ハートの欠片
私はチョコレートが好きだ。
だから、普段食べるお菓子も、アイスも、もちろん誕生日ケーキもチョコレート一択だ。
なんでチョコレートが好きかって?
まあ、上手くは言えないのだけど。
目の前のハート型のケーキ。
味はもちろんチョコレート。
グレーブラウンのフリルのようなホイップクリームに、苺の赤が花飾りのように美しく生える。
いただきます、と手をつけようとした時。
「あ、このケーキも美味しいよ!よかったら交換しない?」
差し出されたのは、同じくハート型のケーキ。
けど、それはハート型から切り出した切れ端。
おまけに、チョコレート味ではなく、白いホイップクリームのようだった。
「ありがとう。」
断るのもなんだか悪い気がして、私は白いハートの切れ端を受け取る。
「こっちも美味しそうだね。」
そう言いながら、私は相手の顔を見る。
どうやら、相手も私のケーキが少し欲しいみたいだ。
私はチョコレート味を独占したかったけど、仕方が無いので分けてあげることにする。
ハート型にナイフを入れる。
せっかくのフリルが、花飾りが、少し崩れる。
「ありがとう。」
相手は満足したみたいだった。
と、そこへ。
「私のも交換しよ!」
「私のも食べて!」
抹茶ケーキと、チーズケーキの持ち主もやってきた。
「食べて!」
「食べて!」
私は、黄緑色と焼き目のついた黄色のハートの切れ端を受け取り、代わりにチョコレート味の切れ端を2人に分ける。
「ありがとう!チョコも気になってたから嬉しい!」
「やっぱみんなでシェアできると良いよね!」
2人が笑顔なので、何となく私も嬉しい気持ちになった。
ちょっとだけ、にこっとしてみる。
「そうだね。」
みんなで、シェアか。
「SNSに、写真あげてみたよ!」
元抹茶のケーキの持ち主が言う。
その写真には、緑、グレーブラウン、焼き目のついた黄色の切れ端が並んだ、ギリギリハート型と言えないケーキが映っていた。
呟きには、
『今日はみんなで抹茶のケーキを食べたよ!』
と書かれている。
この写真の、どこが抹茶のケーキなのだろう。
「ねえ、あの人見て。」
元チーズケーキの持ち主が声を潜めて言う。
「あの人、ワッフル食べてる。」
見ると確かに、その人はハート型のワッフルを口にしている。
美味しそうだ、と思ったとき。
「ワッフルなんて、ありえないよね。このお店はケーキが売りなのに。」
そう言うと、元チーズケーキの持ち主は、ワッフルを口にするその人をおもむろに盗撮した。
「SNSに上げちゃお!」
私は戦慄した。
この人に逆らってはいけない。
大人しく、ケーキを交換しておいて良かった。
と、上げた途端に、
「不味そうなワッフルだ!」
「そんなもの食べるなんてありえない!」
と、誹謗中傷が殺到した。
そんな。
ワッフルだって、お店の人が丁寧に焼いて、フルーツと生クリームで飾り付けして。運んでくれる人がいて。
ケーキだってそうだ。
何故、誰かが作ったものを、こんなに酷く叩けるんだろう。
何故、誰かが作ったものを、こんなに私物化できるのだろう。
何故、誰かが作ったものを、こんなに我が物顔で語れるのだろう。
切れ端を集めたケーキの生クリームが溶け始めていた。
焼き目のついた黄色、黄緑色、グレーブラウン、白の境目が曖昧になっていた。
チーズケーキも、抹茶も、ショートケーキも、チョコレートも、ワッフルも。
全部美味しいはず。
美味しいはずだけど。
きっと、食べたらチーズケーキは抹茶の味がするし、チョコレートとホイップクリームは溶け合って味が曖昧になっていることだろう。
私は本当にこうしたかったの?
そもそも、私はなんでチョコレート味が好きなんだっけ?
そう思った時に、「好きの理由」が思い出せないのが辛かった。
お店を出たあと、私はチョコレートケーキの材料を買った。
絶対に、自分で自分のケーキを完成させる。
絶対に、チョコレートが好きだって。
なんで好きなのか、説明できるようになる。
ならないと。
私は、SNSで「好き」を発信することにした。
私の好きな物は「これ」だよ、と。
他人の作ったものに、悪口を言う人にならないために。
他人の作ったものを、私物化しないために。
他人の作ったものを、我が物顔で語る人にならないために。
私は、私のケーキを作る。
買ってきた板チョコの一欠片を、口に放り投げる。
コクのある苦味と甘みが口の中に広がる。
余韻を残して、溶ける。
これが私の好きな味だ。
エプロンの紐をきゅっと締めた。
準備万端。
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