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女のいない島(少子化対策実験ラボ)#9
#フィクション #長編小説 #登場人物少なめ # #180000文字 #出産マシーン
#政府による実証実験 #少子化対策 #監禁 #児童虐待 #強制労働 #売春斡旋 #異父姉弟 #国民負担率50 %超
【9】 花場の女 葉月 孝一の初体験の相手に
「あはは。」
あたしは慌ててあたしの座る場所を空ける孝一の様子がおかしかくて、声を出して笑った。彼はあたしの笑いの意味が判らずきょとんとしていた。
「ごめんなさい。そんなに端っこに避けなくてもいいのに。」
あたしはまだ笑いが収まらない。あたしが隣に座ると彼はバツが悪くて下を向いた。
「そっか、ごめんなさい。初めてでしたよね。【花場】は。」
マネージャーに今日のお客様は初めてだと言われたことを思い出した。
「ええ。」
「あたしも初めてこの仕事をしはじめた頃は緊張して、ヘマばっかりやったわ。」
「そうなんですか。」
彼はまだ、射精の余韻が頭から抜けていないのか、少しぼうっとしながら答えた。
(そうだった。あたしが12歳で初仕事のときは緊張しまくっていた。今じゃすっかり慣れてしまったけど…)
あたしは7年前に初めてお客様の相手をしたときの失態を思い出し、彼に悪いと思った。
ソファーに座りいつもお客様にするように右手を男性のももの上に置こうと思って視線を動かすと、孝一のペニスはもう回復していた。
(さすが、若さね。良かった)
彼はこの7年の仕事の相手としては間違いなく最年少だ。こんな若い男の子と話すのは初めてだったので話題が見当たらなかったので助かった。あたしは彼のペニスをタオル越しに触り、
「もう回復してる、すごいわね。お風呂いきましょうか。」
と言って彼の手を取り、立たせた。お風呂のサービス中ならあまり話をしなくても問題はない。
「すべるから気を付けてくださいね。」
あたしはそう言って、部屋から丸見えの浴室に孝一を誘導した。
「仕度が済むまで、湯船にどうぞ。」
彼が湯船に入ったことを確認すると、シャワーをひねりプラスチックのピンクのマグカップにお湯を入れ、使い捨て歯ブラシに歯磨き粉を付けたものと一緒に孝一に渡した。彼が歯磨きをしている間に、洗面器にローションを溶かし、マットの用意をした。湯船に流しっぱなしのお湯の音と彼が歯磨きする音が浴室に響いていた。マットの用意が終わり、彼をマットの上に寝かせた。マットで男性を喜ばせることは、あたしはかなり得意になっていた。一通りのサービスをしたクライマックスはマットの上でセックスし、その後ベッドでするのが、マニュアルになっている。彼のペニスの状態はマットプレイのおかげでもう爆発寸前の状態になっていた。彼のペニスを導き入れると、更に大きくなった。と同時に部屋の内線の呼び出しベルが鳴った。
(何だろう?時間はまだあるはずなのに)
あたしの記憶の中でお客様がいるこんな中途半端な時間に内線のベルが鳴ることはこれまでなかった。
(まぁいいか)
あたしはそのまま彼のペニスを受け入れ、腰を動かした。1分もしないうちに彼が爆発した。子宮の奥に彼の精液が激しく当たるのを感じた。あたしはセックス自体は仕事としてできるので絶頂に至ることはないが、奥に当たった熱さは好きになっていた。その熱さに浸っていたい気分を押しやり、仕事に徹する為に、ゆっくりと抜き取り彼を立たせ湯船に漬からせた。その後、彼の身体を洗ってバスタオルで身体を拭き、
「ベッドに座っていてね。」
そう言って彼を浴室から出した後も内線のベルが何度か鳴ったが受話器は浴室の外にある。ローションでベトベトだった自分の身体を急いで洗い、数回目のベルで内線をとった。内線の相手はマネージャーだった。
「葉月さん、ゴメン!」
マネージャーの声は慌てていた。
「どうしたんですか?接客中に。」
あたしは彼のことを思って、少し怒った口調で言った。
「実は手違いがあって、今日のお客さんはコンドームを付けて相手をしてくれるかな。」
「えっ?」
マネージャーの言っている意味がよくわからなかった。【花場】では避妊することはまずあり得ない。あたしが避妊をしたのは仕事を覚える為にということで、12歳の研修中に経口避妊薬を飲んでいた時だけだった。それでもあたしは他の人のように妊娠しなかった。仕事を始めた頃は妊娠しないことが楽に感じていたが、避妊をしなくなったこの6年間で一度も妊娠しないことに自分は女性として欠陥があるのではと不安を感じていた。もちろん部屋に避妊用のコンドームが用意されているのは知っていたし研修で使い方は教わったが使ったことは一度もなかった。
「ちょっと、事情があってまずいんだ。」
マネージャーが女性に対してそんな言い方をするのを初めて聴いた。かなり慌てていたのだろう。
「わかりました。」
もう既に終わってしまったことを彼がいる前で報告することも面倒なので、あたしは彼の方を見ずにそう答えた、マネージャーに言われた言葉を頭で不思議に思いながら、あたしはベッドに座っている彼に話し掛けようとした。2回とも早かったので時間がたっぷり余ってしまっていた。
(まだ1時間近くある、どうやって場をつなごうかしら…。加代子さんから困った時は何か共通の話題を、だっけ…。)
「そうそう、実はあたしも今日初めてのことがあったんですよ。」
あたしはマネージャーの言葉を振り払おうと明るい声で言った。
「何が初めてなんですか?」
彼の声はまだ緊張がほぐれていない声だった。
「実は、指名を受けてお仕事をするのは今日初めてなんですよ。」
「えっ?そうなの?」
彼がこの話題に食いついてきたことにあたしは少し安堵して話を広げた。
「そうそう。【花場】って普段は指名できないようになっているのよ。」
「そう言えば、ここのホームページにそういうことが書いてあったような。」
「そうなの。【花場】を初めて利用するお客様だけが、初回のみ指名ができるシステム
になっているの。」
「じゃあ、あなたに逢いたいと思っても、逢えないんだ。」
彼は残念そうに言った。
「あら、お上手ね。」
あたしは、右手で軽く彼のももを叩いて言った。
「そんなことないですよ。キレイだし、気持ち良かったし。本当に…。」
彼は左側にいるあたしの顔を見て言った。
「そう言われて悪い気はしないわよ。」
あたしはそう言ったものの、彼のあまりにも一途な真剣な目に少しどぎまぎしていた。
「本当に、ですよ。」
彼はからかわれている気になったのか、少し声を荒げた。
「ごめんなさい!ありがとう、嬉しいわ。」
「…。」
彼はまた無言に戻ってしまった。
(まずいなぁ、何か切り替えなきゃ)
あたしは考えて別の話題にしようとした。
「でも、何であたしを指名してくれたの?」
あたしはできるだけ明るい声で言った。
「ん~と、歳が近かったから、どんな人かなと思って見たら、あなたの写真が出てきれいだし、歳も近いから話も合うかなって思って。」
彼はそれまで実物の女性を見たことがなかったので、あたしのことを【きれい】と判断する材料は持ち合わせていなかったが、石切場の現場監督に女の人は【きれい】と言われると喜ぶと言われたことを思い出して、咄嗟に付け加えたと後で聴いた。あたしを選んだ理由は、単純に歳が近いからだけだったらしい。
「今、おいくつなの?」
「18歳。」
「え~!あたしと1っこしか違わないんだ。どうりで若いわけだ。」
あたしが7年間の間にお客様としてついた男性は30代中盤が一番若く、殆どは40代後半以上の男性ばかりだった。若い男性を見る経験はこれが初めてのことだった。
「この島には若い男の人はいないものだと思っていたわ。」
「どうゆうこと?」
彼はあたしの言葉に引っ掛かりを感じて聴いた。
「えっ?いや、今までのお客様って若くても30代半ば以上だったし…。」
「いや、そうじゃなくて。若い男の人って言ったでしょ?」
「ええ。」
あたしは彼の質問の意味がよく判らなかった。
「ホームページを見たとき、あれって思ったんだ。」
「ホームページって?」
「そっか、従業員は見ないか。」
「ここで働いている女性たちを写真とかで紹介しているところがあるんだけど…。」
「う~ん、よくわからないけど、それで。」
「そう。あなたより年下の子はいたけど、あなたより年上は35歳が一番若い人だった。」
「加代子さん?」
あたしは【花場】へ来たときに、仕事の仕方やここでの暮らし方など色々教えてくれた女性の名前を言った。1年ほど隣室にいたが、他の階へ移ってしまい、それ以来顔を合わせることがなかったので心配していた。
「どうだったかな?名前までは覚えてないや。」
「ねぇ、お願い!今日帰ってから、もう一度見て名前を確認してくれる?で、もし次にあたしと逢うことができたら、まだいるか教えて、ね。」
あたしはその後、ベッドでのサービスをしなきゃいけないという気持ちと歳の近い彼とまだ話したいという気持ちと葛藤していた。【花場】で過ごす時間は2時間と限られている。
「う、うん。わかった。加代子さんね。」
「そう。」
「そのかわりと言っては何だけど、…さっきのことを教えて欲しいんだけど。」
彼はさっきの突っかかっていたことを解消しようと、あたしに訊ねた。
「何を?」
「間の年齢の女性がいないっていうのは、あなたはこの島で産まれたってことなの?」
「ええ、あたしはこの島で産まれた最初の子供だと言われたよ。」
「僕もそう言われている。」
「どうゆうこと?でもあたしの方が年上よ。」
「そう、そこがおかしかったんだ。僕はこの島で産まれたファーストジェネレーションの世代でも一番初めの子供だったはずだ。何で僕より先にこの島で産まれたんだろう?」
「そう言われると、そうね。あたしには同い年の子はいなかった。いつもお姉ちゃん役を施設でやらされていたわ。」
「僕もあなたもこの島で産まれた最初の子供って?」
「そうね、性別は違うけど。」
「そうか!僕は最初の男、あなたは最初の女性なんだ。」
「あたしはさっき言ったように、この島には女の子しか産まれないのだと思っていたけど、
違うのね。」
「そう、僕は逆にこの島には男しか産まれないのだと思っていた。」
「男の子達はどう育てられているの?」
「世代毎に分けられて、学校で勉強している。女の子は?」
「学校って?」
「色々なことを教えてくれる所だよ。」
「じゃあ、子供の頃から読み書きもできたっていうこと?そう、男の子は幸せなのね。」
「というと?」
「女の子は悲惨だわ。あたしもあたしの妹達もこの建物の5Fで、【花場】で働く為だけに育てられている。あなたが見たあたしより年下の子達はあたしが妹として一緒に育ててきた子達なの。」
「まさか!12歳って子もいたけど。」
「初潮が来れば、子供を産める身体だからね。」
「それにしたって!」
「それが、この島の現実。女は子供を産むためのブロイラーと一緒よ。【花場】という名の鳥かごに住まわされてね。あたしが少し読み書きが出いるようになったのは、ここで暮らすようになって本を読むようになってからよ。」
そう言ったところでまた室内電話のベルが3回鳴って切れた。葉月は時計を確認すると退出の10分前の合図のベルだった。
「ごめんなさい、まだまだ話足りないんだけど、もうすぐ時間なの。」
あたしは彼に申し訳なく言った。すっかり話し込んでしまい、本来行うはずのベッドでのサービスをする時間がなくなってしまった。
「きっと、また逢いに来るから。」
彼は心からそう言ってあたしに約束したように見えた。
「ありがとう。待ってるわ。」
あたしはそう言うと、彼の着ていた服を差し出し、着替えを手伝いながら自分の服を身に付けた。お互い服を着終わると、受話器を取り、
「お帰りです。」
と一言だけ告げた。電話の向こう側ではたぶん何か言っていたのだろうが、あたしは聞こえないふりをした。
「さぁ、行きましょう。」
本来ならば部屋の扉でお客様を見送る規則になっていたが、あたしは彼との別れが惜しくてエレベーターホールまで見送ることにした。あたしは彼の手を取り、部屋を出てエレベーターホールまでゆっくりと手をつないで歩いた。
「今日は本当にありがとう。」
サービスが欠けてしまったお詫びとあたしの話に付き合ってくれたことに感謝して言った。
「絶対にまた来るから。あなたは何故か他人のような気がしないんだ。」
彼は力強く約束して、あたしの手を握り返した。
「そう、ありがとう。待っているわね。」
あたしはそう答えたものの、彼にまた逢えることはまず有り得ないと思いながら言った。この【花場】には約300人の女性がいるらしい。彼が仮に週に1回【花場】に通ったとしても、次に逢える確率は6年後だ。現実的にもこの7年間で同じ人を接客したことは数回しかない。確率的にはあまりにも低いことはあたしも判っていた。
「また、…ね。」
あたしはエレベーターの向こう側に消えて行く彼を見送った。