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女のいない島(少子化対策実験ラボ)#5
#フィクション #長編小説 #登場人物少なめ # #180000文字 #出産マシーン
#政府による実証実験 #少子化対策 #監禁 #児童虐待 #強制労働 #売春斡旋 #異父姉弟 #国民負担率50 %超
【5】花場の女 葉月 19歳
あたしはこの島で産まれた初めての子供だったらしい。母がこの島へ連れて来られる直前に妊娠していた為、事前の検査では判らなかったとのことだ。そのおかげでこの島へ来て早々、母は役目をこなせなかったことから役人達に役立たずと罵られ、辛い思いをしたとうわさで聴いた。あたしの名前は母が付けてくれた。響きがいいので自分では気に入っている名前だが、あたしの公の名前は1025の11だ。母の名前の1025が2011年に産んだ子供という意味だ。八月生まれだったという理由で母が付けてくれた名前は源氏名としてそのまま使うことにした。
あたしは産まれてから、ずっとこの【花場】というところで暮らしている。母に会える機会は物心ついてから一度もない。あたしにとっての家族は政府の役人とあたしの後に産まれてきた女の子達だけだった。あたしは一番年上だったこともあって、みんなの姉のような役割をいつしか自然と担うようになっていた。あたしの役割は妹達の世話をすることがいつの間にか習慣になっていた。
この【花場】には、役人以外は全て女性しかいなかった。だから子供のときにはそれを不思議に思うことはなかった。この世の人間は役人以外全て女性なのだと思って暮らしていた。それまでに教えられたことは言葉とおむつの換え方、子供のあやし方、食事や離乳食の与え方位のものだった。世に言う教育というものは受けさせてもらえず、ひたすら子守の毎日だった。それでも12歳までは人生の中でも楽しく暮らせた方だったと今では思う。
12歳のとき初潮が来た。生暖かいものが太ももに感じられ、トイレへ駆け込んだ。トイレで確認するとショーツは真っ赤に染まっていた。それを見た瞬間クラっと目眩がして、どうしていいのかわからなかった。
(洗濯したら落ちるかしら)
考えたのはまず、普段している洗濯で血がきれいに落ちるかの心配だった。生理という現象自体をそれまで教わったことがなかったのであたしはトイレでパニック状態だった。あたしの周りであたしより年上は役人の男性だけだったので、そのことをそれまで聴く機会はなかった。あたしは恐る恐る子守の相談をする比較的話すことの多かった役人の男性にその現象を話した。
役人の男性は黙って頷くと医務室へ連れて行ってくれた。あたしは医務室の医者はあまり好きではなかった。よく意味の判らない病気の予防注射だと言って、痛い注射を打つからだ。
「先生、葉月が初潮のようなんだ。」
「そうか、器島初の初潮だな。」
医者は笑って役人に言ったが、あたしはちっとも笑える気分ではなかった。医務室で医者の話を聴いたが上の空で聴いていたので、病気ではないことと、子供が産める身体になったこと位しか覚えてなかった。生理用品を渡されだので、使い方を訪ねたが
「私は使ったことないから良くは知らない。説明が裏に書いてあるから。」
とナプキンの入ったパックを押し付けられた。連れてきてくれた役人と医務室を出ると、
「生理が終わったら、僕のところへ来なさい。」
と役人は言って去ってしまった。あたしは仕方なくみんなが寝ている大部屋に戻り、自分のベッドにもぐりこんだ。ベッドに付いている明かりで説明書を読み、自分で付けてみたが正しいのかどうか良く判らなかった。
(子供が産める身体ってどうゆうことなんだろう?本当に病気じゃないのかしら?)
そんなことを考えていたらなかなか眠りにつけなかった。
1週間後、生理が終わったので役人の男性の部屋を訪れた。彼はこの【花場】に住む子供達の責任者を務めていた。
「あの~。」
あたしは彼に何と言ってよいかわからず、それしか言葉が出なかった。
「終わったのか?」
役人の男性はあたしが困っているのを察して、訊いてきた。
「はい。」
あたしはうつむきながら答えた。
「そうか。葉月にはこれまでみんなのお姉さんとして凄く頑張ってもらっていたから、言うのが心苦しいんだけど…。」
「こころぐるしいって?」
「ごめん、ごめん。葉月には難しい言葉だったかな。う~ん、言いづらいんだけど、と言えば判るかな?」
彼なりに12歳のあたしに判るように考えて言った。
「うん。わかる。」
「そうか。で、これから葉月はもう大人の女性だ。」
「おとな?」
「そう。子供が産める女性になった証拠がこの前の生理というものだ。」
「…。」
あたしはそのことをこの1週間考えていたが、やっぱりよく判らなかった。
「で、これからは下のフロアに住むことになる。」
【花場】がある建物は5階建てだということは、運動をするときに運動場から見て知っていたが、5階以外は殆ど知らなかった。5階にはあたし達女の子達が住むフロアがあり、用事を言われて1階にある医務室や調理場へ行くことはあったが、2階~4階は何があるのか知らなかった。時折換気の為などで窓を開けると誰かの呻き声が下から聴こえてくることがあったので、怖くて窓はできるだけ開けないようにしていた。あたし達子供が住むフロアと1階にある調理場や医務室、運動場などの各種施設は行き来できたが、それ以外はどこにも行くことができなかった。
「下って、おばけがいるところ?」
あたしは不思議な呻き声のことを思って役人に訊ねた。
「あはははっ、おばけなんかいないよ。」
「本当に?」
「ああ、葉月がおばけだと思っている声はきっと大人の女性の声だから。」
「えっ?大人の女性が居るの?」
あたしはこの器島に女性は妹達の子供だけしかいないと思っていた。役人達の男性と性別が違うということさえも最近わかったことだ。
「ああ、下のフロアには300人位いる。葉月は今までずっとお姉ちゃんだったけど、今度は一番下の妹になるんだよ。」
「じゃあ、もうみんなの面倒見なくていいの?」
あたしは下の子達の面倒を見ることは嫌いではなかったが、5Fには500人近くの妹達がいたので、寝る暇もなく面倒を見なければいけないことに正直疲れていた。
「ああ、もう見なくてよくなる。それに自分の部屋も貰える。」
「ほんとっ!お部屋があるの?あたしだけに。」
5階のフロアは刑務所で言えば雑居房のようなところだ。巨大なフロアに所狭しと3段ベッドが並んでいる。12歳の娘にプライベートという概念はなかったが、それでも一人になれる部屋に憧れていた。
「ああ、4階の部屋に移ることになる。ただ、そこでは別の仕事をしなくちゃならない。」
役人はそれまでと違って神妙な面持ちになった。
「仕事って?」
「1つは男の人を相手に男の人の欲求を満たすこと。もう1つは子供を産むこと。それ以外は今より自由な時間は多くなるよ。みんなの面倒を見る必要は無い。本を読んだり、お姉さん達とおしゃべりをしたりできるようになるし、お金を稼ぐことができるので、自分の欲しいものも買えるようになるよ。」
「早く行きたい!」
あたしは自分の時間が持てることや欲しいものが買えることも嬉しかったが、何よりも年上の同性と話せることが楽しみだった。浮かれ過ぎて仕事のところはすっかり頭から飛んでいた。
「仕事のことについては、隣の部屋の加代子さんに聴いて覚えるんだよ。加代子さんには葉月のことをお願いしてあるから。葉月はこの島で最初に産まれた子供だから、加代子さんと歳は倍以上違うけど、それでも加代子さんは一番歳が近い女性だから、彼女に葉月のことを面倒見てもらうことにしたから。」
「わかった。で、いつから行くの?」
あたしはその後に起こることが判っておらず、知らない世界とはいえ下のフロアへ行くことが楽しみだった。
「今日から。」
「わかった。」
あたしは無邪気に返事をしていた。今考えれば、あのままみんなの面倒を見て過ごす方がどれだけ気が楽だったかと思う。
あたしは役人の部屋を出ると、自分のベッドの周りにあった荷物をまとめた。とは言ってもたいしたものはない。自分用の衣服、書き溜めていた日記や支給されたペン、誕生日のお祝いにもらった熊のぬいぐるみ、1週間前にもらったナプキンのパックぐらいであたし物と呼べる代物はたいしてなかった。荷物をまとめてナップサックに詰めていると、あたしの行為を子供達がおかしく思ったらしく、【お姉ちゃんどこ行くの?】とか【どっか行っちゃうの?】としきりに訊かれ、本気で返答に困った。物心付いたときには、あたしはここにいるみんなのお姉ちゃんという役目をこなすことが当り前だった。それが無くなることに肩の荷が軽くなると思う反面、みんなに頼られなくなることを少し寂しく思っていた。できるだけみんなに気付かれないようにソッと部屋を出て、エレベーターで1階に降りた。運動用のグランドへ出る反対側の扉の前でさっき話をした役人と、もう一人別の男性が待っていた。
「葉月、これからは僕じゃなくこの人が葉月の面倒を見てくれるから、何かあったらこのマネージャーに言うんだよ。」
彼が紹介したマネージャーという人は、歳の頃は30代後半のダンディな男性だった。きっと若い頃も美男子だったに違いない。美男子が歳をとって円熟味が増したという感じで、多分この人に迫られたら普通の女性はなびいてしまっただろう。しかし12歳のあたしには男性と言えば一緒に立っているあたしにあれこれと用を頼む男性と、その周りのスタッフや医者しかいなかったので、【かっこいいな】と漠然に思ったが、それ以上の感情は起きなかった。
「じゃあ、マネージャー、葉月のこと頼むな。」
役人はマネージャーより役職が上なのか、命令口調でマネージャーに言った。子供ながらも役人達の態度を見て上下関係というのがあることは認識していた。
「わかりました。」
マネージャーの返事を聴くと、役人はあたしの前で少しかがんであたしの視線に合わせて、
「じゃあ、葉月、頑張るんだよ。」
彼はそう言ってあたし達の前から立ち去った。彼は物心付いた頃からずっとあたしの面倒を見てくれた人だった。上のフロアにいるのだから、何かあればいつでも頼れると気軽な気持ちでいたが、このとき以来彼と会うことはなかった。よくよく考えれば、下のフロアに女性達がいることをこれまで知らなかったのだから、会える筈もなかった。
マネージャーはあたしに右手を差し出した。あたしはその意味が判らず、手をつなぐのだと思って左手でその手を握ろうとした。
「あははは。」
マネージャーがあたしのしたことに笑った。
「何がおかしいの?」
あたしは意味がわからず、マネージャーに尋ねた。
「そっか、葉月さんはまだレディーファーストっていう習慣を知らないからね。バッグを持ちますよって意味だよ。」
マネージャーは優しい口調であたしに言った。
「そうなんだ。」
あたしは恥ずかしさできっと耳まで赤くなっているだろうと自分で感じた。あたしはとりあえず持っていたナップサックを彼に差し出したが、彼の言葉が耳から離れなかった。【葉月さん】とさん付けで呼ばれたのは生まれて初めての経験だったからだ。ちゃんづけや呼び捨てが常だったので、その言葉にとまどいを覚えた。もちろん自分より目上の人に【さん】と付けることは知っていたし、他人に使うこともできていた。しかし、自分がそう呼ばれることにビックリした。
「じゃあ、行こうか。葉月さんの部屋は4階の4128号室ね。」
あたしはこれまで12年間扉しか見たことがなかった扉の奥へマネージャーと呼ばれる人と初めて踏み入れた。マネージャーは入ると同時に鍵を閉めた。やはり厳重だ。マネージャーはさっき降りてきたエレベーターと違う場所の上ボタンを押した。ほどなくエレベーターが降りてきて扉が開いた。従業員用のエレベーターだったので造りは医務室へ行くときと変わらない造りだったが、マネージャーがキーカードを差し込まなければ階数の選択ができないところが違っていた。
4Fに着くと、頑丈そうな金属でできた扉がすぐ前にあった。エレベーターのときと同じようにマネージャーが扉にキーを差し込むと、その扉の重厚感とは程遠く、静かに扉が開いた。そのときは思いもしなかったが、よくよく考えれば4Fは現実離れした異空間を島の男性達が求めに来るのだから、当然と言えば当然である。
あたしの前に広がった廊下は住んでいた5Fの無機質な蛍光灯で照らされた廊下とは大違いで、大きなシャンデリアが天井からぶら下がっていて、煌々と明るかった。廊下の壁には部屋へ入る扉が並び、その間にはところどころ大きな油彩画が飾ってあったり、壷のような花瓶に素敵な花が活けてあった。廊下にはきれいに清掃された真っ赤な絨毯が敷いてあり、足を踏み入れるとその毛の長さでフカフカとしていて、雲の上を歩いている気分になった。マネージャーの後ろをキョロキョロと落ち着き無くついて歩いていたので、立ち止まったマネージャーに気付かず、マネージャーの背中に顔からぶつかってしまった。
「葉月さん、大丈夫?」
マネージャーは心配そうにあたしの方を振り向いた。
「ごめんなさい。つい、見とれてしまって。」
「あはは、無理もないよね。5Fとは別世界だからね、ここは。」
「ホント、びっくりしました。こんなにきれいな所に住めるなんて。」
「葉月さんの部屋はそこの4128号室って書いてあるところだからね。」
マネージャーはそう言ってカードキーをあたしに差し出した。
「これで開けられるから、なくさないように。そのカードがあれば今使ったエレベーターに乗ってB1Fに降りることができるからね。」
(これからはあたしの部屋があるんだ)
あたしは鍵を受け取ると、普通の子供と同じように大人になった気分になった。
「ちょっと待ってね。」
マネージャーはそう言うと、4127号室と書いてある扉のライオンの頭を模したドアノッカーで扉を2度叩いた。ほどなく、女性が扉から顔を覗かせた。
「加代子さん、葉月さんが来たので。」
「え、もう来たの?」
そう言って女性は一旦扉を閉め、チェーンロックを外して廊下へ出てきた。歳上と聞いていたが、胸にしてもお尻にしても自分と同じ人種とは思えないほど立派だった。彼女から見ればあたしはどう見てもガキンチョだ。あたしが何も言えずに黙って彼女を見上げていると、それを察して彼女は口元を緩めた。
「怖がらなくていいわ、葉月ちゃん。あたしは加代子。ここへ来てもうすぐ13年よ。何かわからないことがあったら、お姉さんと思って相談してね。」
彼女はそう言うとあたしの髪を優しく撫でた。頭を撫でられることはこれまでにもあったが、耳の近くを撫でられてゾクッとした。
「葉月です。よろしくお願いします。」
あたしが産まれる前からここにいると言っていた加代子さんに頭を下げた。
「じゃあ、加代子さん、後はお願いね。葉月さん、1ヶ月間は仕事はなしで、ここの生活に慣れてもらうことと、加代子さんや他のお姉さんから技術を教えてもらうからね。」
マネージャーはそう言って、もと来たエレベーターへ向かって歩いていった。
「じゃあ、まず葉月ちゃんのお部屋に入りましょ。」
加代子さんはあたしの肩に手を乗せ、カードキーの使い方を教えてくれ部屋へ促した。後で知ったことだが、本土にある風俗店の形態1つソープランドの部屋と似通っているということだった。ただ大きく違うのは部屋の中に扉付きのトイレがあることだった。基本的には部屋の女性のみが使うトイレで、部屋から出ることなく過ごせるようになっている。出ることなくというと聞こえはよいが、部屋から出さないようにという配慮の方が正しい。風俗店ともう1つ違うのは外に向いている窓は開けることはできるが、逃げ出せないように鉄格子がはめこまれている。
4Fへ移ってから2週間、あたしは楽しくて仕方がなかった。少しだけだったが自由になるお金を貰ったので、B1Fの購買所で何を買うかあれこれ悩んだり、加代子さんや他の部屋の女性達もあたしが珍しいのか心配してくれるのか、ひっきりなしにあたしの部屋を訪れておしゃべりやお茶を飲んで過ごした。恐らく人生を通してこの2週間が最も楽しい時間だった。
3週間目から研修というものが始まった。実際に役人の男性をお客様に見立てて、加代子さんが先生となって教えてくれた。初めて見た男性の裸はこの世のものとは思えなかった。毛だらけの裸はまだしも、もっと毛むくじゃらな股間から垂れ下がっているものは、ときどき給食室に出るゴキブリよりも気持ち悪いと思った。見た瞬間部屋中に響くくらいの大きな声で叫んでしまい、その声に周りがびっくりしていた。
あたしは加代子さんが役人の男性にサービスする様を正視できなかった。
「葉月ちゃん、ちゃんと聞いてる?」
ぼうっとしているあたしに加代子さんは何度もそう言ってたしなめた。数回目でようやく男の人のモノを触れるようになり、お客様役をしていた役人に処女を奪われた。痛みは少しあったが、予め痛いかもと聞いていたので、予防注射とそんなに変わりはなかった。処女に価値があるというのは本土でのことで、器島にいる女性は身体を提供する女性と5Fに住むこれから身体を売ることになる処女の2種類しかいない。そのことには何の価値もないのだ。
研修も10回を超えると、あたしがサービスすることで男の人が気持ちいい顔をするときがたまにあった。そのときは先生である加代子さんもお客様役の男性もあたしを誉めてくれた。誉められることが嬉しくて頑張って加代子さんから技術を覚えた。
4Fへ来て1ヵ月後、あたしは初めてお客様と接した。本当にこの日は怖かった。後でマネージャーから聞いた話では、そのお客様は役人で、できるだけ優しい人を選んでくれたということだった。それでも自分の部屋とはいえ、男性と二人きりで見知らぬ男性を招き入れ、裸になってサービスをすることに抵抗を覚えた。それまでは加代子さんが傍にいてくれたり、お客様役だから失敗しても注意されるだけだったが、これからはそうはいかない。もう誰も頼る人も甘えることもできなくなった。
【まぁ、セックスさえ苦じゃなくなれば、この島の暮らしもなかなかいいものよ】
あたしが4Fに来たとき、加代子さんが言った言葉を思い出しながら、ベッドで男性を受け入れていた。お客様の男性もあたしが初めて客を取ることをマネージャーから聞いていたらしく、「緊張しなくていいから」とか「大丈夫だから」と励ましてくれた。
教わった手順などパニックですっかり忘れてしまい、サービスとしては滅茶苦茶だった。一番酷かったのは、セックスの後お腹の中が気持ち悪くて、余韻を与えることなくお客様の処理をせずに、さっさとシャワーへ立とうとしてしまったことだろう。【初めてだから】と笑って済ましてくれていたお客様もそのときはムッとした顔になった。何とか2時間の仕事を終えると、心も身体もヘトヘトだった。部屋の片付けをしなければいけなかったのだが、とてもそんな気力はなかった。とりあえず今まで行為をしていたベッドのシーツだけ床に落とし、寝転がった。
(こんなのが毎日続くのか)
あたしはこれから繰り返されることに不安だった。天井の木目を何も考えずに見つめた。お客様が帰ってから30分ほどして、マネージャーと加代子さんが部屋を訪ねてきてくれた。加代子さんの顔を見たら何故か涙が出てしまい、彼女のふくよかな胸をしばらく借りた。
「よく頑張ったわね。」
加代子さんはそう言って、この部屋へきたときと同じように何度も何度もあたしの髪を撫でてくれた。
4Fへ移ってから7年。あたしは19歳になっていた。加代子さんが言ったようにセックスをすることさえ苦じゃなければ、割りといい暮らしなのかもしれない。生理のある週は全て休みで、残りの3週は2日働いて1日休みだから月の半分位が仕事は休みだった。仕事も1日で相手をするのは多くて3人まで。1人しかしない日もある。生活に必要なものは食事以外全て支給されるし、お客様の相手すれば1人につき5千チップが手に入る。5千チップもあれば、B1Fにある【花場】の女性専用レストランで美味しいものが5日分は食べられる。余ったお金は好きな本や趣味に使える。あたしは加代子さんから教わった編物に嵌り、時間があれば編み棒を持っていた。おかげでかなり上達して簡単なセーターなら5日もあれば編めるようになった。編んだ服は【花場】にいる女性達や相手をした男性で似合いそうな人にあげていた。この頃にはもうあたしは【花場】で一番年下の女ではなくなっていた。5Fで一緒に暮らしていた妹達も次々に【花場】に降りてきた。こうなると5Fで染み付いた【お姉さん】根性が顔を出し、妹達の相談相手として過ごすようになっていた。妹達にも編物を作ってあげたり、昔のように運動場でゴム飛びをしたりして遊んだりもしていた。妹達が年々増えていくのとは逆に、お姉さん達は少しずつ顔を見なくなっていった。マネージャーや他のお姉さん達に聞いても、その行方を教えてはくれなかった。
(ずっとここにいられるわけじゃないんだ)
あたしは漠然とした不安を抱いた。そういえばあたしの使っているこの部屋には【典子】という女性がいたと聞いた。あたしがこの部屋を使うことになって移ったと聞いたが、てっきり加代子さんの隣にあたしを置く為に移ったのだと勝手に解釈していた。ここではフロア同士の交流は運動場でさえ無いように決まっている。だから前の住人だった【典子】という女性を見なかったことに何の疑問も持ってなかった。