見出し画像

宝物の樹 / 【(わたしが大切なソレの全てを埋めた)樹】(音源のみ有料)

演目【(わたしが大切なソレの全てを埋めた)樹】

この物語は、わたしの中の“僕”、彼の友人のN、朽ち果てた夢、祖父母、幽霊の少年、夕暮れの少女、かつての我々の全てへ贈る文芸による追悼です。

→おやすみなさい。

(「おやすみなさい。」これは眠りにつかせるための言葉です。
失ったものを安心させてやる、そして自らまでもが安堵を抱くための呪文なのです。)

あなたは自らの大切なものを思い出せますか。
それは温かく、息をしていましたか。それとも温度は無く、息をする機能を持たないものでしたか。
空想のものですか。実態がありますか。
隣に在りますか。遠くに置いてきましたか。

お手元に在るとしたら、いつかの未来を想ってください。もうお手元から離れているものなら、少し掘り起こして回想してみましょう。

今のこの行いは、今日の脚本『樹』の本編へ迫る大切な行為です。
安心してください。あなたの大切なソレが何であろうと、我々は受け入れ、慈愛の心を持ちます。
思い返す・考える… あなたの大切なソレは一体何でしたか?

→おとぎの宇宙

では、あなたにとっての“ソレ”が何だったのか思い出した所で次のお話へと移ります。

我々は演目である“樹”に「わたしが大切なソレの全てを埋めた」と注釈を付けました。
そう、今回重要な点のひとつが“埋める”という行為です。

まず説明しておきたいのは、今回の演目において「わたしが大切なソレの…」といった題名をつけましたが、この『わたし』。それはこの“わたくし”ではなく、あなた方だということです。あなた方の一人称としての『わたし』、いわば『あなたが大切なソレの全てを埋めた』といって相違がないわけです。いいですね。

では、まずはこう考えてみます。
『わたし』はソレを盗られたくない。見られたくない。狂おしいほど愛おしく思い、埋めた、と。

→はるのこと

誰かに盗られてしまう不安で埋めたと考えることもひとつでしょう。

もう少し穏やかな内容で考えて見ると…そうですね。“タイムカプセル”なんかがわかりやすいのではないでしょうか。

移動性動物のラリララは死を迎えると自らの身体に花を咲かせるといいます。
死だけが全ての終わりではありませんが、花を咲かせることをひとつの節目と考えた時、種を埋めることは花を咲かせる為にとても重要だと言えます。

花を咲かせるまでの日々の種をいつくしみ“タイムカプセル”のように埋める。思い返してみれば、愛おしい日々の数々でしょうね。

→アーモンド

美しい思い出の種はきっと大輪の花を咲かせるでしょう。

さて、これは知人の話ですが、かつて自らを雨男だと錯覚していた青年が居ました。さらに彼は自信のない自分を幽霊だと信じ込み、「雨の町に住む幽霊の僕はこの町から出ることはできないだろう」と思い込みの世界を作ったのです。
記憶の力は偉大ですね。彼はあっという間に現世に帰ってこられなくなりました。

それでも彼は恋に落ちます。恋の相手は太陽のような少女でした。
そして雨雲を樹の下へ埋めてしまいます。
「もう雨は降らせまい。太陽のような彼女を守る為に」と…。

これは決別としての“埋める”行為ですね。勿論、もう雨が降ることはありません。

→雨上がり

『隠す』『葬る』『保存する』『決別する』…
埋める理由は十人十色で、どれもが正しい行いだといえるでしょう。"樹の下に埋める”のは物理的な行為ですが、記憶の奥底へ閉まってしまうという風に捉えることができれば、わかりやすいでしょうか。

ここまであなた方を導いた所で、一度、過去に埋めた大切なソレを掘り起こしてみましょう。

埋めた当時のあなたと、今のあなた。そして“ソレ”とあなたの関係性。
苦しく涙した記憶であっても、幸せに頬を緩めた記憶であっても、あなたとソレは固く結ばれています。
今のあなたを創る“ソレ”と今向き合えば、もう泣くことはないでしょう。
掘り起こしたタイムカプセルをしっかりと腕に抱いて、かつての手紙を読んだら微笑んであげてください。

→泣き虫ウェザー

かつての涙も、かつての幸せも、かつての恥も、かつての嘘も…。かつての自分の全てを“ソレ”は覚えています。ソレは何も語りかけませんが、かつてあなたが大切にしたように、次は今のあなたを肯定してくれているのです。

こうして思い出す…いえ、掘り起こすことは、一人では難しかったでしょう。おそろしく思い、遠ざけていた方もいたかもしれません。

しかし、今の自分を救う何かが“ソレ”にあるのです。だから、この折に掘り起こしました。
ソレの名前を思い出せますか?ソレと共に過ごした時の香りや景色は?
今でなくてもいつか思い出すことができるまで、また埋めてもいいのですが、ただ、今は少しだけ。少しだけ想いを馳せてみましょう。

→ブルームーン

樹の下に掘られた大きな穴は、あまりにも不自然です。こうして掘り起こして想いを馳せたら、また埋めておきましょう。
始めに説明したように、各々の理由で埋め戻してください。

ここで敢えて訊きますが、あなたのソレ…大切な“ソレ”は一体何でしたか?
大切な人との日々、子どもの頃の夢や希望、安心や嘘、様々な思い出…。

我々は過去に創った自らの世界を樹の下に埋葬し、今こうして“よあけのばん”を始めました。そして次に埋めるのは、きっと互いのことでしょう。
あなた方も、きっとこれからまた沢山の“ソレ”に出逢います。生きてゆく度に幾つも穴を掘り、大切なソレらを埋めてゆくのでしょう。

その行為に善悪はありません。誰もあなたを否定しません。
安心してください、あなたは必ず正しいのです。樹も、その下のソレらも、あなたをずっと見守っているのです。

では、この樹を「宝物の樹」と名付けて、今日のお話を終わることにしましょう。

→メリーゴーランド

以下、有料コンテンツとして公演当日に配布された『泣き虫ウェザー』の音源が聞けるようになっています。よかったら聴いてみてください。

ここから先は

0字

¥ 300

よあけのばんは、大阪で世にも小さな音楽劇団として活動しています。どこかで公演を見ていただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします。