーボードを懸命に叩き、ログアウトした。
「どうしたの?」
「念の為、不正アクセス用のセキュリティシステムが回ってきたら音が鳴るように仕掛けておいたんだ。」
父はため息を漏らしながら言った。
「大丈夫だった?」
「たぶん大丈夫だろう。」
僕は父の手際の良さに感心したとともに、父なら葉月に逢える算段が組めるのではと、ひそかに計画を練りはじめた。