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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 17

17

 土曜日。安藤さん、すなわち安西くくるの野外ライブの日、私たちはフータに高野台公園に呼び出された。野外音楽堂はほぼ満席だ。座席に座るにはチケットが必要みたいだけれど、園路や高台の芝生からも、すり鉢状になっているステージが見下ろせる。
「わあー、お客さんいっぱい。安藤さんこんな中で歌うのかあ。アイドルってたいへーん」
「人を呼び出しといて、フータはいないのか」
「準備があるから、あとから来るって」
 振り向いたイチゴと目が合う。彼は品定めするように私のことを眺めて、なにかをいいかける。
「ねえ、きずなってさ……」
「なんだよ」
「ん、なんでもない」
「結城殿ー」
 いつのまにか園路に来ていた安藤さんが小声でちかこのことを呼ぶ。地味なグレーのパーカーのフードを目深に被っているが、足元はオレンジ色のタイツだった。下に衣装を着ているのだろう。
「安藤さん、大丈夫なのですか。抜け出してきて」
「指定席、取れなくてもうしわけない。マネージャーに聞いてみたのでござるが、もう満席らしくて」
「確かに満席のようだな」
「だいじょぶだよー、ほのかたち、ここから見てるし」
「素敵だよ、くくる」
「あ、ありがとうございます。イチゴ先輩」
 イチゴがフードを覗き込んだので、安藤さんは一歩後ろに下がる。フードの隙間から覗く彼女の顔は、メイクのせいなのかいつもより幾分かわいく見える。
「声、うまく出ないんじゃないの。大丈夫?」
「今回は口パクで演ることにしました。こんなコンディションではお客様に悪いですし」
「そっかー、口パクっていう手もあるのねえ」
「おまたせー、間に合ったー! 安藤ちゃんもいる。おはよー、安藤ちゃん!」
 園路の坂道を、大きなリュックを背負ったフータが駆け上がってくる。
「なんですか、その大荷物は」
「水鉄砲!」
「ええ……? ライブにまで持ってくるほど気に入ったのかよ、水鉄砲」
「ふっふっふ、いいこと考えたって言ったでしょー」
 フータが不敵に笑う。

 軽快なBGMが流れ出し、ライブが始まる。舞台裏から出てきた安藤さんこと安西くくるは、派手な衣装を着ているけれど、なんだかとても小さく見えた。
『あの、今日はちょっと緊張しています。でも、みんな来てくれてありがとう』
 いつもの安藤さんとは口調が違う。いかにもアイドルっぽい喋り方だ。
「なんか、元気ないな。大丈夫なのか」
「そうかな、かわいいじゃんくくる」
「イチゴって、ほんと女ならだれでもいいんだな」
「あれ? きずなもしかして妬いてるの」
「馬鹿じゃねーの」
 アイロンの効いた白シャツに、グレーのチノパンを履いたミッチは、神妙な表情でステージを見下ろしている。私服だと三人の見分けが付きやすいから便利だな、と改めて思う。イチゴはどことなく女受けを意識したような服装だし、フータはミリタリー系のパンツに適当なサンダルを履いている。

 安藤さんはハンドマイクを持って話を続けていた。客席はそれほど盛り上がっていないけれど、最前列のハッピを着たファンたちは、ときどき野太い声で歓声を上げている。統制の取れた熱心なファンなのだろう。
「フータ、今のうちにきずなたちに作戦の説明を」
「そうだったそうだった。あのね、この水鉄砲で……」

 ごうん!

 異音が鳴り響く。
 六人が安藤さんから目を離して、フータの水鉄砲を見た瞬間だった。慌てて振り返ると、ステージ背景のレリーフに大きなひびがはいっていた。
『え……?』
 安藤さんが小さく声を上げる。会場がざわめく。
「来たな。どこから攻撃した」
「フータ、どうする? 客を避難させるか、このままライブを続けさせるか」
「俺はー、このままやっちゃう方向で考えてるよ? だって安藤ちゃん成功して欲しいしー。俺、ライブとか見るの初めてだし」
「だよな」
 イチゴとフータがにやりと笑って拳を合わせる。
「わかった。死人は最小限に留めるように尽力しよう」
「最小限って、何人か死ぬ前提か!」
「きずなちゃん、ほのかちゃん、ちかこちゃん、これ!」
 フータにプラスチックの水鉄砲を手渡される。一リットルは入りそうなタンクは満タンなのか、見た目より重い。
「これ、どうしたらいいのー? なんかシール貼ってあるー」
 トイザらスで買った六つの水鉄砲には、それぞれに六角形のシールが貼られていた。このシールを私は見たことがある。以前リバーサイドモールでナニガシと戦ったときに、私のノートに貼られたのと同じものだ。
「これは、私のカメラを武器化したシールですか」
「今回は武器じゃないけどね。透明なナニガシを……」
 再び発砲音が鳴る。低く、空気を切り裂くような音だった。クラウドイーターの三人は目配せし、水鉄砲を持って同時に走り出す。ミッチは園路の右、フータは園路の左、そしてイチゴは立入禁止のロープを乗り越えて客席中央の階段を駆け下りていく。
「おい、説明してからいけよ!」

 あっという間にステージに上がったイチゴは、安藤さんの肩を抱き、なにかを耳打ちする。安藤さんは躊躇しながらもイチゴにハンドマイクを渡し、オレンジ色のエレキギターを手に取る。
『さあて、スペシャルショーの始まりです! みんな、くくるを応援してあげてねっ。では、ミュージックスタート!』
 しいん、と会場が静まり返る。
 イチゴは舞台袖を睨みつけ、音響設備の前までつかつかと歩いていく。
『ミュージックスタートっつってんだろ!』
 アンプを力任せに蹴りつける。気の弱そうなスタッフが、おどおどとミキサーを操作する。
 イントロが流れ出し、安藤さんがスタンドマイクに向かって口を開きかけたとき、発砲音が鳴り、イチゴの足元に穴が開く。
『そこだ!』
 左手にハンドマイクを持ったまま、右手で水鉄砲を撃つ。ステージ上手のなにもない空間に、水色の塗料のようなものが付着する。
「ナニガシみっけー!」
 黄色い塗料が宙を舞う。それはナニガシから逸れ、イチゴとステージを黄色く染める。
『フータてめえ! ちゃんと狙えへたくそ!』
 イチゴが客席の端にいるフータにむけて水鉄砲を撃つ。周りの観客もフータの巻き添えになり、水色の塗料を浴びる。
「あいつらまたケンカしてる」
「なるほど、理解しました」
 ちかこが水鉄砲のトリガーに手をかけ、悠々と階段を降りていく。安藤さんは勇敢にも、ステージの上でギターを弾きながら口パクを続けている。
「わあ、おもしろそうー、きずなちゃんも行こ?」
「お、おう」
 フータの作戦の意味がようやくわかる。透明なナニガシを可視化させて倒そうというのだ。

18につづく

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