8月32日
ぼくだけじゃなくて、だいたいの人が考えることだと思うけど、夏休みは短すぎる。
その割に宿題は多いし、忌々しきお母さんに家のお手伝いもどんどん任される。
おまけにお金持ちの家じゃないと海にも連れてってもらえないし、行ったところで、ビデオゲームも漫画雑誌も無いおばあちゃん家だ。
だから絵日記が全然埋まらない。8月の最初からなんにも書いてない。
先生は『毎日楽しいことを書きましょう』って言ってたけど、そんなに毎日毎日楽しいことなんてないし、なんにもしない日だってある。
ラジオ体操だけ行って、家に帰って素麺を食べて、ずっと昼寝してるだけの日なんてなにを書けっていうんだ。
もうすぐ夏休みが終わってしまうから日付だけ埋めたけれど、1カ月分の毎日なんてぜんぜん思い出せない。
せめて誰か魔法でもかけて、あともう一日、夏休みを伸ばしてくれれば31日分の絵日記も埋まるのに…。
大人のせいでなんにもなかった夏休みになってしまったのに、このまま未完成の宿題を叱られるだけの9月になるなんて、なんて不公平なんだ!
→『Magic』
気がつくとまわりは真っ白に光っていて、しまった!あのまま寝てしまったんだ!と気づいた。
ついに宿題が終わらないまま9月になってしまった。
でも、「8月31日月曜日晴れ、必死の思いで絵日記の宿題を終わらせた。これでやっと眠れる。おやすみなさい。」
お、ちゃんとやってるじゃん。ぼくってなんてデキル子なんだろう!
着替えて下の階におりると、居間には誰もいなかった。
「ちょっと、おかーさーん!」
台所にも、テレビの前にも、ベランダにも、トイレにも、どこにも誰も居なかった。
まさか!今はもうお昼?
テレビをつけてみると見たことない番組の見たことない人。見たことない変なチャンネルしかない。
ひとりぼっちだし、なんだか、ぼくの知らない世界みたいだ。ここは家のはずなんだけど…ぼくは今どこにいるんだろう。
→『シャボンの惑星』
まぁまぁでも待って。
今日が9月1日でもうお母さんが家を出た時間だとすれば…、もう既に学校は始まってる時間なわけだし、今日は休みでいいんじゃないか。
ってことは…
「やった、ゲームし放題じゃん!」
朝起こしてくれなかったお母さんが悪いんだし、ぼくが悪びれる必要なんて全く無いよな。
そうと決まれば、ぼくはファミコンのとクーラーのスイッチをオンにするのみ!
昨日もう1日夏休みが欲しいって祈った甲斐があったぞ、さぁ、ガミガミうるさいお母さんは居ないし、お菓子と昼寝とゲームの1日が始まりだ!
→『チャイナブルー』
ずっと一人でゲームをしてるだけなのにお腹は減ってくる。
冷蔵庫の中にはハム、たまご、たくわん、マヨネーズ…。白ごはんもないな。炊飯器ってどうやって動かすんだろう。
そういえば朝ごはんも食べてない、お母さんはまだ帰ってこないよな。
でもぼくは知ってる。駄菓子屋に行けば全部解決!
そう思って外に出てみたものの、やっぱりおかしいのは町の中がしーんと静まり返ってるところ。
そっか、みんな学校にお仕事だもんな。
もちろん、いつもの公園には誰もいなくて、誰かの忘れ物の野球ボールがひとつ転がっていた。
ちぇ、と思ったけど、もっと「ちぇ」だったのは、駄菓子屋にも誰もいなかったこと。
なーんだ、仕方ないけどさ。なんだか、つまんないな。
→『8月32日』
気がついたらおやつの時間も過ぎている。お腹が減りすぎて力が出ない。どんどん暑くなってきて、セミの声も聞こえないくらいぼーっとしてきた。
公園のベンチに座って、誰もいないのを眺めてたけど、暑いのイヤだなって欲張りなお願いも叶ってしまって、ポタポタ雨が降り始めた。
ぼくは焦っていちばん大きな木の影へ。
雨はなかなか止まなくて、むしろ、どんどん強くなる。
そこのブランコの横でいつもみんなでキャッチボールしてたな。あっちの木の下はたまにカブトムシが獲れるんだよな。
いろいろ思い出してると、どんどん悲しくなってくる。
土砂降りの公園って、つまんないっていうか、なんか、ひとりぼっちで悲しい気分だな。
→『雨の町、幽霊少年』
そっか、雨宿りしてても誰も迎えにきてくれないんだ。もう濡れて帰ろう。
ぐしゃぐしゃの靴で歩き始めると頭の中でいろんな事がぐるぐる回ってくる。
最初は夏休みが伸びたと思って楽しかったけど、なんだかとっても淋しくなってきた。
ガミガミのお母さんも、つまんないおばあちゃん家も、宿題も、学校も全部ないけど、でも、本当に全部ない。
とぼとぼ家まで歩いて帰ってきても、誰も“おかえり”って言ってくれない。
「ただいま」
家の玄関でぼくの声だけがとても大きく聞こえた。
もうぼくはずっとひとりでここに居なきゃいけないのかもしれない。
宿題を終わらせても、ゲームをクリアしても、こうして泣いてしまっても、本当にひとりぼっちなら、夏休みを伸ばしてくださいなんてお願い…しなきゃよかった。
→『変光星』
「あら、傘持っていくの忘れちゃったの?」
あの日、全身びしょ濡れの僕が玄関で泣いているところに、妹を連れた母親が帰ってくるところまでが少年だった僕が実際に体験した不思議な夏休みの話だ。
ぼくはこの体験を『8月32日の話』と呼んでいるが、実際に架空の日付の中で過ごしていたのか、はたまた、運悪く誰とも顔を合わせることのなかっただけの9月1日だったのか。実のところはっきりと覚えていない。
なぜならば、今回の話の中で日付がどうの、という部分はさほど重要ではないからだ。
この夏の日を通して、僕が学んだ大切なことは「対価の在り方」だ。こういったことは、大人になるにつれて自然と身に着けてゆく価値観だとは思うが、僕の場合は一日という短い時間でまざまざと体感させられたのだろう。
「夏休みを伸ばしてほしい」。その対価は思ったよりも大きく、「世界から誰もいなくなってしまった」のだった。さすがに大人になった今は、「もっとお盆休みを伸ばしたい」だとか、そんな傲慢なことを願ったりしないよ。
もう、青かった少年時代の僕と違って、夏休みにたくさんの宿題がある意味を、泣いてしまうほどに知っているからね。
→『サマータイムマシンブルース』
8/23(日) at かつおの遊び場
コノハコトノハ × よあけのばん