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小瓶を売る女

アーカイブ動画
https://twitcasting.tv/catooobar/movie/653795299

(1時間04分ごろからよあけのばんの公演がはじまります。)

演目【小瓶を売る女】

あるところに老夫婦が暮らしていました。
いつもふたりで仲睦まじく過ごしていましたが、時間の経過には勝てず、少しずつ少しずつ、おばあさんの様子が変わってゆきました。
最初は小さな物事の物忘れ程度でしたが、次第にそれは酷くなり、いつしか手に持ったものがなんなのかすらわからなくなりました。
おじいさんはちぐはぐなおばあさんの会話に毎日毎日優しく付き合っていましたが、ついにおばあさんの一言で限界が訪れます。
「あなたは、誰かしら?」
哀しくなったおじいさんは棚の奥から小瓶を取り出し、中に入った液体をおばあさんと半分こにして一気に飲み干しました。
そして、仲の良かった老夫婦は同じ時刻に永い永い眠りにつきました。

→アーモンド


さて、今日の物語の主人公は死んでしまった彼らではありません。この老夫婦の孫にあたる少年です。

少年は、老夫婦の死をいちばん初めに見つけました。
ふたりで同じような格好で倒れているのを見てたいそう哀しみましたが、おじいさんが小瓶を持っているのに気づき、ことの成り行きがわかりました。
「これは…きっと2人で毒を飲んだに違いないぞ。でも、毒っていうのは売ってはいけないものだ。きっと悪い薬売りが売っているに違いない。」
おじいさんの手から綺麗な小瓶を持ち上げて、よくよく観察してみると、小瓶の底に『MADE IN RAIN TOWN』と文字が掘ってあります。

少年の住む町から少しの間電車に乗ると、『雨の町』という町があります。そこは、町中がぼろぼろで幽霊が出たり怖い人がいたり、行ってはいけない場所だと教わっていました。
『おじいさんとおばあさんを殺した悪い薬売りはこの雨の町にいるに違いない』
悔しくなってきた少年は途端に家を飛び出し、雨の町に向かう電車に飛び乗りました。

→各駅停車で会いましょう


到着のアナウンスが響き、少年は初めて雨の町に降り立ちました。この小瓶が無ければ、こんな怖いところには一生来なかったでしょう。
壊れた建物や、砂漠のように朽ちた植物、降り続ける雨…。町中を行き来する人々はみんな悪い顔をしているように見えます。
しかし、大好きだったおじいさんとおばあさんがこの町のこの小瓶が原因で死んでしまったと考えると、居ても立っても居られません。弱弱しくみられないようにしゃんと背筋を伸ばして歩きます。
土砂降りの雨に打たれながら薬売りを探していると、路地の奥の建物の軒下でキラキラと光るガラスの小瓶を並べた怪しい女を見かけました。

→8月32日


そのいちばん最後に並んだ男に、少年は話しかけてみることにしました。
「お兄さん、ここにいる怪しい女の売っている瓶…中身をご存知ですか?」
すると男は嬉々として答えました。
「おお、もちろんさ!君は初めてかい?僕は二回目なんだ。」
余りにも嬉しそうな顔に眉をひそめて、更に少年は話を聞きます。すると、男は自慢げに話し始めました。
一度目は叶わぬ身分の恋を叶えるため、瓶の中身を惚れ薬として使ったこと。そして、二度目の今回はその恋人の難病を治すための薬に使うこと…。
「本当にありがたいよな。ここの小瓶は万能薬さ!」
なにやらおかしいぞ。そう少年が感じたころ、列は進み、男の番が回ってきました。
「だからもう一度、魔法の小瓶を手に入れてくるよ。それではお先に。」
なんにも言葉が出ない少年を尻目に、男は女に話しかけました。

→Magic


鼻歌交じりに会釈をして、女から小瓶を買った男は目の前を横切ってゆきました。

ついに少年の番が回ってきて、女の元へ足を進めます。お待ちどおさまでしたと顔を上げた女に、思い切って声を掛けました。
「あの、あなた、毒を売っていますね。」
女は何を…と言いかけましたが、その声も遮って続けざまに少年は責め立てます。
「あなたのせいでおじいさんとおばあさんが死んだんだ。この小瓶を持って、ふたりは倒れていた。僕が発見したんだから間違いない。ほらここに証拠もある。ここに並んでる小瓶と全く同じ小瓶がこれだ!」
小瓶を差し出すと、女は眉を下げて本当ねと言いました。
「しかも話を聞くとどうやら人によっては良い薬を売っているようじゃないか。何故ぼくのおじいさんには毒を売ったんだ!」
怒鳴りつける少年に女は観念したように口を開きました。
「あのね、坊や。その中身はね、あそこの井戸にある水なのよ。
その中身はただの水。そしてわたしはただのガラス売りよ。
でも、ちょっと違うのは、お客さまが本当に買っているものなの。それはね、みぃんなが欲しいものなの。だからみんなわたしに頼みに来るのよ。魔法使いだと勘違いしてね。」
人ってね、思うことで強くなるのよ。女はそう言いました。
まだ頭が追い付かない少年は、ただただ見つめるしかありませんでした。

→変光星


「じゃあ、結局あなたは何を売っているっていうんだ。」
訳の分からなくなった少年は女の顔をキッと睨みます。
すると女は、少年と、そして目の前に大人しく並んだかつおの遊び場の観客たちに教えてやるように言いました。

「みなさんが本当に買おうとしているものは『きっかけ』なのよ。
物体としてはね、ただの井戸水の入った小瓶。どんな客がどんな背景を持って悩みを打ち明けてきても、わたしは何も言わずにこれを手渡すの。すると人間は不思議でね、ある人は惚れ薬、ある人は眠り薬、またある人は毒薬なんかと信じ込んでその水を飲み干すの。そうするとね、みんな力が湧いてきて、本当にそのようになってしまうの。“この小瓶があったから本当に解決した!”ってね。
きっと…あなたのおじいさんは、毒薬だと思い込んだのね。
でも、これは魔法なんかじゃない、人間の思い込みによる勘違いの効果『プラシーボ』と言うわ。
わたしは水を売っただけ。本当に力を発揮したのはお客様自身の思い込み。私が売ったのは、人間そのものが持っている思い込みの力を発揮するための『きっかけ』に過ぎないのよ。

きょうの公演でよあけのばんからみなさんが買ったものも、実は『きっかけ』なの。彼らが売れるのはね、「【小瓶を売る女】を観たな」という記憶だけ。それを人生にどう生かすはあなたたち次第よ。
ここまで話を聞けば生かし方がわかるかしら。そんなに難しいことじゃないわ。
理屈がわかれば、小瓶なんか、物体なんか必要ないの。
目の前の何かが魔法のできごとだと思い込めばなんだってできる。
そう信じることが、この公演の生かし方よ。

そうね、例えば、夜も更けたから家路を急ぐように、この話を聞いたから明日からがんばれるように、雨がやんだから早くでかけるように…てね。」
女がそう告げると、よあけのばんは最後の曲を歌い始めました。

→雨上がり

2020.11.29 sun
at かつおの遊び場

出演
ヘテロズ
左京めぐみ
よあけのばん

よあけのばんは、大阪で世にも小さな音楽劇団として活動しています。どこかで公演を見ていただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします。