カタチのおはなし
─カタチ。見たり触れたりしてとらえることができる、物の姿・格好。物体の外形。
きょうのお話は、見えるカタチが無い男の子と、カタチを探す女の子の不思議な物語です。
ふたりは運命の恋人同士です。だから簡単に出会うことができました。
どんな風に出会ったのでしょう?
それはこんな風に彼の歌声を辿って、彼女はこっそり家を出ました。
→Over the moon
辿り着いたのは、月の青白い光が照らす公園です。
広場の真ん中にある街灯が、彼の影を長く伸ばして映し出していました。
さて、辿り着くのはとても簡単です。しかし、辿り着いてからがとても大変でした。
何故なら、男の子にはカタチが無かったのです。さて、それはどういうことでしょうか。
「ねぇ、わたし、遠く遠くの北の町からあなたの声を頼りにやってきたの。毎晩毎晩とってもすて きな歌声なんですもの。今も、この公園にいるんでしょう、街灯に照らされて、長い影が伸びてい るわ。ほら、恥ずかしがらないで姿を見せてちょうだいよ。」
長い影に向かって女の子は声をかけます。すると、男の子は悲しそうに答えました。
「ぼくは今もここにいるよ、でも、君にも見えないだろう。みんなはぼくを幽霊少年と笑うんだ。
影も声もあるのに、生まれた時からカタチだけが無いんだ。」
→雨の町、幽霊少年
女の子はびっくりしました。透明な人間になんて出会った事がなかったからです。
幽霊ではないのに透明で、長い影も美しい声もあるのにカタチだけがないだなんて...。
と、最初は思ったのですが、
しかし、そんなことは、運命の恋人であるふたりからすれば、大したことなんてなかったのです。
「まぁいいわ。カタチなんて、格好だけのはなしよ。あなたの心も、その素敵な声も、ここにちゃんと在 るわね。そしたら一緒に歌をうたったり、おしゃべりはできるんじゃないかしら。」
女の子の提案に、ホッとした声で男の子は答えました。
「そうだね、君がカタチを気にしないのなら、それはいいかもしれないね。」
「じゃあ、この夜が明けるまで、わたしはここに居ることにするわ。朝起きてベッドにいないと、ママに 怒られちゃうから...。それまで、一緒におしゃべりしましょうよ。」
そうしてふたりは、あれはどう、これはこう、そうじゃない、そうかしら?...いろんなお話を始めました。
→アーモンド
ぽた、ぽた...、ぴちゃん! 雨が鼻先に当たって、女の子は目を覚ましました。たくさんお話をしている間に、いつの間にか眠ってしまっ たようです。雨の音も相まってか、声も聞こえません。彼はまだここにいるのでしょうか?
「ねぇ、あなた、まだここに居るの?」 焦って聞くと、「もちろん居るよ」と後ろから声がしました。
「よかった。」 女の子が振り返ると、彼は、確かにそこにいます。目に見えてわかるのです。
「...あなた、カタチがあるわよ!確かに透明だけれど、身体に雨が飛び跳ねて、カタチがはっきりと見える
わ。ほんとうにそこに居るのね!」
ふたりはたいそう喜んで、ずっと雨がいいのにねと話しました。愛おしい人のカタチが見えるだなんて、
なんと嬉しいことでしょう。
しかし、雨が弱まるにつれて、女の子は不安になってきました。
「わたし、ほんとうはいつでも一緒に居たいわ。あなたの声はとても美しくて目立つから、目をつぶっても
見えているようだけれど、でも、何かで耳が聞こえなくなったら、そして、雨が止んでしまったら、見え なくなってしまって、明日も見つけられるか、...不安だわ。」 言葉通り、通り雨が止むと、男の子の姿はパッと消えてしまいました。
→はるのこと
朝が近づき街灯が消え、雨も上がり、男の子のカタチはぼやっと曖昧な影の形でしかわからなくなってい
ました。しかし、そのぼやっとした影の方向から振り絞った声が聞こえてきました。
「君はさっき、“カタチなんて、格好だけのはなし” だと言ってくれたじゃないか。ぼくは確かに毎日ここ にいて歌をうたってるんだ。雨がないとわからないなんて、あんまりだ!」 今までよりも大きな男の子の声に、女の子は酷く後悔をしました。 そうだ、今は雨のお陰で偶然カタチが見えたんだ。声も心も含めて、彼はここに居るというのに、「雨が降っ ていないと見つけられない」なんて。なんて心無いことを言ってしまったんだ。
「ごめんなさい。あなたのカタチが見えてあまりにも嬉しかったの。こんなところに頭があって、こんな ところに腕があって、透明で目には見えないけれどカクジツに “あなたがいること” がわかってつい...。 でも、きっと大丈夫、また見つけられるわ。」 そう女の子が謝ると、男の子は深くため息をついてから言いました。
「もうすぐ夜が明けるよ、すると君は帰ってしまう。僕は、きっと明日も見つけてほしいんだ。不安になっ たら雨になるように願うよ、そして詩にして待ってる。
今夜は、まるで、夢のような夜だったから。」 夢にまで見た世界のようだ。女の子には、そう言った彼が少し微笑んだように感じられました。
→描きかけの世界
さっき男の子が言ったように、もう空の尻尾は白んできていました。女の子はママに見つからない間にベッ
ドに帰らなければなりません。 「ほんとうね、もう夜明けが来てしまったわ、かなしいけれど帰らないと。」
いざ帰るとなると、男の子も女の子もとても名残惜しくなり、うまく足を進められないでいました。
「でも、仕方ないよ。君は怒られないうちに早くお帰り。そして、また明日この公園まで僕を見つけに来て おくれ。僕は雨を願いながら、明日も歌をうたっているよ。」 男の子がそう言うと女の子はやっと一歩歩いて、振り返りました。
「必ず、明日も来るわ。声が聴こえればすぐにあなたを見つけ出せる!だって、わたしたち、きっと運命の 恋人同士ですもの。」
また明日ね、と手を振って歩きだした女の子の背中を見て、男の子はたいそう恋しくなりました。
そして、我慢できずに走って、彼女の小さな右手を掴みました。...いえ、掴めませんでした。なぜか、触れ
られずにスカッと通り過ぎたのです。不思議に思って、もう一度手を握ろうとしても、肩を叩いても、なぜ
か彼女に触れることはできませんでした。
─カタチ。“見たり” “触れたり” してとらえることができる、物の姿・格好。物体の外形。 きょうのお話は、見えるカタチが無い男の子と、触れるカタチが無い女の子の不思議な物語です。 カタチがなくったって、ふたりだからお互いがわかる。わからなかったことは、明日会えた時に聞いてみれ ばいいのです。大丈夫、ふたりは運命の恋人同士なのですから。
→ブルームーン
2021.7.4(日)
よあけのばん×コノハコトノハ split album
「ツクルヒトタチノカタチ」発売記念公演
出演
コノハコトノハ
よあけのばん
展示
中島尚志
会場
新大阪SlowBird