アンフォールドザワールド・アンリミテッド 2
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放課後の放送室には、私、ほのか、ちかこ、イチゴ、フータがいた。ちかこは狭い長机の上にノートパソコンを置いて、隣で音楽CDを広げているイチゴを迷惑そうに見ている。
「五人もいるとこの部屋は狭いですね。流石に」
「いがいとまじめに放送部の活動やってるから、追い出すわけにもいかないもんねえー。あれ? ミッチくんは?」
鏡を見ていたほのかが顔をあげる。私は床にダンボール箱を置き、古いプリントやテキストを整理している。フータはそれを手伝ってくれている。
「なんかさー、どうもナニガシの出現ポイントがこの付近に生成されそうなんだよね。それを探しに行ったよ。俺たちはとりあえずここで待機ー」
「この付近って、学校の中?」
「うん、まあきずなちゃんたちが好餌を浴びているから、その近くに出現するのはとーぜんだけどねえ」
「うわあ、迷惑な話だ」
私とほのかとちかこの三人は、ナニガシとかいう化物を引き寄せる『好餌』を浴びていた。それは私のノートを見つけない限り解除されない。
「だいじょーぶだよ。きずなちゃんたちは俺が守るから」
「ふうん、ありがと」
私の顔を覗き込むフータに、適当な返事をする。
「俺、きずなちゃんのこと好きだもん。きずなちゃんときどき、お弁当のおかず分けてくれるし」
「それは餌付けという行為ですね。一般的に」
「へえー、フータくん〝も〟きずなちゃんのこと好きなんだあ。きずなちゃんは?」
「私? 別にフータのことは嫌いじゃないけど……」
顔を上げると、眉間に皺を寄せ、プラケースから次々とCDを取り出しているイチゴの姿が見えた。
「やったあ、きずなちゃんと相思相愛!」
手に持っていたプリントを段ボール箱の中に放り入れて、フータは私の頬にキスをする。
「えっ」
「あ、フータくん、きずなちゃんにキスしたー」
がたり、と大きな音を立ててイチゴがパイプ椅子から立ち上がる。気のせいか、イチゴの水色の髪が重力に逆らって揺れているように見えた。
「フータてめえ……、ぶっっっっっっ殺す!」
「うわあっ、ちょ、イチゴ!」
放送室の中をCDが舞う。イチゴは長机を踏み台にジャンプしてフータに襲いかかる。イチゴの手にした赤い短剣がフータの首筋を逸れ、放送室の壁に突き刺さる。
「放送室の外でやっていただけませんか。危険です」
ちかこが迷惑そうに立ち上がり、それでも一応ビデオカメラを構え、戦う二人を撮影し始める。
「あっぶな、ガチで死ぬからそれ! やめてよイチゴ」
「ガチで殺しにかかってるんだよ!」
フータの右拳にはいつの間にか、サイバーなデザインのグローブが装着されていて、イチゴの短剣を殴り飛ばす。イチゴの左手からはもう一つ、さっきのより少し小さめの剣が出てくる。
「けんかをやめてー、ふたりをとめてー」
「ほのか、歌ってる場合かよ!」
「なんの歌でしたかね。聞いたことがあります」
イチゴの左手の剣が、フータのシャツの胸元を切る。フータは低く身構えて、右の拳でイチゴの腹部を狙う。避けたイチゴが、書類の入ったダンボールを蹴り飛ばす。フータが床に落ちていたCDを踏み割る。
「こら、なに騒いでるんだ」
「あっ、本城先生」
二人の大声を聞きつけたのか、顧問の本城先生が放送室のドアを開ける。
「うわあ、なんだこの有様は」
「たいへんですー。イチゴくんとフータくんが、きずなちゃんを取り合ってケンカしてるんです」
「フータ、許さねーからな! 絶対にだ!」
そういい捨てて、イチゴは本城先生の横をすり抜け放送室を出ていった。
「三好を取り合ってケンカ? 仲谷じゃないのか」
「ねー、私も不思議ですー。なんで私じゃないんだろう」
「ん? 俺、ほのかちゃんも好きだよ。ほのかちゃんかわいいもん。ちかこちゃんも賢いから好き」
「ああ、なんとなく分かってた。フータはそういうヤツだよ」
フータの手からはいつのまにか、グローブが消えていた。床に散らばったCDと書類を眺め、私は深くため息をついた。
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銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE
2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。
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