mother tree
遠いむかし
豊な水と緑に満たされた
美しい大陸がありました
そこでは
草木も動物も虫も人も
同じことばをはなし
同じ世界を構成している仲間として
それぞれのいのちを活かしあい
支え合いいたわりあい
幸せに暮らしていました
大陸のおさめる長たちは
そこにくらすいのちあるものたちを
心根から大切にし
小さなものから大きなものまで
沸き上がる声をつぶさに受け止め
慈しみ
導いておりましたので
大陸に暮らすものたちは
長たちを慕い信頼し
使えておりました
ある時
海を超えてやってきた風が
海を越えた先にある別の大陸の様子を伝えてきました
自分達とは異なる
暮らしぶりや考えをもつ
違う世界があることを知った
大陸をおさめる長たちのなかに
調和に満ちた世界のバランスが崩れていくのではないかという
恐れが芽生えはじめました
それまでの
伝統、守り次いできた叡知を
繋いでいかなければならないという思いに駆られた長たちは
大陸のあちらこちらから集まると
どうすべきかと
話し合いをもつことにしました
七つの日の出を数えての
話し合いの末
一人の女神が立ち上がり
両手を広げ言いました
「外からの風にまどわされることないよう
大陸をぐるりと囲む
光の柱を立てることにしましょう」
そして
大陸にくらすものたちに
問いをむけました
「光の柱となり この大陸の平和を守り後々の代へと繋いでいく役をするものはあるか」
女神の呼び掛けは
大地に海にこだまし
それにこたえたものたちが
そこかしこから姿をあらわしました
「あなた様の呼び掛けとあらば
私たちが喜んで 光の柱となりましょう」
そうして
大陸をぐるりと囲む選ばれし場所に
光のみ柱がおさめられていったのでした
しかし
風が届かなくなることは
淀みを生んでいくこととなりました
長たちの不安は
大陸で守り伝えてきたものを守りたいという
ひとつの思いが
その知恵や思いを刻印していこうとする衝動を生み
いつしか
いまここに生きるいのちの声よりも
かつて生きていたものたちの声かたちに
とらわれるようになってしまったのです
風にのり
大陸のなかを巡り潤していた
瑞々しい空気や思いや動きが淀み
そこに暮らすものたちのなかに
これでいいのか
という息苦しさが
沸き上がった
そのとき
大地が大きく震えました
長たちは悟りました
ずっと受け継がれてきたかたちを
かたくなに繋いでいく手を広げ
新しく届く風を受けとめることを忘れるた時
終わりがくることを
ひとつの星のなかにくらす
異なるものたちが
ふれあい 対話を重ねるなかで芽吹きはじめる
互いを大切に思いやる 調和の道は
優れた指導者により導かれる
ただひとつのものではなく
そこにいるひとりひとりにの内から
照らしあうことで
喜びとともに自在に花開いていくものだと
長たちは
淀んでしまった大陸に風を送るべく
光のみ柱を取り壊すことにしました
み柱を立てた女神は
取り壊そうとする長たちの前に立ちはだかり声をあげました
「このみ柱は かつてはこの大陸で共に生きてきた大切なものたち 取り壊すのではなくもとの姿にかえすのです」
しかし
一度み柱となってしまったものたちを
もとの有り様戻すには
もう一度新しいいのちとして生まれ直すまで待たなくてはならないのです
そこまで待つうちに
大陸は揺れのなかで
海に沈んでゆくでしょう
そう
もはや
沈んでゆくことを
変えることはできない
できることは
ひとりでも多くのいのちあるものたちを
安全な土地に送り届け
この大陸に刻印された
知恵と願いを
時がくるまで
封印すること
その時を少しでも長らえるよう長たちは女神を差し押さえ
涙をのんで
光のみ柱を取り壊しはじめます
女神の泣き叫ぶ声が
大地に空にこだまします
己れの決断は
より大きな淀みをうむことになった
それどころか
慕い信じてみ柱となったものたちはいま
打ち砕かれようとしている
調和に満ちた愛しい大陸は沈み
多くのいのちが消えてゆこうとしている
「こんなはずではなかった」
女神は
粉々に砕けながら
海の波をうける砂となり
しゅうしゅうと歌う
愛しい大切なものたちの
その一粒一粒を拾い上げ
胸に書き抱き
おおー
おおーと
泣き続けるのでした
そうするうちにその一粒一粒は
ひとつの種となり
女神の腕のなかで眠りについたのでした
しかし
最後のみ柱が崩れおちるその前に
大陸は大きく大きく揺れ動き
静かに沈みはじめます
女神は
すっくと立ち上がると
種を天高くかかげました
すると
種は瞬く間に芽吹き 葉を広げ
花をさかせ実を結ぶと
パーン
とはじけ
空いっぱいに種を撒き散らしました
女神はそそっと息を吹き掛けると風を呼び
大地へ海へ空へと種が運ばれてゆくさまを
じっと見届けておりました
そして
最後の一粒が彼方へととけてゆくのをみとどけると
足をその大地に深く深く潜りこませ
からだをミシミシと太らせ
腕や髪を風をうける枝葉に変え
いつしか
一本の大きな木となり
沈みゆく大陸を底から引き上げてゆきました
長たちが
いのちあるものたちを率いり
それぞれの望む新しい地へと旅立つことができるよう
旅立つものたちを最後までみまもり祝福を届けられるよう
けれど
大樹となった
女神のあしもとから
なんとしても離れないものたちもおりました
それらは
じわりじわりと沈んでいく大陸に残り
旅立ちに間に合わず
おそれ渦巻くものたちや
動くことのできないものたちに
そっとよりそいました
ピンとはり摘めた空気を和らげるために
歌い舞いながら
大樹のまわりをまわるものたちもおりました
大丈夫
また会えるよ
いのちはめぐる
そして
大きな波がゆっくりと
大樹をのみこむその時
大樹の枝に抱き抱えられたものたちは
その隙間を舞い泳ぐ生き物となり
海の底へと姿を消していきました
ゆっくりゆっくりと
海の底へ沈んでいった大樹は
その根をどこまでものばす
珊瑚の林に溶け込むと
しずかに
眠りについたのでした
小さなあぶくが
ひとつ
またひとつ
海の底から立ち上ぼり
空に溶けてゆきます
めぐるめぐる、年月経てもなお
消えることのない灯火を抱き
何度でも
会いに来ることを
約束して
夜明けの光のなか
そこかしこから
種が芽吹きはじめる
その時まで