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女のいない島(少子化対策実験ラボ)#2

#フィクション #長編小説 #登場人物少なめ  # #180000文字 #出産マシーン
#政府による実証実験 #少子化対策 #監禁 #児童虐待 #強制労働 #売春斡旋   #異父姉弟 #国民負担率50 %超

【2】ファーストジェネレーションの父 高瀬修一 30歳
2010年11月7日。東京高等裁判所からの呼び出し状に応じて私は約30年の人生で初めて裁判所へ足を踏み入れた。書状は罪状というわけではなく、単なる参考人招致のようなものだったが、出頭は強制的であった。出頭しない場合は法的措置により拘束されるという注意書きが含まれていた。30年の人生はこれと言って良いこともしていないが、裁判所沙汰になるような悪いことも断じてしていない。呼び出し状に疑問を感じて手違いではないかと問い合わせしたが、とにかくその日時に来るようにとの一点張りだった。疑問は感じたものの、出頭する以外は選択の余地がなかった。出頭日は仕事が休みの土曜日だったので、会社に知られることも迷惑をかけることもなかったのが、唯一良かったことだ。しかし後で考えれば公的機関に土曜日の呼び出しというのがおかしかった。
呼び出し状に添えてあった地図を頼りに高等裁判所へ着くと、外から見た限りは何も不審点はなかった。入口にいた守衛に呼び出し状を見せると、
「書状をしまって、こちらへ。」
と腕をつかまれ塀の裏側にある小部屋へ連れて行かれた。そこにはサブマシンガンで武装した機動隊と思われる人間が数名と、空港の検査官のようなスタッフが待っていた。
(どうゆうことだ?)
頭が整理できないうちに、検査官の一人が声を掛けてきた。
「荷物は全てこちらに。時計など身に付けているものはこちらのトレーへ全て出して。用意ができたら、その装置の前に来るように。」
検査官の声は高圧的だった。わけが判らず、とりあえず言われるままに指示に従った。ボディチェックはテロ事件が起こった直後のように執拗に行われた。
「確認OK!」
私のボディチェックを行った、二人の男性の検査官はその場の責任者らしき人物に報告した。責任者はその合図を聞くと私に近寄り言った。
「荷物は全てこちらで預ります。その書状をなくさないように持って建物の地下にあるB29号室へお進みください。」
責任者とおぼしき検査官は他の検査官のように高圧的ではなく、紳士的な口調だった。
(アメリカの爆撃機みたいな部屋だな)
私はそんなことを思いながら私は頷き、その小部屋を出た。建物の周りには私以外の一般人はいなかった。建物の中に入ると少しヒンヤリした。11月の晴れた日だったので、外は少し暑く感じていたので心地いい涼しさだった。入口にあった案内板を見て目的の部屋までの順路を確認し、案内板の脇にあった階段で地下へ下りた。目的の部屋は階段を下りて左へ曲がり突き当たったところでさらに左へ曲がった一番奥の部屋だった。地下には裁判所の人たちが使うのであろう小さな商店街のように店が並んでいた。クリーニング屋やコンビニエンスストア、理容室や歯医者などもあったが土曜日なので全て店はシャッターが閉まっていて人気がなかった。二回目の角を左に曲がってから商店はなくなり、殆ど使ってなさそうな小部屋の扉が幾つもならんでいた。それぞれの扉の前には【B15】のように部屋の番号を示す札が刺さっていた。地下へ来てからというもの、人気を全く感じない。自分が歩く足音だけが、無機質な廊下に響き渡り少し怖さを感じた。一番奥の扉に目的の部屋番号を見付けたが、入るのには勇気が必要だった。それまでに見てきた扉は極普通の木製の扉だったが、B29と白のペンキで書かれた扉だけは金属製だった。扉には無数の鋲が打ちつけてあり、いかにも重そうで頑丈に作られていた。扉の覗き窓も金属製で閉まっており、外側から中をうかがうことはできなかった。扉の前で躊躇していると、中から扉が開いた。
「高瀬修一さんですね。」
黒ぶち眼鏡に紺のシングルスーツといういかにも役人風の男が扉の向こう側で言った。
「はい。」
私は恐る恐る、答えた。
「どうぞ、中へお入りください。」
役人風の男の声は丁寧だが、高圧的な口調だった。彼に促されて部屋に入ると、彼は金属製の扉を閉め、鍵を掛けた。鍵の掛かる金属音が部屋の中に響いた。
部屋には門と同様にサブマシンガンを持った機動隊員が3名壁際に立ち、私を凝視していた。部屋の中には机や椅子はなく、がらんどうで奥に今入って来た扉より更に頑丈そうな扉があるだけだった。
「奥の扉へお進みください。」
役人風の男は、冷たい視線で私を促した。10mほど歩き扉の前に立つと、扉の向こう側から別の役人が扉を開けた。
「高瀬修一さんですね。」
別の役人はまた、同じことを訊いた。あまりの厳重さに私は身体の震えが止まらなかった。しかし、とても帰れる雰囲気ではない。仕方なく次の扉を開けると、そこは広いホールになっていた。
「空いている席に座るように。」
扉の内側で警備していた機動隊の男が言った。
ホールの中には既に150人ほどの人が震えて座っていた。壁際には相変わらずサブマシンガンを持った機動隊員が10人ほど私達の席から離れて立っていた。もし逃げようとしたら射殺するのに十分な距離をおいている。私は空いているパイプ椅子に座りうなだれた。あまりの突然の出来事に頭が混乱していた。隣に座っていた男性もきっとそうなのだろう。あたりをキョロキョロと見回し、ガタガタと身体は小刻みに震えていた。パイプ椅子の並べ方も巧妙だった。座っている者同士で話そうとしてもひそひそ声では聴こえないような距離を空けて並んでいたので、誰もしゃべることなく時間が過ぎるのを待った。時間が経つにつれ、椅子の空席が殆ど無くなり、役人達がせかせかと動き出した。
(何が始まるっていうんだ?)
彼らの動きを見ていると、どうやら正面にある演壇に誰かが来る様子だった。役人達の中でも一番年長の男が、演壇の横にあったスタンドマイクを手で軽く叩くと、ホール内のスピーカーから叩いた音が聞こえてきた。そのことに満足そうに彼が話し始めた。
「お休みのところ、みなさんにわざわざご足労頂きました。今日ここにお集まり頂いた理由は、みなさんには共通項目があり、それを日本国の為にぜひ活かして頂きたいというお願いをする為です。」
会場内はその話に少しざわついたが、男は無視して話を続けた。
「みなさんの共通項目というのは、まず日本国民であること。男性であること。独身であること。青年であること。手に職を持っていること。特定の女性がいないこと。そしてDNAが優れていることです。」
(DNAが優れている?)
私はその言葉に引っ掛かった。何故そんなことがわかったのだろう?その疑問に答えるように彼は話を続けた。
「我々日本国政府は、次の世代へ優秀な遺伝子を伝える為に、この国家的プロジェクトを立ち上げました。遺伝子にはかつて理科の授業で習ったと思いますが、優性・劣性の遺伝があります。みなさんはその優性の要素を多く持った遺伝子を有しているのです。国家としてはこの優性遺伝をより多く、そして確実に次世代へ伝え、残すことを目的としてこのプロジェクトを立ち上げました。みなさんにはこれから【器島】という紀伊半島沖にある島へ移住していただく事になります。移住するしないはみなさんの任意ですが、先ほどみなさんの戸籍は既に日本国から抹消されました。よって移住を了承しない場合は、日本人とはみなさず一生日本のとある施設の独房で過ごしてもらうことになります。どちらを選ぶかは選択権がありますので、ご自由にお選びください。」
彼が原稿を読み終わると同時にホール内はガヤガヤと騒がしくなった。
(選択権があるといったって、島で生きるか一生独房のどちらかじゃないか)
私以外のホールにいる人々もそう感じたようで、口々に文句を言ったが、演壇の上にいる役人は取り合う様子がなかった。
「みなさん、お静かに!お静かに!では、これから国家プロジェクトにご協力願える方はこのまま席にいて下さい。ご協力願えない方は左の扉へお進みください。制限時間は10分間です。」
我々は誰一人として左の扉へ立たなかった。
制限時間の10分を役人がカウントダウンしていく。
「残り1分です。よろしいですか?」
(よろしいですかって、残る以外ないだろう?)
私は憤慨して抗議の目を彼に向けたが、彼は構わずカウントダウンを続けた。
「5、4、3、2、1、0。制限時間終了です。これよりみなさんの身柄は器島特別自治区のものとなりました。」
役人がそう言うと、周りにいた役人が一斉に私達にボールペンが結わえ付けてあるボードを配りはじめた。ボードに挟んである表紙は【器島住民になるにあたり】と書いてあった。全員にボードが行き渡るのを確認すると、
「ただいまお配りした書類は器島での生活に関する各種の注意事項などが記載されています。それについては後程ゆっくりとお読みください。書類の最終ページをご覧下さい。」
言われる通りに全員が紙をめくる音がやけに大きく感じた。
「みなさんは突然の移住、そして日本国籍の消失と日本国の国益の為とはいえ、我々が無理なお願いをしたことは承知しています。そこで、日本でやり残したこと、心配なこと、こうして欲しいことなどを箇条書きでそちらの用紙にご記入ください。日本国政府としてできる限りの努力はさせて頂きます。書き終わりましたら、右手にいる職員へご提出ください。なお、みなさんは事故で死亡したことになりますので、死亡保険を掛けている方については満額保険会社から保険金及び違約金がおります。死亡の連絡は間違いなくご家族へお伝えしますのでご心配なく。」
ホールの右側には10人ほどの人間がテーブルを前にして座っていた。
(やり残したことねぇ)
私は遺書と思ってその書類に何を書くか考え込んだ。そしてあまりにも何もないことに愕然とした。女房・子供がいるわけではないから、別に財産を残す必要もない。一応入っている死亡保険金が出れば、両親が葬式を出すのには十分だろう。家も賃貸アパートなので、家財さえ捨てれば問題はない。両親に山ほどあるアダルトDVDを見られるのが気恥ずかしかったが、心配といえばそんなものだ。唯一気掛かりなのは、会社で今作っていた携帯電話に使用する為のアプリの開発だったが、よくよく考えれば別に自分じゃなくても、同僚が引き継いでくれるだろう。【どうしても自分じゃなければ】というものが、30年も生きてきて何もないことに気付かされた。
(30年間何やっていたんだろう?)
そう思って周りを見渡すと、筆が進んでいる人は数少なかった。
結局私は何も書くことがなく、白紙で提出した。
(島へ移住した後は何か書けるようになるのだろうか?)
私は重い足取りでホールを出た。ホールを出た扉の外は地下駐車場だった。警察が使用するような車内が見えないようになっている大型の護送車が何台も止まっていた。私たちは順番にその車へ乗せられた。全員が乗り終わったのか、護送車は出発した。
車が裁判所を出てからすぐに後方から爆発音が聞こえた。ちょうど信号待ちで止まっていたので、爆発の揺れも車内で感じることができる位大きな爆発だったのだろう。車内がざわついた。そしてすぐに車内にあるスピーカーから声が流れてきた。
「今聴こえた爆発音は、みなさんがいた高等裁判所が爆弾テロにあったと報道されます。」
(そこまでやるのか)
高等裁判所の爆破を偽装してまで、このプロジェクトが動いていることにびっくりした。このプロジェクトの犠牲になるのは、今日ここに集められた150人どころじゃないことが想像できた。私達が乗った車は海上自衛隊の基地に入り、そこで船に乗り換えさせられた。私はこのとき日本には戻れないことを悟った。

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