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アンフォールドザワールド 13

13

 リバーサイドモール三階のフロアで、私たちはナニガシと対峙していた。エレベーターのそばに積まれた床材の後ろに潜んでいるが、軽自動車ほどもある黒い体を完全に隠しきれてはいない。
「きずな先輩、背中がガラ空きです」
「お、おう」
 私はちかこの真似をして、太い柱に背中を寄せ、ナニガシの様子を窺う。
 ノートに貼られたシールは、白くなっていたのがまた赤く戻り、白抜きの模様が現れる。気のせいか、さっきとは違う文字に見える。
「この記号のようなものは、残り弾数を表示しているのでしょうか。もしかして」
「読めねーよ。こんなぐにゃぐにゃしたの」

「来ました!」
 ナニガシが動く。資材にぶつかり、柱に向かってきたところで、ちかこがその足を撃つ。微妙に狙いを外したのか、爪先のあたりで光が爆発し、足元の床がえぐれる。
「くっ、くらええええええっ!!」
 メガホン型に丸めたノートを口元に当て、大声で叫ぶ。私の声をトリガーにして、ノートから光弾が発射される。
「ぐがああああっ!」
「外した……?」
 体の中心を狙ったつもりが、ナニガシの右腕を負傷させただけだった。そのまま襲いかかってくるかと思いきや、片足を引きずりながら資材の裏に隠れる。
 ぎいいい。
 重い引き戸を開く音がする。
「……エレベーターのドアを開いているみたいですね。どうやら」
「なにやってんだあれ」
「きずな、ちかこ、よくやった。おそらくあの中がナニガシの巣だ」
「わあっ、いつの間に」
 聞き慣れた声に振り返ると、クラウドイーター二人がそこに立っていた。おそらくフータとミッチだろう。
「ミッチ、私たちを囮にしやがったな!」
「仕方がないだろう。俺らが何度探しても見つからなかったんだ。君たちが浴びた好餌でおびき寄せるしかない」
「ごめんね、でもちゃんとモニタしてたんだよー。ほんとにやばいときには出ていけるように」

 フータとミッチが、エレベーターののりばドアを覗き込む。私も二人を押しのけて中を見ると、ロープが見えた。エレベーターのかごは一階あたりまで降りているようで、その上に巨大な白い塊と、ナニガシの姿が見える。
「ナニガシいるねえ。もういっこ下に行った方がいいかなあ」
「生け捕りにしなければならないしな。きずなとちかこはここで待っていろ」
「嫌だ、私も行く!」
「私も行きます。このカメラ、録画もできているみたいですし」
「え、すげーなそれ。どうなってんだ」

 階段を使って二階のフロアまで降り、フータがエレベーターのドアを軽々と開く。
「ぐうぅうううぅうう……」
「うわ、なんだこれ」
 一階に停止しているエレベーターかごの屋根の上に、巨大な繭のような白い塊ができていた。ごく細い糸でぐるぐるに巻かれ、ドラゴンフルーツみたいな突起がいくつもある。その上側から、手負いのナニガシは中に入ろうと、不器用に糸を掻き分けている。
「ほのかちゃん、みーっけ!」
 フータが手前から繭を破ると、中にはほのかが横たわっていた。ふわふわした白い塊に包まれ、眠るように目を閉じている。
「ほのか!」
「ぐああぁがああああぁっ!」
 ナニガシが怒りの声を上げる。ミッチが赤いハンドガンを二丁、両手に構える。フータの拳にはいつの間にか、なんかメカっぽいグローブがつけられている。
「さあ、帰ってもらおうか。ナニガシ」
「オレ……、ナカマ、ヨブ……」
 ミッチの呼びかけに、ナニガシは呻くように答える。
「うわあ、喋った!?」
「やばいなあ、だいぶこっちの世界に馴染んじゃってるよー」
「コノニンゲン、ハラマス……、オレ、ナカマ、ヨブ……」
「孕ますといっても、お前らに生殖能力は無いだろうが。あまりふざけたことを言ってると本気で殺るぞ」
「コレ、イイニオイ……、ハラマス、ナカマ、クル……」
 ずっと四足歩行だったナニガシが、ほのかをそっと抱え上げ、立ち上がる。私はエレベータードアの中に立つナニガシを見上げる
「こいつ、こんなんだったのか……」
 遠目で見て、猿に似ていると思っていたけれど、ナニガシはそんなものではなかった。もっと禍々しい姿。油に浸かったような黒く長い毛並み、口は顔の中心で大きく縦に裂け、その両側に赤い目玉が四つ、ギラギラと光っている。
「その女を降ろせ、さもなくば女もろとも殺す」
「なんだとお!?」
「おどし! おどしだから、きずなちゃん」
 フータが慌てて私に耳打ちをする。
「……ナカマ……ッ、ヨブ!!」
 ナニガシの咆哮がエレベーターの昇降路に響き渡る。地鳴りがし、建物が揺れる。

 ごおおおおおっ。
 どこからか、雷鳴のような音が聞こえてくる。
「わあー、なんか気配がする。めっちゃでっかい気配がする」
 フータ虚空を見上げ、両手の拳を胸の前で構える。ミッチは昇降路に立つナニガシに向けて、ハンドガンの一つを撃った。

14へつづく

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