100年目の“超現実”YOASOBI 5th ANNIVERSARY DOME LIVE 2024 “超現実“2024.10.26@京セラドーム大阪
【会場入り ~1924から100年】
何をおいてもYOASOBI結成5周年と初のドームライブ開催を祝福したい。
今回のDOME LIVE 2024は “超現実“と銘打たれている。“超現実“の語は1924年、詩人アンドレ・ブルトンの「シュル・レアリスム(超現実主義)宣言」で生まれた。
たしか100年くらい前だったような⋯⋯と事前に調べた。まさかぴったり100年とは。これは偶然ではないだろう。洒落た仕掛けが心にくいと感心した。そんな「100年目」の2024年。指定された10月26日午前11時、京セラドームの通用口に着いた。――私が公式ライブレポーターを務める。まさに “超現実“としか思えない。震えに襲われた。
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レポーター選出の経緯はソニーの文芸サイトmonogatary.comに詳しい。お題「5年以上愛しているもの」に投稿した文章が選考対象となっていた。「5年愛しているYOASOBI」ではない。11年続けている句読点ウォッチングについて私は書いた。なかでYOASOBIの歌詞に打たれた読点を絡めた。選ばれる内容とは思っていない。連絡を受けて驚いた。特殊詐欺さえ疑った。
デビュー時から曲は聴いてきている。……それだけ。EP「THE BOOK」3作とTVで流れたいくつかの演奏映像以外のYOASOBIを知らない。それでレポーターとは……。
お叱りを受けそうだが辞退する選択肢はなかった。冥土の土産レベルの体験を手放す気にはなれない。
こなれたレポートは求められていないとリモート打ち合わせで確認できた。ほっとした。同時にいくらか開き直った。
ほぼEP音源でしかYOASOBIを知らない人間がいきなりドームライブに放りこまれる……。これはこれで読物として成立するかもしれない。まるでタイムスリップものか異世界転生もののような超現実的な物語として。
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控え室で屋代プロデューサー(以下、屋代P)と話す。
「 “超現実“という言葉が生まれて、今年でちょうど100年なんですね」
何気なく口にした。
「本当ですか?」
意外な言葉が返ってきた。
「ええ、そのはずです。1924年に――」
興味深げに屋代Pが聞く。
「はじめて知りました」
「え、じゃあ偶然なんですか?」
そんな偶然、あるだろうか。
近くのスタッフが声をあげた。
「(YOASOBI)持ってるー!」
【リハ ~聴いたことのない《夜に駆ける》】
入って15分、リハーサル開始に合わせて観客席へ。外野席センターの最前列に案内された。正面、ホーム付近にメインステージがある。そこからアリーナへ10mほどの花道がのびる。その先に正方形◇のセンターステージが設けられている。
アリーナライブまでなら他アーティストで経験はある。ドームでは野球観戦しかしたことがない。ぐるり三万五千人分の客席を見回す。ぽつんと自分一人。本当にいいのかと畏れおおい気持ちになる。
ステージでは仄雲さんがドラムに向かう。PAとのやりとりで一つ一つ音響を調整する。キック、スネア、シンバル……。無人のスタンドに音が響く。キックの生む地響きは靴底から伝わって内臓を震わす。
並行してステージ周りからレーザービームが四方八方へ放たれる。放射線、収束して単独線、時には面も作る。三原色の切り替え、組み合わせによる色のバリエーションを試していく。
ベース・やまもとひかるさん、ギター・AssHさん、キーボード・ミソハギザクロさんと調整は進む。全員OKとなったところでバンドメンバー4人による《夜に駆ける》の演奏がいきなり始まった。照明も本番と思われるパターンで合わせる。
「THE BOOK」と比べるために《夜に駆ける》を今回一番の目当てにしていた。YOASOBI結成当初、Ayaseさんは「数曲限り」と考えていたのだとか。バンド演奏やライブも想定していなかったらしい。デビュー曲《夜に駆ける》は間違いなくそこに当てはまる。
仮歌音源に合わせて途中まで演奏した。耳になじんだ《夜に駆ける》の音ではない。明らかに異なる。ゾクゾクしてきた。
4人はセンターステージへ移動する。数曲音合わせをしたところでikuraさんが現れた。ブルーのトラックスーツを着ている。すぐ後、Tシャツ姿のAyaseさんが加わる。
センターステージの中央にikuraさんが立つ。せりあがりを確かめる。縁からやや内側に一段、さらに内側からもう一段上がっていく。《群青》のリハへ。メインステージの巨大ビジョンにikuraさんの姿が映る。肉眼では遠くて見えなかった顔が大写しになる。
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各シチュエーションを想定した歌唱リハが12曲続いた。スタッフがたびたびikuraさんの喉を気づかう。リハでの気づきや感想は演出のネタバレを含む。ライブ本番のレポートと結びつけることにする。
お二人とバンドメンバーのリハーサルは終了した。Ayaseさんはなおも会場にとどまる。スタッフと相談しながら音響の微調整を念入りにおこなう。ようやく楽屋へ戻っていった。この時点でリハ開始から4時間を超えている。スタッフはなおも手順の確認に余念がない。おそらくギリギリまで続くのだろう。
【開演前 ~インタビューはなかったけれど】
いったん控え室へ戻る。予定していたインタビューの時間は取れなさそうだと屋代Pから伝えられる。諸々手間取っているという。リハからもうなずけた。初のドームライブ、その初日となれば無理もない。
落胆の反面、助かったという気にもなった。これでファンにズルいと恨まれる恐れが相当減ったのではないか。それに用意していた質問がとぼけている。たとえばAyaseさんにはQ「『THE BOOK』には歌詞に読点のある曲がたくさんあったのが、『THE BOOK 2』、『THE BOOK 3』と減っていく。その理由は?」ikuraさんにはQ「歌詞の読点を歌ううえで意識するか?」など。こんな質問をされてもお二人は困惑するだけだろう。答えを知りたい人が他にいるとも思えない。
屋代Pはうれしい話も持ってきてくれていた。
「さっそくAyaseに “超現実“という言葉が生まれてちょうど100年らしいと知らせたら、興奮してました」
気分が一気に上がる。
しばらく経って屋代Pは改めて立ち寄った。私を連れてAyaseさんのもとへ。思わぬ対面を果たした。
「 “超現実“から100年の……」
屋代Pの紹介にAyaseさんは「あー」とうなずく。「びっくりしました」と私に笑顔を見せた。
「それだけでも来た甲斐がありました」と応じて部屋を後にした。すでにインタビューのなくなった残念さは消えかけていた。
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開演が徐々に迫る。廊下からはタイムキーパーの張り上げる声が聞こえてくる。10分遅れで始まると決まった。
18:00――開演10分前。カメラマン安井さんの後について暗いステージ真裏へと向かう。まず携帯扇風機を手にしたAyaseさんが楽屋から。AssHさんが続く。2人で客席を映すモニターを覗く。他のメンバーも次々に。最後にikuraさんが入ってきた。衣装は6人そろえてはいない。しいてあげればニッカポッカ風のパンツが共通アイテムか。
写真撮影後、6人は円陣を組む。頭を突き合わせて順に呪文のように何事かつぶやく。Ayaseさんが最後に叫ぶ。
「いくぞYOASOBI!」
「yay!」メンバー同士ハイタッチする。
スタンバイ位置の異なるAyaseさん・ikuraさんとバンドメンバーはいったん別れる。ひかるさんが「じゃ、あとでね」と声をかける。
そこまで見届けて私は自分の座席へ。アリーナ席の横を抜けてリハとだいたい同じ位置に座った。観客は思ったよりも年齢層に幅がある。もちろん若者が主だが子ども連れも少なくない。年輩者の姿も見える。
【オープニング ~闇に潜む怪物】
客席に流れるBGMの変化に歓声が起こる。照明が落とされた。警告音と英語のアナウンスを交えたSEが不安をあおる。メインステージの巨大ビジョンに赤いデジタルカウンター「10」が記された。カウントダウンが始まる。観客が数を唱和する。「0」で衝撃音が。YOASOBIのロゴが浮かびあがる。そこへ裏から爪痕が上から下へと刻まれた。
機械的なアナウンス「チョウゲンジツノセカイヘヨウコソ」がくりかえされる。SEが音量を増す。横一文字に引かれた爪痕でビジョンが上下に割かれる。その隙間から巨大なギミック――怪物の両手が突き出た。スモークのなか上下に動く。ステージのバンドメンバーによる《セブンティーン》イントロが始まる。
割かれたビジョンの「上」をバックにAyaseさん・ikuraさんが登場した。
「YOASOBI 5th ANNIVERSARY DOME LIVE 2024 “超現実“へようこそ! 今夜最高の時間をお約束します。ぶちアゲていけますか? 大阪ー!」
ikuraさんがテンション高くあおる。観客の「オォー!」に合わせて音玉が打ち出される。歌を「オイ!オイ!」のかけ声があと押しする。
あおり、コール&レスポンス、さらにかけ声にとまどう。くりかえすが音源のYOASOBIしか私は知らない。観客との絡みすべてが現実ばなれして思える。ライブをともにしてきた観客にはとっくに現実になっていることがうかがえる。
バンドメンバーの演奏にも圧倒される。音源にある音は音のようだがケタ違いに強い。グンと前に出て迫ってくる。ビジョンの背後から怪物が突き出した手と重なる。イントロでもう心を鷲掴みにされた。「あの『手』は、つかみはオッケーの意味か」とおかしな感想を持った。
おかしな感想ついでに一つ。《セブンティーン》には終わり近く〈さよならを告げたセブンティーン〉のフレーズがある。聴くたび、ここへ差し掛かるとなぜかかつてのアイドルポップスが浮かぶ。歌詞やタイトルに年齢を入れた楽曲が多かったせいだろうか。「十七歳」という曲もたしかある。そこからikuraさんがこのフレーズで何かアイドルぽいポーズをとったら面白いなと興味があった。目を凝らすと背中を反らし気味にしながら左手を高く上げていた。なるほどなかなかの決めポーズだと勝手に納得した。
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たたみかけるように《祝福》。
「THE BOOK 3」の中で好きな曲1位2位といった2曲の連続に気分が高揚する。ビジョンではYOASOBIのロゴと爪痕から怪物の顔が時おり覗く。次第に姿が明らかになっていく。〈飛び出すんだ 飛び立つんだ〉で演奏のギアがさらに一段階上がる。フルスロットルに。ikuraさんがまたもあおる。
《怪物》。
ステージ前に大小の火柱があがる。ビジョンにはついに怪物の顔が完全に現れた。三つの目玉をギョロギョロさせて牙を剥く。その怪物を捕らえようとするかのようにレーザービームが投網のごとく客席に投げかけられる。Ayaseさんはシンセドラムに長めのスティックを叩きつける。「スティック」よりも「バチ」がふさわしい。巨きな和太鼓のような太い音が鳴る。音なのか、ただの振動なのか。とにかく仄雲さんのドラムと一体になってビリビリ響いてくる。
《UNDEAD》。
曲中、節目節目に可愛らしい〈UNDEAD!〉の声が挟まる。恐ろしげな怪物にユーモラスな一面があるように見えてくる。これが後半の演出につながっていく。
【前半戦 ~そこかしこに超現実】
暗転ののちAyaseさん・ikuraさんが下のステージに合流した。MCへ。Ayaseさんの第一声は、
「いやいや、圧巻すぎるだろうて、エグいって」
こんなくだけた口調で話すとは思っていなかった。音源オンリーの人間にはなんでもかんでも新鮮に映る。我ながらおかしい。
「超現実な体験をお届けしたいと思います」と告げて再び曲へ。その言葉どおりここから“超現実“な演出が続出することになる。
《ハルジオン》。
レーザーの嵐だった照明は白一色の点滅に。演奏もいったん落ち着く。女性メンバーのコーラスがしっかり聞き取れた。
《ミスター》。
ステージ右には1mくらいのミニチュアビル街が設けられている。移動 したikuraさんがビルの間に立って歌う。後ろの大ビジョンには同じくビル街の実写映像が。これら2つを重ねて小ビジョンに映す。ウルトラマンかゴジラのようにikuraさんが巨大化して見える。リハでikuraさんを撮るカメラアングルの修正をAyaseさんが求めた。ステージの床が入ると特撮効果が薄れる、と。本番では見事に改善されていた。
その立ち位置で《もう少しだけ》。
短い暗転後、大ビジョンには走る電車が。車窓から夕方の海が見える。ステージ左には自販機とベンチが置かれている。海を背景にAyaseさんがキーボードを弾く。ベンチに座るikuraさんが歌う。
《海のまにまに》。
大ビジョンの中では日が暮れる。自販機そばの街灯にあかりが点る。階段を数段上ったikuraさんが腰掛けて横顔を見せる。
《優しい彗星》。
大ビジョンは夜空に。時おり星が流れる。AssHさんの尾を引くギターソロが重なる。
4曲で朝から夜までたどったような感覚になる。この間、観客が手に持つ「フリフラ(FreFlow)」が重要な役目を果たした。ソニー開発の遠隔制御型LEDはペンライトの代わりになる。手の甲につけた丸いライトがプログラムに従って色や光り方を変える。《海のまにまに》ではフリフラの集合がはじめは夕日に照らされる波を思わせた。曲のおわりには同じフリフラが満天の星に見えてきた。続く《優しい彗星》への橋渡しとなった。
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YOASOBIのデビューから5年間をたどる編集映像が流れる。バックにはチックタックと時計の音。現在まできたところで一気に巻き戻っていく。時間が逆流して開始画面のそのまた向こうへ。夜の住宅街に一軒のコーポが建つ。その一部屋へズームインする。窓の向こうにAyaseさんらしき人影が見える。
センターステージ上に設けられた小部屋のセットに部屋着風衣装のAyaseさん ・ikura さんが。
《たぶん》。
「室内」を歩きながら情感いっぱいにikuraさんが歌う。演奏が音源に近いぶん、どこか淡々としたオリジナルとの違いをより感じる。
歌い終わったところでセットについてAyaseさんが解説した。YOASOBI結成前に住んでいた部屋を忠実に再現したのだという。当時、妹の住む2DKのDK部分に居候していたらしい。
こたつに入って5年間を振り返ってからふたたび曲へ。
同じく「THE BOOK」から《ハルカ》。続けてできたての新曲《new me》をフル披露して5年の時間を飛び越えてみせた。
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メインステージに照明が切り替わる。バンドメンバー4人のセッションが始まった。セッションのソロパートで紹介の映像が入る。
このセッションにはリハーサルでも強く惹きつけられた。 AyaseさんはYOASOBIを始めた当初、バンドでの演奏やライブは想定していなかったという。《夜に駆ける》時点、4人は存在しないことになる。
それがライブのサウンドを支えている。今や必要不可欠なピースとなっている。名前が出るごと起きる大歓声に自然と胸が熱くなった。
【後半戦 ~怪物とさえも楽しく】
「超現実スーパーリアリティークイズ」を司会のAyaseさんが盛りあげる。ここではフリフラが解答ボタンに用いられた。
後半戦突入を宣言してAyaseさんがあおる。メインステージの奈落からikuraさんがゆっくり上がってくる。シックな黒いミニドレス姿。頭に被った白いベールつきの市女笠?で顔を隠す。
《勇者》。
他のメンバーも黒のフォーマルな衣装で統一している。大ビジョンのモノトーン映像が真紅に変わったあたりから演奏が激しさを増す。
笠をとったikuraさんにスポットが。一転、静かにアカペラで歌い出す《あの夢をなぞって》。
《夜に駆ける》に続くYOASOBIの2曲目。インタビューがあればQ「初めてライブを意識して作った楽曲は?」とAyaseさんに尋ねるつもりでいた。この曲を発表した時にはもうライブが頭にあったのでは? そう思わせるくらいライブ映えしていた。
アウトロからそのまま《三原色》のイントロへ。
Ayaseさんがあおる。「やることはわかってるよな?」
観客がタオルを握って沸く。
フリフラで客席は三原色に塗り分けられる。リズム隊がひっぱる形に。例の「バチ」を握ったAyaseさんがシンセドラムを打ち鳴らす。「オ、オ、オオオ」のリズムで太い音がひたすらループする。三万五千人が操られるようにタオルを回す。Ayaseさんが「バチ」を手にしたらご注意を、ということか。
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ひと息ついたところでAyaseさんが客席に語りかける。
――「夜に駆ける」でヒットを掴んだ。生活が一変した。そこにコロナ禍が襲った。コロナの流行に自分たちの流行がシンクロするように感じた。コロナの忌まわしい記憶とともにYOASOBIも葬られてしまうのではないか、と。オープニングのモンスターは恐れの象徴でもある。そんななかライブを積み重ねてきた。観客から自信とエネルギーを得た。恐れさえも楽しめる気持ちになれた。改めて感謝したい。
「そうした思いをこめて作った曲を……」
《モノトーン》。
〈ずっと僕は、僕らは……〉
歌い終えて今度はikuraさんが語る。
――不器用な自分は一度にたくさんのものを持てない。何かを手に入れる代わりに何かを手放さなければならない葛藤が多かった。振り返って選択が正しかったか迷うことも。肯定できる自分でいたいと努力してきた。ライブが後押ししてすばらしい景色を見せてくれた。
「みがいてみがいてきたものをこめて……」
《アンコール》。
〈明日世界が終わるって……〉
スポットライトのなかでikuraさんが身をよじるように声をふりしぼる。その仕草、息づかい、表情、いずれも音源にはないライブだけのものだと実感した。さらに一曲一曲の最後にそっと添えられる「ありがとぉ」も。
《HEART BEAT》を観客とともに歌って暗転。
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大ビジョンに例の「怪物」が再び現れた。背後で色とりどりの風船が空へとのぼる。その一つにつかまって「怪物」も画面上部へとハケた。マーチのリズムが続く。
同時にドーム内の空中に大きなバルーンが5つ出てきた。うち2つは怪物の頭になっている。しかも下にゴンドラがさがる。気づいた観客が指差す。ピンクの気球にはikuraさんが、ブルーの気球にはAyaseさんが乗っている。ざわめきが起きる。
《ラブレター》。
《アドベンチャー》。
シーケンサーの演奏で歌う。ikuraさんの声は楽しげで時には「フフフ」と笑い声も漏れる。ゴープロを客席に向けるAyaseさんも笑顔が絶えない。
Ayaseさんが恐れの象徴だとした「怪物」。その「怪物」とさえ、今YOASOBIは楽しく関われている。喜びにあふれる二人の姿に拍手を送った。
気球はスタッフがロープを引いて操作する。リハでは人を乗せずに動かしていた。その時はフラフラして何やら危なっかしかった。おそらくゴンドラにYOASOBIが乗るのだろうけど大丈夫かなと心配になった。
人が乗るとおもりになるのか本番は不思議と安定していた。黒子であるスタッフも存在を感じさせない。さすがと言うほかない。
アリーナのフェンス沿いにバンドメンバーの乗ったカートが通る。見ると屋代Pが運転している。ノリノリのメンバーがバズーカから客席に何やら発射する。
まるでテーマパーク。ああ、ここはUSJのお膝元だったとひとりうなずく。
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空の旅からセンターステージに戻ったikuraさんが「超現実スペシャルダンサーズ」を呼びこんだ。白い衣装のキッズがせりあがりを囲む。
《ツバメ》。
決めのツバメポーズをひかるさんも一緒にとっていた。
「ラストスパート」とAyaseさんがあおる。
「最高の夜をさらに最高なものに 完璧で究極の夜に!」
次の曲が何か、誰もがわかる。大歓声にインタールードが続く。ikuraさんがせりあがりからさらにせりあがる。
《アイドル》。
レーザービーム、フリフラとともに熱狂が渦巻く。ザクロさんが髪を振り乱してプレイ。Ayaseさんは「バチ」を激しく振るう。「オイ!オイ!」が最高潮まで引き上げられていく。
ikuraさんはインタビューで自身をよく「フロントマン」と表現する。この時ばかりは「センター」がふさわしい。「オイ!オイ!」は原作を離れて「ikuraというアイドル」へ向けられている。
息を切らしながらikuraさんが呼びかける。
「次が最後の曲になります。全員で大合唱したいと思います」
《群青》。
〈嗚呼、いつもの様に……〉
泣きのギターが被さる。
一度目の合唱をikuraさんが「叫べー!」とあおる。
〈知らず知らず隠してた……〉
三万五千人のユニゾンがドームに響く。
ikuraさんはステージをおりてアリーナへ。歩きながら歌う。当然ながら荒い息づかいが漏れる。懸命に歌い続ける。自分を鼓舞するように叫ぶ。
「あとは楽しむだけだーっ!」
〈ありのままの、かけがえのない〉「みんなだーっ!」
応えて大合唱が起きる。紙吹雪の舞うなかikuraさんはステージへ駆けもどる。
「ありがとぉ〜!」
拍手が止まない。
「ありがとうございました。YOASOBIでしたっ!」
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オーロラのような照明が客席に投げかけられる。アンコールの声が続く。
約6分後。ステージに戻ったikuraさんにスポットライトがあたる。衣装はピンクのTシャツに変わった。エレキギターをさげていることに今日一のどよめきが起きた。リハでは楽屋でギターを練習後アンコールに臨むと打ち合わせがなされていた。
弦をかき鳴らして歌いはじめる。
〈無邪気に思い描いた……〉
《舞台に立って》。
メンバーが加わる。飾り気のないロックバンドといった演奏スタイルがとられている。
音源ではYOASOBIには珍しいと感じたサウンドがここではしっくりくる。きっとライブのなせる技だろう。ikuraさんはAssHさん、次にひかるさんと、身体を寄せて演奏する。6人みな楽しくて仕方がない表情をしている。
改めてバンドメンバーが紹介される。ライブの楽しさを口々に。ザクロさんは「一生の思い出になった」と涙をこぼした。AssHさんが「YOASOBIが大好き、支えてくれるみんなが大好きです」とまとめた。
最後は最大の音玉とともに《夜に駆ける》。
リハーサルですでに迫力を感じたが熱量が格段に違う。改めて思う。やはりこんな《夜に駆ける》は「THE BOOK」にない。
【公演後 ~「THE BOOK」=「本」を超えて】
ライブは終わった。余韻に浸りつつ控え室へ戻った。
「(二人は)挨拶回りやメディア対応が続くみたいで」と安井カメラマンから。
あれ? ということは対面の時間をとる予定があるのかな。
半分以上諦めていた。期待が新たに膨らむ。帰れと言われないのだからこのまま待っていていいのだろう。
待ちながらとりとめもなく考えた。
「THE BOOK」3作を私はいつもひとりイヤホンで聴く。そのたび文庫本を読むような気分になっていた。特に「THE BOOK」でそれが強い。ikuraさん自身、初期のインタビューでは「(歌い方の)クセを抑える」「小説を読むように歌う」と答えている。抑制の効いた感じが「本」のページを思わせるのだろう。
三万五千人と共有した今日のライブにそんな抑制は感じなかった。YOASOBIは自分を最大限表現し切っていた。
楽曲の元となる小説にMCでYOASOBIが言い及ぶこともなかった。代わりに曲に託した自分(たち)の思い、自分(たち)の物語について語った。
たしかに原作(小説)からインスピレーションは得る。それはそれとして生まれた音楽は自分たちのもの。小説(原作)に縛られはしない。……ライブを積み重ねてYOASOBIに自我が芽生えている。そう感じた。
ikuraさんは《祝福》のフレーズ〈定められたフィクションから今 飛び出すんだ 飛び立つんだ〉が好きだという。決意を込めて歌うという。込められるのはYOASOBIとしての決意なのではないか。
フラットなセンターステージからせりあがりが一段、さらにもう一段。その上に立つikuraさん。気球で空中に上ったYOASOBI。それらが浮かんできた。……まるで「飛び出す絵本」。もうただの「本」にYOASOBIは収まらなくなっているのかもしれない。
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ライブ終了から約2時間後、YOASOBIと控え室の廊下で対面させてもらえた。お二人ともアンコールの衣装のままニコニコしている。ずっと分刻みのスケジュールに追われていたのだろう。まちがいなく疲れているはずなのに微塵も感じさせない。
ライブのお礼に続いてこれだけを伝えた。声がうわずるのが自分でわかる。
「YOASOBIには『THE BOOK』、本のイメージがありましたが、今日は『飛び出す絵本』といった感じでした」
ここが初対面のikuraさんは愉快そうに笑い声をあげた。
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“超現実”は目の前に現れた瞬間から“現実”になる。新たな“超現実”、さらなる高みへと駆けるYOASOBIに、目一杯の祝福を。
(文:那智石勘太 / 写真:Shinsuke Yasui)