29歳の最後のお見合い
#恋愛小説 #ショート #登場人物少なめ #女子目線 #三十路前 #15000文字
#20歳まで彼氏無し #初体験が残念 #ライフワークバランス #お見合いのハウツー本 #受付嬢
愛媛県の片田舎に育った恵美は、大学入学を機に親に無理を通して東京の大学へ入学させてもらった。ある程度の容姿だった恵美は充実したキャンパスライフを送っていたが、20歳のとき初めて付き合った彼氏に半ば強引に初体験を奪われ,それ以来29歳まで男性を遠ざけていた。このまま先輩お局様と同じような将来になるかと思っていた時に・・・。
恵美は11年前、愛媛県の松山市からバスで30分走った、片田舎という言葉が相応しい小さな町から、上京してきた。高校の修学旅行で行った東京の刺激が、あまりにも印象的で、絶対に大学は東京の大学へ行こうと決めていた。親からは東京へ出たら、戻って来ないだろうと言われ、さんざん反対されたが、3つ年上の姉が高校を出てから、松山市内の会社に就職していたのが、救いになった。「こっちにはお姉ちゃんがいるからいいじゃない」、「それに絶対帰って来ないわけじゃない」と説き伏せ、4年制の大学で好きな勉強をするならという条件で、渋々両親は納得した。あまり親に負担を掛けたくなかったので、受験日の近い4つの大学を選んで、恵美は受験に望んだ。浪人はさせないと父親から釘をさされていたので、自分のレベル程度の偏差値に近い大学を選んだ。自分では4つとも、まずまずの出来だったと思っていたが、合格通知はなかなか来なかった。3校の不合格通知のあと、最後の4校目でやっと合格の文字が見ることができた。合格したことを両親に伝え、意気揚揚と東京での生活を始める準備にとりかかった。大学の近くにある不動産屋で新居を探すと、5箇所目に案内された、駒沢公園のそばにあるアパートが、とても気に入り即決した。緑の少ない東京で、広い公園がすぐ近くにあることで少し安心できることが、即決の理由だった。引越を終えると、待望の一人暮らしを満喫しはじめた。
大学生活のスタートは充実していた。恵美は保育士になるつもりはなかったが、以前から興味のあった児童心理学を専攻した。多くの学友は保育士になる為に勉強していたが、恵美は自分の知りたい欲求がこの学科を専攻した理由だった。自分の好きな勉強ができる面も楽しかったが、バイトがない日には友人達と渋谷や赤坂に繰り出し、ショッピングや飲み会をすることも楽しかった。田舎にいる間は、母の料理の手伝いをすることもなかったので、一人暮らしを始めた頃は料理が全くできなくて、人参の皮を剥くことさえ知らなかったが、料理番組や料理の本を読んでは、新しいレパートリーを増やし、大学やバイトで知り合った友達をアパートに呼んで試食してもらった。仲間うちで持ち寄った料理やお酒、デザートで一晩中おしゃべりして過ごすこともあった。
3回生になると同級生の中でも人気のある男性に告白され、恵美も結構気になっていた人だったので付き合いをOKした。田舎では好きな男の子はいたが、自分から告白することはなく、違う男の子から告白されることは何度かあったが、【好きな人がいるから】と全断っていた。だから恵美はこのとき、初めて男性と付き合うことになった。それまで【男性と付き合う】ということをしたことがなかった恵美は、今ひとつ相手との【距離感】というものがわからなかった。男性とお付き合いをするということに浮かれていて、後になって思えば、相手のわがままを受け入れすぎてしまっていた。そうしなければ、【彼が自分に愛想を尽かして離れしまうんじゃないか】という危機感が、恵美をそうさせた。それが悪かったのか、相手はわがまま放題になってしまい、手が付けられなくなってしまった。彼との付き合いが始まってから4ヶ月後に初体験をした。自分が思い描いていたようなロマンチックなものとはかけ離れていて、初体験は恵美にとって最悪だった。それまでの間に何度か誘われたり、強要されたこともあったが、何とか逃げてきた。結婚まで貞操を守る気はさらさらなかったが、それでも恵美にとってセックスをする相手は、心底好きな人だけと思っていた。彼と付き合ってはいたが、4ヶ月しか経ってなかったので、彼に対してまだそうゆう気持ちにはなってなかった。彼はなかなか色よい返事がもらえず、逃げ回る恵美に郷を煮やして、彼の部屋へ遊びに行ったときに無理やり襲われた。初体験の痛みもあったが、それよりも裏切られたという心の痛みで涙が止まらなかった。いつまでも泣き止まない恵美を見て、彼は言い訳を並べたて、いつもより優しく恵美に接してくれた。行為の最中には殺したいほど彼を憎んだが、いつもより優しい彼につい勘違いをして、彼のことを許してしまった。その後もズルズルと交際を続けたが、それまでと変わったことは逢ったときは、必ずセックスを求めてくることだった。セックスをする前は少し優しく接してくれるが、した後はいつものわがまま放題に戻った。初体験から2ヶ月ぐらい後に、ベッドの中で急に生理が始まってしまい、彼の欲求を拒絶した。彼は怒り狂ったようになり、恵美を罵倒した。そのときに体の関係が無ければ、彼との恋愛が成立しないことに気付かされた。次の日彼との別れを決め、恵美にとっての初めての恋愛は悪い印象で終わった。
それだけで終われば、【次はもっといい男性と付き合えば】と思えていたが、彼は恵美と別れた後、同級生達に恵美が処女だったこと、ベッドではこうだったとか、澄まして見えるけど実は淫乱だとか、頼めば誰でもOKとか、根も葉もない噂を恵美の周りに撒き散らした。おかげで学科内だけではなく、キャンパス中から好奇の目で見られるようになり、校内を歩いていると、あちこちから蔑まれ、冷やかされた。同級生の女友達は恵美のことをかばってくれたが、それ以外の、特に男性は全て敵に見えた。おかげで恵美は半分ノイローゼ気味になってしまい、キャンパスへ行く気は失せていた。しかし、両親に無理を言って大学へ行かせてもらった負い目から、ドロップアウトはできなかった。不幸中の幸いだったのは、もう間もなく4回生だったのであまり登校しなくて済むことだった。バイトも就職活動を口実に辞め、殆どアパートから外に出ない生活を続けた。その頃にはアパートで料理を作ることもなくなり、ガスコンロはお茶やカップラーメンのお湯を沸かすことが主な用途になっていた。就職を東京でするか、田舎へ帰るかは真剣に悩んだ。東京に住むこと自体が嫌いになったわけではなく、ただ【今のキャンパス】という環境がダメなだけだったので、就職して環境が変われば、自分も変われると思い、しばらくは田舎には帰らず東京で暮らすことにした。
就職活動は会社にも待遇にもそれほど固執しなかったので、想像していたよりあっさり決まった。就職活動で外に出ると、キャンパスの冷やかしではなく、声を掛けてくる男性がちらほら居た。田舎から出てきた当初は、いかにも田舎から出てきましたという外見だったが、化粧も覚え、ファッションにも気を使うようになったので、素養が良かっただけに何人かの男性から声を掛けられた。しかし、別れて以来まだ男性を信じる気にはなれず、全てその場で断わった。【男性と付き合いたい】という気持ちは持っていたが、まだ踏み切る勇気を持てなかった。強引に襲われたことが頭から離れず、全ての男性は身体が目当てのような気がしてしまっていた。恵美は就職が決まると、必要な単位を取る為以外は、またアパートに篭る生活に戻った。
卒業に必要な単位を取る為に無理して通ったので、恵美は無事に大学を卒業し、東京に本社のある大手の運送会社に就職した。彼女の美貌をかってか、新人研修が終わると本社の受付に配属された。彼女の噂は本社内だけでなく、支店や本社を訪れる他社の営業マン達の間でも評判になった。恵美が受付に座っていると、かわるがわる社内外の男性に声を掛けられることで、しばらくは我慢していたがいい加減うんざりして、上司に配置換えを申し出た。恵美の上司経由で申請を受け取った人事部長は、大した事はないと最初はタカをくくっていたが、求人の打合せにきた営業マン数人から、【受付の女の子を紹介して欲しい】とたて続けに言われ、恵美の配置換えを決めた。
恵美の新しい職場は営業部の営業三課だった。男ばかりで殺伐とした営業畑に、恵美は一輪の花という状態だったので、男性からは異動を歓迎された。営業三課は主に航空貨物を扱う部署で、営業マン達が受注してきた荷物の依頼を、自社のチャーター機にいかにうまく収めるかをコントロールすることが恵美の仕事だった。異動してきた当初は営業マンの怒鳴り声にびくびくしながら、慣れない事務仕事を先輩OLに教わりながらやっていたが、自分のコントロール次第で、1機のチャーター便が数百万の利益を生み、またうまくやらなければその逆に数百万の赤字にもなる仕事に、やりがいを感じていた。この部署では他社の人間が殆ど出入りせず、営業マン達も忙しすぎて恵美に粉を掛けている暇がなかったので、仕事に集中できる環境だった。配属されてから半年間は先輩OLと組んで仕事をこなしていたが、覚えが早かったので、その頃には先輩OLより仕事ができるようになっていた。他のOL達は5時を過ぎると帰り支度を始めるが、恵美は終電間際になろうとイヤな顔せずに、営業マンのバックアップをしていたことも仕事ができるようになった要因だった。恵美がこの部署に配属された経緯を噂で聞いていた営業マン達は、最初は腰掛けかと思って遠慮していたが、恵美の仕事振りを見ているうちに、次第に恵美を頼るようになっていった。三課の人間が全員帰った後、一人残って仕事をしている日も度々あった。
配属されてから2年もすると、会社で一番のドル箱路線だった太平洋便を任されるようになり、先輩OL達の妬みを買った。おかげで、厭味を言われたり、いやがらせに遭うこともしばしばあったが、恵美の担当する営業マン達がフォローに回ってくれ、仕事で彼女達を黙らせることができた。責任のある仕事を任されて、仕事ではとても充実した日々を送ることができた。帰りが深夜になっても、休日出勤になっても全然苦にならなかった。仕事が面白くて仕方なく、恋愛や結婚は考えてる暇がなかった。
それでも休日には、ふと【恋愛したい】と思うときがあった。平日の疲れからお昼前にやっと起き、平日の間に溜まっている洗濯や、部屋の片づけをしていると、いつも気付いたときには夕方近くになっていた。冬の陽が短いときには、すっかり辺りは暗くなっている。部屋着を着替えて、夕飯の買い物がてら、大学時代からずっと住んでいるアパートを出て、駒沢公園を散歩すると、家族連れやカップル達が眩しく思えた。(こんなんでいいのかなぁ)とコンビニで買ってきた弁当と缶ビールを手に下げ、一人で過ごす休日を寂しく思った。
そんな思いとは裏腹に、仕事の忙しさに忙殺されているうちにキャリアを重ね、入社7年で役職が付くようになった。同期の男性でも役職が付いてない人は半数以上いて、同期の女性ではトップだったので、早い出世だった。ただ、同期の女性で今も残っている女性は約半分しかいなくなっていて、その多くが寿退社だった。寿退社では後輩達にどんどん追い抜かれてしまっていた。29歳になった恵美にとって、仕事もそれなりに楽しかったが、忙しさにかまけて、自分のことをおろそかにしがちになっていることに気付いた。せっかくの美貌も入念に手入れをする時間がなく、化粧にもここ数年30分以上かけたことがない。家のことも必要最低限のことしか手に付かず、おかげでアパートは荒れ放題で、とても恋人ができても家に上げる気にはなれない状態だった。恵美の周りで同じようにキャリアを積んでいる友人はおらず、同期のOLも大学時代の友人も全て結婚してしまった。おかげで毎年必ず行っていた海外旅行も、同行してくれる友達がいなくなり、ここ2年は1人旅をするハメになった。もちろん、会社に自分より年上の独身OLがいないわけではなかったが、いずれも【お局様】と陰で言われる存在ばかりで、それに近付きつつある自分に不安を感じずにはいられなかった。今では営業三課の中で古参の部類に入るようになり、いつのまにか後輩の営業マンのお尻を叩くようになっていた。
恵美が配属されたときから営業三課にいる6つ年上のお局様は、つい最近結婚を諦めワンルームマンションを購入した。彼女を見て、【自分はそうならないように】と思いはするものの、ついつい仕事を優先してしまい、恋愛どころか出会いさえもなかった。後輩の営業マンの尻を叩く彼女の姿に、男性の方が萎縮してしまうのか、あれだけ美人で仕事もできるのだからきっと恋人がいるに違いないとか、勝手な勘違いをされて、29歳という年齢も手伝ってか、その頃には言い寄ってくる男性は、めっきりいなくなってしまっていた。海外旅行に一人で行くぐらいしか、どこかへ遊びに行くこともないし、会社の歓送迎会以外は忙しくて殆ど飲みに行くこともない。だから当然のように出会いもあり得なかった。結婚した友達が、いつまでも結婚どころか浮いた話もない恵美を心配し、男性を紹介してくれると言うが、それに乗る暇も気力もなかった。受付をしていた頃、毎日のように声を掛けられてたときは、言い寄ってこられることにうんざりしていたが、こう誰も声を掛けてこないと自分に魅力がなくなったのかと、不安になった。たまに声を掛けられたと思えば、終電で酔っ払いに絡まれるぐらいだった。正月に田舎へ帰ると、両親や姉、親戚が遭う度に口を揃えて【結婚は?】と訊いてくるのにも、いい加減うんざりしていた。今年の正月には、世話好きな親戚の叔母が、待ってましたとばかりに、見合い写真を山ほど抱えて持ってきた。断わるのも、見るのも面倒だったので、後で見るからと言ってその場は逃げ、実家の自分の部屋に放りっぱなしにしてきた。そうはいっても田舎には田舎のルールというものがある。仕方なく何人かとはお見合いというものをしたが、しっくりくる人はいなかった。
ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?