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女のいない島(少子化対策実験ラボ)#6
#フィクション #長編小説 #登場人物少なめ # #180000文字 #出産マシーン
#政府による実証実験 #少子化対策 #監禁 #児童虐待 #強制労働 #売春斡旋 #異父姉弟 #国民負担率50 %超
【6_1】花場の女 典子 40歳
この島に連れて来られたときが人生最悪の出来事だと思っていたが、それ以上に悪いことが起こるとは想像もしてなかった。私の部屋のドアノッカーが鳴っていることに気付き、覗き穴から訪問者を確認した。お客様はもちろん、誰かと会う約束もしていなかったので、訪ねて来る人の心当たりがなかった。
「典子さん、新しい子が明日からこの部屋に住むことになるので、荷物をまとめといてもらえますか?」
「あら、今度はどの部屋?」
【花場】はB1Fにある購買所やレストランの共有部分を除けば、2~4Fのフロアは分断されている。B1Fの共有部分は緊急の場合を除き、フロア毎に使用できる時間が決まっているので、別のフロアの女性と顔を合わせることはなかった。2~4Fのフロアにはそれぞれ100室以上の部屋があり、なんとなく仲の良いグループがフロア毎にまとまるようにマネージャーは配置していた。女というものは習性なのか群れでいるのがどうやら好きらしいが、私はこの島へ来てから言葉を忘れたのではないかと言われる位、他人とあまり関わり合いを持とうとしなかった。だからある意味では部屋やフロアはどこでも良かったので、グループ内やグループ同士で何かいざこざがあると、代わりに部屋を移動することがこれまでにも何度かあったので、今回の話もそうだと勝手に思っていた。
「いや、それがですね。」
マネージャーが言いづらそうに、言葉を濁した。彼は私が【花場】に連れて来られたときからずっとマネージャーをやっているが、これまで必要なこと以外は話すことはなかったが、あんな決まりの悪そうな顔を見たのは初めてのことだった。彼に初めて会った頃はサーフボードを抱えて海に立っていたら、女の子の取り巻きができそうな軽い感じの好青年だったが、12年経った今は渋みが増してダンディという言葉が似合うようになった。いずれにしろ世間で言うところの美男子であることには変わりないが、私はあまり好きなタイプではない。
「・・・。」
私は彼が後ろ手で私の部屋の扉を閉めるのを黙って見ていた。部屋は隣の部屋の行為中の声が聞こえないように上下左右の壁は全て防音加工されている。扉を閉めてしまえば大きな喘ぎ声は多少漏れるが、話し声が外に漏れることはまずない。
「実は【花場】の中ではなく、典子さんには別の施設へ移ってもらうことになりました。」
マネージャーは私の反応を見るためにチラッとだけ視線を合わせたが、すぐに下を向いた。後で知ったことだが彼にとって、【花場】に連れてこられた女性に対してこの宣言を行うのは初めてのことだったらしく、どう私に話していいか判らなかったらしい。
「別のって?どこのこと?」
私は彼の言っている意味が判らずパニックになってマネージャーに詰め寄った。ここの暮らしは身体を提供することを除けばそれほど悪くない。一人でいることが好きな私は、稼いだお金で本を買い、部屋でミルクたっぷりのロイヤルミルクティーとビターチョコレートを脇に置いて読書をしていれば結構幸せな気分で過ごしていた。
「島の果樹園に行ってもらうことになりました。」
マネージャーは目の前にいる私から顔をそむけて言った。そのことが新しい居場所は【花場】より条件が悪いことを示していた。
「果樹園にも【花場】があるのかしら?」
私は怒りのやり場がなかったので、仕方なく彼に突っかかった。
「いえ、【花場】でするような仕事ではなく、採れた果物の選別をやっていただきます。」
「はぁ?果物の選別?何であたしがそんなところにいかなきゃいけないの?」
「言いづらいんですが、典子さんはもう40歳になるので、そろそろ潮時じゃないかと。」
「もう女として価値が無くなったからってこと?女として価値が無いから仕分のおばさんになれっていうの?冗談じゃないわよ!まだまだ男を愉しませること位できるわ。」
私は今の生活を捨てることが怖くて必死に食い下がった。
「そうはいっても、もう子供を産ませられる歳ではありませんし、それに。」
「それに?」
「その、お客様の方からも苦情が来るようになりまして。」
「どうゆうことよ!私はきちんと仕事をしているわよ。」
「ええ、それは判っているんですけど、やっぱり若さの面で苦情を言われるお客様が増えてきまして。【同じお金を払っているのに年増じゃないか】っていうように。」
私は彼の言葉に愕然とした。身体を売る商売は通常人気商売だ。だが、【花場】ではお客様が決められるのは日時だけで、どの女性になるかは運次第というシステムだった。だから仕事ができる体調であれば、問題なく仕事は回ってくる。クレームにならないように接客していれば、仕事を干されることはなかった。接客面でクレームが頻発した場合、数日間の再研修などがあるらしいが、私はこれまで一度も再研修と言われたこともなかった。マネージャーは黙って私を見ていた。彼の眼は捨てようとしている子犬を見るような眼で私を見ていた。
「もう、決まったことなのね?」
私は落胆した声でようやく言った。
「ええ、すいません。」
マネージャーは力なく返事した。
「それ以外に選択の余地はないのかしら?無理矢理この島へ連れて来られて、12年間もの間、男の性欲処理の道具になって、6人の子供を産んで。それなのにこの仕打ちなの?」
「すいません、他には今のところないんです。何せ典子さんが初めてのケースなもので。」
「政府は何も考えてなかったってこと?【花場】の女達の行く末を。」
「そんなことはないと思いますが、まずはということで。」
私は大きくため息をついた。
「この島から出してくれるっていう選択はないの?」
「ええ。」
「じゃあ、死なしてくれるっていう選択は?」
「それもダメです。」
「そう。わかったわ。いつまでに?」
「明日の朝、お迎えに来ますのでそれまでに荷物をまとめといて下さい。」
マネージャーはそう言うと、すぐに部屋を出て行った。彼なりに辛い立場なのだろう。今の話では私が【花場】で一番年上のようだが、恐らく30代後半の女性も数多くいる。この島に連れて来られたときに一緒にいた女性達は、皆30代後半になっているはずだ。これからも彼はこの宣告を繰り返すことになるのだろう。私はマネージャーが出て行くとすぐにソファーに置いていたギンガムチェックのクッションを扉に思い切り投げつけた。
(何よ、あたしにこの後どう生きろっていうのよ?)
私は【花場】へ来てからの12年間を思い返していた。
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【6_2】花場の女 典子 回想
私の大学時代は、就職難と言われている時期で狙っていた上場企業からことごとく不採用となり、結局大手の派遣会社へ登録し、半年~1年契約であちこちの会社でオペレーターをしていた。派遣社員というのは私に非常に合ったシステムだった。一般の社員と違って余計な関わり合いを持たなくて済むからだ。定時に出社し、決められた量の仕事をこなし、定時に帰る。一般社員のように飲み会、会議、派閥争いなどは関係なしに過ごせる。業務以外のことを言われたら、【業務規定に含まれていない】と言えば良い。大手企業はセクハラやパワハラに神経を尖らせているので余計にやりやすい。一緒に働いている同僚は、私のことは名前以外殆ど知らないだろう。派遣の人間に一般社員が【どこに住んでいるの?】と聞くことさえパワハラに当たるというのだから、おかしな世の中になったものだと思いながらも、私にとっては楽だった。
定時に会社を出て、夜や休日はエステやフィットネスクラブ、買い物やカフェ巡りなどをして過ごしていた。一人暮らしのアパートへ帰ってからはもっぱら本を読んで過ごす毎日だった。そんな日常は特に不満はなかった。むしろ楽しんで過ごしていたが、将来の不安は歳を重ねるごとに大きくなっていた。大学卒業後6年間にいくつかの会社を渡り歩いたが、期待していたような出会いはなかった。あわよくば素敵な男性と恋仲になって結婚しようと思っていたが、派遣社員に仕事以外のことを話し掛けることさえできないシステムでは、こちらから積極的に動かない限りなかなか親しくなるチャンスはなかった。これまでに何人かの男性に水を向けてみたこともあったが、ことごとく惨敗だった。派遣というだけで腫れ物に触るような態度にしかならないのだ。
私には身寄りというものがなかった。気付いたときには施設というところにいたのだ。だから私の名字はその施設があった土地の名前の【村上】だった。名前の【典子】というのは、私が捨てられたときに一緒に置いてあったメモ紙にそう書いてあったからということだった。私はたまたま運良く奨学金をもらえたので大学まで出ることができたが、施設にいた多くの子供達は殆どが中卒で働き始め外に出て行った。風の便りに出て行った子供達の様子をきくと、ヤクザまがいになっていたり風俗嬢だったりと真っ当な仕事を続けている人はあまりいなかった。
私は飛び抜けて美人という訳ではないが、自分ではまあまあだと思っていた。大学卒業まではいつも彼氏がいたし、それ以外にも声を掛けてくる男性が不足することはなかった。大学時代には1学年上の先輩と同棲していた時期もあった。その彼が就職して地方へ配属された後、遠距離恋愛をするのに疲れ果て、私の就職前に別れた。それ以来6年間、なかなか恋人ができなかった。付き合ってセックスをするまでは良好な関係なのだが、1回してしまうと後が続かない。私のセックスの仕方が悪いのかと真剣に悩み、女だてらに深夜にこっそりとアダルトDVDを借りに行き、部屋で研究してみたが、これといって思い当らない。最近別れを告げられた男性に思い切ってそのことを尋ねたら、【身体の相性が良くない】と言いにくそうに答えた。その私が身体を売ることを商売にするとは皮肉以外の何ものでもなかった。
28歳の正月。ちょうど今の会社との契約が切れ、次の会社との契約が始まるまで1ヶ月位の休みがあった。高校・大学の奨学金の返済もようやく去年で終わって、少し余裕が出てきたので旅行へでも行こうかと旅行情報誌を買い、やたらと【おめでとうございます】と叫んでいるテレビを付けながら読んでいた。その旅行雑誌の中ほどの広告に手が止まった。
【20代女性限定!抽選で50名様に当たる、豪華客船で行く紀伊半島1週間の旅】
(へぇ~タダなんだ。応募してみようかしら?)
私は電源を入れっぱなしにしていたパソコンを立ち上げ、広告に載っているホームページのアドレスを打ち込んだ。応募フォームをクリックすると、応募用の入力フォームが表示された。後で考えればおかしな話だった。通常この手の懸賞はペアでというのが普通だが、この懸賞は当たっても一人で参加することになっている。一人でいることが当り前の私にとっては不思議には思わなかったが、普通の女性は当たってもいかないのだろう。もう1つおかしかったことは、あまりにも応募要項に続いていたアンケートが不自然だったことだ。家族構成や家族の名前、職場環境、友人の数など普通は旅行の懸賞には関係ないことだ。
(ずいぶん詳しく入れなきゃいけないのね。)
そう思いながらもアンケートをしっかり入力した方が当選確率が上がるかと思い、正月の暇に任せて、入力し送信した。
数日後、パソコンのメールをチェックすると【ご当選のご案内】というタイトルのメールが届いていた。
(どうせ迷惑メールでしょ?)
そう思いながらメールを開封すると、先日応募した旅行の当選案内だった。
(あら、当たっちゃった。)
私は思わずにやけてしまった。メールを続けて読んだ。
【ご当選おめでとうございます。
厳正なる審査の結果あなたが50人の当選者の一人に選ばれました。
つきましては、参加の可否を記載の上、3日以内にご返信下さい。
集合日時:1月17日(日)11:00
集合場所:東京家庭裁判所前
豪華客船内ではカクテルパーティーなどを毎晩予定しております。
是非ドレスをお持ちになってご参加ください。手荷物の制限はございません。
また、集合場所までの交通費につきましては領収書をお持ち頂ければ、
当方にて負担致します。】
集合場所が裁判所前というのは解せなかったが、大型バスを止めるスペースがたまたまそこしか取れなかったのだろうと勝手に解釈した。それよりも判らないのは通常はスーツケース1個までのように手荷物は制限を付けるのだが、できるだけ多く持って来いというのは初めて見た。それに集合場所までは実費が普通なのに、それも出してくれるという。この旅行にはどこか違和感があったが、ちょうど休みの期間で、タダより安いものはないと思い参加の返事をメールで入れた。豪華客船や出たこともないカクテルパーティーなどと書かれると施設育ちの貧乏人としては弱いところだ。子供の頃からの憧れでもある。
旅行の集合日当日、私は言われる通り、自分が持っている一張羅の服と靴、アクセサリー類をトランクに詰め、旅行用のボストンバックには持っている限りの化粧道具とパーティーで使うハンドバックを詰めた。さらに自分の28歳の誕生日に自分で買った、多分本物のヴィトンのバックを持った。
(豪華客船に乗るのって荷物が多いのね)
私はアパートから出て数十メートルで荷物を放り出したい気分になった。
電車で移動するつもりで乗換えを調べておいたが、【空車】とランプが光っているタクシーを見かけてしまい、つい手を挙げてしまった。
(まぁ、タダの旅行だし、もしかしたらタクシー代も出してくれるかもしれないから)
私は自分を納得させて、運転手に行き先を伝えた。
アパートから東京家庭裁判所までの道のりはスムーズだった。山手線を超えるまでは時々のろのろとすることもあったが、裁判所がある官庁街は日曜日なのでガラガラだった。タクシーが目的地に着くと、同じようにタクシーで来た人がいたのか3台ほど止まっていて、運転手がトランクから荷物を出していた。私の乗ったタクシーが止まると、スーツを着た男性が降り口に立った。
「旅行の当選者の方ですか?」
「ええ、そうです。」
私は当選通知のメールをプリントアウトしたものを彼に見せた。
「かしこまりました。お代は私どもが支払いますのでどうぞ。」
彼はそう言って私に手を差し伸べた。私は彼の手を取りタクシーの外へ出た。
(ちょっとセレブっぽいかも)
私はその扱いにのぼせていた。彼がタクシー代を払い、トランクを開けてもらった。トランクに入っていたスーツケースとボストンバックを彼は取り出して、
「では、あちらのバスへどうぞ。」
と私の前を二つのバックを抱えて歩いた。
「お荷物はトランクルームに入れておきますので、こちらの札をお持ちください。バスの中で受付をしています。」
彼はそう言って荷物番号の書いてある金属のプレートを渡した。よくあるプラスチックの札ではなく、細かいところも豪華なことに感心した。裁判所の前にバスは2台止まっていた。どちらも大型の2階建て観光バスタイプで横には【スーパーリムジンバス】と書いてあった。窓にはフィルムが貼られていて中が見えないようになっていた。私はセレブ扱いされていることに舞い上がっていて、バスに会社名がないこともナンバープレートが営業用の緑でなかったことにもそのとき気が付かなかった。バスの中へ入ると運転席のところで止められた。
「当選のメールの紙と写真付きの身分証明書をお願いします。」
私は財布から免許証を出して、メールをプリントアウトした紙と一緒に運転席にいる男性に渡した。社会人になると写真付きの身分証明書が度々必要になったので、原付の免許をとっていた。免許証は身分証明書代わりに持っているだけで、免許を取ったときに講習で乗っただけで、一度も公道は走ったことはなかった。
「村上典子さんで間違いないですね。」
彼はそう言って、免許証の写真と私の顔を何度も見比べた。
「はい。」
「今回の旅行の件は誰かに話しました?」
「いいえ、特に誰にも。ちょうど派遣会社も休みだったので。」
「そうですか、ではあちらのカーテンの奥に進んでください。」
彼はそう言って免許証と紙を私に返した。
(何で誰かに話たことなんか聞くんだろう?)
私は疑問に思いながらも言われた通り重厚なカーテンで仕切られた方へ歩いた。カーテンの奥には階段があった。
(えっ?)
2階建てバスだったから上へ行く階段があるのなら判るが、何故か下へ行く階段があった。次の瞬間には、後ろに立っていた男性に薬を嗅がされたらしく、私は意識を失った。
気付いたときは海の上にいた。船底のカーペットがひいてある場所に私達50人の女性は寝かされていた。恐らく2等船室なのだろう。私はここに着くまですっかり意識をなくしていたが、同乗していた他の女性は少し意識があったらしく、どうやらバスの中にあった階段を下りて地下へ行き、裁判所の中に止まっていた別の護送車のようなバスで船まで連れて来られたと話しているのが聴こえた。
私が意識を戻したときが標準の時間だったのか、船室にいた女性は次々と意識を取り戻し、オロオロしている人、一人でブツブツしゃべっている人、半狂乱になっている人とさまざまだった。船室にある唯一の扉をガンガン叩き、叫んでいる女性もいたが、私はそれを見てどうにもできないことを悟り、扉から一番遠い隅っこへ移動して壁に背をもたれた。
1分ほどすると、スピーカーから放送が聞こえてきた。
「お静かに!」と何度も繰り返しているが、何人かの叫び声でなかなかその通りにはならなかった。周りにいた人が協力して黙らせるまでに数分を要した。
「突然の失礼にみなさん戸惑っていることでしょう。私は日本国首相、小島潤一郎です。」
スピーカーから聴こえてくる声は確かに聞き覚えのある声だった。船室内がざわめいた。
「私はまず、日本国首相としてみなさんをこのような目にあわせたことをお詫び申し上げます。ここに集められた50人の女性は私達日本国政府が大いなる目的の為に厳選した方々です。これ以上の危害を加えるつもりは全くありません。日本国首相としてお約束します。これからみなさんを上の船室へご案内しますので、ご安心して係員の指示に従ってください。なお、みなさんの手荷物は全て私どもで厳重に保管していますので、そちらもご安心ください。では、ご案内します。」
スピーカーの声が切れると、船室の扉が開いた。長身のがっしりした男性が入って来た。スーツを着ているがいかにも不釣合いでハチキレそうな体格の男達ばかりだった。
「ご案内します。お一人ずつゆっくりと船室から出てください。」
男性のうちの一人が野太い声で叫ぶと、船室にいた女性達は立ち上がり扉の外へ出て行った。私は一番最後に出ることにした。船室の外の廊下にも体格のいい男性がところどころに立っていた。きっと自衛隊か何かに属する人達なのだろう。鍛えられた筋肉がスーツの上にまで滲み出しているようだった。エレベーターホールには私より先に着いた9人が私を待っていた。どうやら10人ずつ乗せていたらしい。二人の男性と10人の女性がエレベーターに乗り込むと、男性は神妙な面持ちで【1F】のボタンを押した。もう一人の男性はエレベーターを操作するボタンがある方と反対側に立ち、私達女性を見張っていた。
エレベーターが開くと、そこは確かに豪華客船だった。私がこれまでに訪れたことがあるどの高級ホテルのエントランスより立派な造りで、きらびやかという言葉が相応しい。私は映画のタイタニックでしか豪華客船を見たことがなかったが、薬を嗅がされて連れて来られたことはすっかり吹き飛んでしまった。他の女性もそうだったらしく、みなキョロキョロとあたりを見回したり、調度品に触ったりしていた。
「向こう側のパーティールームへお入り下さい。」
いかつい男性の一人が私たちに大声で指示をした。パーティールームにはその造りに負けない位、豪華な食事と飲み物がテーブルの上に所狭しと並んでいた。
「もうしばらくしましたら首相が参りますので、それまでこちらの部屋でおくつろぎ下さい。」
演壇の上のマイクから声が聞こえた。私はトイレに行きたくなり、入口の近くにいた男性にトイレの場所を尋ねた。もちろんトイレの前にも男性が立ち見張っている。トイレの中にも女性スタッフを配置する念の入れようだった。用を足して部屋に戻るとほどなく首相が演壇に立った。確かにテレビで見ている小島首相その人だった。私達は今日の出来事に不安を感じてパーティールームの壁際に集まっていたので、テーブルのある部屋の真ん中はガラガラだった。
首相はそんなことを気にせず、私達に一礼すると話し始めた。
「みなさん、今日のことは本当に申し訳ありませんでした。日本国を代表してまずはここにお詫び申し上げます。」
小島首相はそう言うと深々と頭を下げ、話を続けた。
「みなさんも知っての通り、我が日本は非常に厳しい状況に立たされています。外交問題やエネルギー問題、年金問題と様々な問題が山積みですが、最も恐ろしいことは少子化です。このままでは2050年に日本の人口は現在の約4割、5,000万人を切ることもありえると試算されています。このままでは日本に未来はありません。そこで政府としてはこの問題を打破するべく4つのプロジェクトを同時進行しています。そのうちの1つが今回みなさんをお連れする場所です。」
女性達は、「どこのこと?」、「帰れないの?」、「何をさせるつもり?」と女性同士でざわついた。小島首相は少し間をおき、話を続けた。
「これからお連れするのは、Cプロジェクトの研究施設である【器島】という紀伊半島沖にある島です。みなさんにはできれば、この島で暮らし、子を産む役割を担って頂きたい。私からの説明は以上とさせて頂きます。詳細については、Cチームの責任者でもあり、器島特別区の長島区長から話します。では、区長。」
小島首相が演壇を隣に立っていた男性に譲った。区長はまだ40歳そこそこの若い男性に見えた。恐らく彼も国会議員か何かだったと記憶にあった。
「ご紹介に預りました長島です。Cチームのリーダーを務めています。現在【器島】には我々Cチームのスタッフ約100名が住んでいます。今後移住、生産を続け20年後には3千人程度が住む島にしていく予定です。みなさんにはその第一期の移住者になって戴きたいのです。このような形でみなさんを騙したことを大変心苦しく思っています。しかし、この場に小島首相がわざわざ足を運ばれ、みなさんに説明を行うほどに、このプロジェクトは日本にとって重要な意味を持っています。ぜひ、我々と同様の志を持って戴けるようお願いします。」
区長が頭を下げると、横で聞いていた小島首相も私達に向かって頭を深々と下げた。
「これからみなさんを【器島】へお連れ致します。島に着いた後、島での生活環境や住居なども見られます。生活については全て器島政府が保障を行います。家賃や医療費など生活に必要なものはトイレットペーパーまで支給します。みなさんの島での役割は子供を産むこと以外ありません。それ以外は全て自由です。」
「ちょっと!何よそれっ!あたし達に子供を産む機械にでもなれってこと?」
私の3人ほど右側にいた気の強そうな女性が声を張り上げた。
「まぁ、いつかの大臣が発言した悪い表現で言えば、そうなります。」
「冗談じゃないわよ!帰る!帰してよ!」
女性達が騒ぐのを予想していたのか、区長は少し間をおいて手で制した。会場が静かになるのを確認すると、区長は話を続けた。
「島の見学後、お帰しすることはできますが、日本に戻った後同じ生活はできません。みなさんは、今回の旅行に当選して、そのツアー中に船が沈み全員死亡と報道されます。」
会場内がざわついた。区長が合図を送ると、区長の後ろにあったスクリーンに沈没した船の映像が映し出された。テロップで乗員名簿に自分の名前が出ているのを確認した女性が悲鳴をあげた。その声に私は驚き、自分の名前を探すと確かに私の名前がテロップで流れた。画面では船が沈没したという場所で捜索をする海上保安庁のヘリコプターの映像と報道用のヘリコプターから中継しているアナウンサーの声が途切れ途切れ聴こえた。画面の表題には「紀伊半島豪華客船旅行での惨劇」と出ていた。
(まぁ確かに紀伊半島方面へ行く豪華客船ではあるけど、ここにいるのよね)
私はそんなことを考えて顔に出さず、起こっている事態を忘れて笑ってしまった。しばらくの間会場はその映像をみな凝視していた。一通り映像が流れると、区長は合図を送り映像が途切れた。
「みなさんの国籍はこれで抹消されました。みなさんの選択は、これから向かう【器島】で暮らすか、日本へ戻り一生外に出れない監獄の中で過ごすかのいずれかです。この国家機密を知ってしまった以上、もう今までのような暮らしはできません。ずるいとお思いでしょうが、私達のプロジェクトに参加して戴けるよう、やむを得ずの措置です。ぜひご理解ください。」
その後パーティールームは重苦しい雰囲気となり、みなそこに用意されている豪華な食事に手を付けることはなかった。用意されている水を飲むのが精一杯だった。
【器島】に船が着くと、私達が暮らすことになる【花場】の部屋と、このまま日本へ戻ってから暮らす監獄の様子や生活ぶりをビデオで見せられ、私達50人の女性達は全てが【器島】で暮らすことを選択した。もし日本へ戻る場合は、秘密を知ってしまったことにより、独房で死ぬまで孤独に暮らさなければならないということだった。一生誰とも話せないような暮らしと比べたら私達に選択の余地はありそうでなかった。
(何であんなものに応募してしまったのだろう)
私はいくら後悔しても、後悔が足りない気持ちだった。
それから12年間、男に抱かれることが仕事になった。この島へ連れて来られた頃は、システムを確認する為なのか、避妊薬を飲んでいたが、1年も経たないうちに避妊薬を与えられなくなった。【花場】の女は島の男性の性的欲求を満足させることも役割の1つだが、一番の目的は子供を産むことなので、避妊具や避妊薬がないのが普通の風俗とは異なるところだ。おかげで私は12年の間に6人の子供を身篭った。
妊娠の検査は【花場】では日課になっている。妊娠していることが確認されると、安定期までは仕事をしなくても良くなる。しかし安定期に入ると、人が足りない日には仕事に戻されることもあった。お腹の大きい私にあたった人は不幸だと思ったが、【花場】では、男性が女性を選べないシステムなのでいたしかたない。中にはお腹が大きい私を見てやる気が失せたのか、何もせずに帰っていく人もいた。
出産の前後は有給休暇のようなものが貰えた。その間は仕事をしなくても出産で多額のボーナスのようなものが手に入った。そのボーナスは段階的で妊娠確認時、6ヶ月時、出産前、出産後の4段階で支給される。最も支給額が多いのは出産後のボーナスなのだが、これは産んだ子供の健康度合いで大きく異なる。私自身が健康な身体だったので5人目までは何の問題もなかったが、39歳で産んだ6人目は障害児として産まれてしまったらしく、半分以下の支給額しかもらえなかった。その子は数ヵ月後に病気で死んだと告げられた。産んだときでさえ顔さえ見せてもらえなかったが、それでも自分の子供が死んだことを告げられると、涙が止まらなかった。障害児だからといって政府が子供の面倒をみなかったのかもしれないと疑ったが、それを確かめる手段はなかった。