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アンフォールドザワールド 15

15

 フータに腹を殴られ、悲痛な叫び声を上げる巨大ナニガシが、私の上に覆いかぶさってくる。
「うわ、うわああああっ! いやだ、いやだっ!!」
 湿った柔らかい皮膚が、私の体を包み込んでいく。鼻に、口に、ナニガシの体が入ってくる。腐った半熟卵みたいな、どろりとした半固体。
「きずな、手を!」
「イチゴおおおっ! 助けっ、あああっ、がはっがっ……」
 濁った水中から見たような景色。ナニガシの体の向こう側で、イチゴが私に手を差し伸べている。右手に持った短剣でナニガシの体を切り裂き、左手でそれを掻き出す。
「せめて窓をっ! 手を伸ばせ、きずなっ!!」
 私はナニガシの中に取り込まれ、私の中にナニガシが取り込まれる。呼吸ができない。イチゴの姿が見えなくなっていく。力を振り絞って手を伸ばし、イチゴの指先に触れる。
 その瞬間、体を引っ張り出され、放り投げられたような感覚があった。私はナニガシの体内にいて、それと同時にどこかへ飛んで行く。

 ずいぶんと遠くまで飛んだんじゃないかと思う。巨大ナニガシの下敷きになっていた私の意識は消え、もう一人の私は、広々とした空を飛んでいた。時々、暗い壁に突入した。星のない宇宙みたいな壁を通り抜け、また空を漂う。赤、紫、橙、虹色、あらゆる色の空と、闇の壁を見た。そして再び、見慣れた青い空に突入したとき、浮遊していた私の意識は重力に引き寄せられ落ちていく。

「いたっ」
 気づけば、目の前は一面の砂だった。海岸みたいな、白くさらさらした砂が、私の頬に貼り付く。
「どこだ、ここは……」
 体に力が入らない。なんとか仰向けになって、空を見上げる。真夏だ。雲一つない青空のてっぺんに、太陽が白く輝いている。てゆうか、めちゃくちゃ暑い。
「やばい、暑い、死ぬ……」
 顔を横に向けると、どこまでも砂だった。
「砂漠……? 鳥取砂丘ってこんな感じだったなあ、確か」
 おみやげのポストカードで見たことがある。一面の砂、起伏する地形。風の作った波模様。遠くに見えるラクダのシルエット。
「ラクダ……?」
 ラクダに乗った人が、こちらに向かってきていた。違う、あれはラクダじゃない。体の作りは似ているけれど、それより一回りは大きくて、爬虫類のような皮膚をしている。
 その人はここまでやってきて、私のことを見下ろす。顔を覆った布の隙間から、水色の瞳が私を見つめる。
「……た……」
 助けてくれ、と言いたくても声が出ない。喉がからからだった。背中の砂は火傷しそうに熱い。民族衣装みたいなマントを着たその人は、鞍から降り、私のことを抱き上げる。そうして、私を自分の前に座らせ、片手で抱いたまま、ラクダもどきを走らせる。

 ラクダもどきは思ったより速かった。揺れと、私を支える腕が心地よくて、そのまま眠りそうになるのを堪える。眠れば、もう二度と目覚めないような気がしていた。
 砂の山を越えたところに、白いテントが浮かんでいた。ホールケーキみたいな形で、砂の上から三メートルくらいの空中に漂っている。私たちが近づくと、扉が開き、パタパタとスロープが降りてくる。マントの人は私を抱きかかえ、テントの中へ連れて行ってくれる。
 ベッドの上に寝かされる。テントの天井は傘のようになっていた。木の骨組みに布が被せられている。教科書で見た遊牧民の住居みたいだと私は思う。だが、遊牧民の住居は空中に浮かない。

 ことり、とベッドサイドにグラスを置く音がする。私は体を半分起こし、その中の飲み物を一気に飲み干す。甘く冷たい、ミントティーのような味がした。体がみるみると回復していく感覚がある。
「イチゴ……?」
 マントと、顔を覆っていた白い布を取ると、その姿はクラウドイーターだった。私の存在を無視して、着ていたものを壁の木枠にかけている。
「おーい、イチゴ? フータ? ミッチ? おいってば!」
「あっ、きずな!」
 今気づいたかのように、彼が振り返る。いつもの銀色の服ではなかった。アジアのどこかの民族衣装みたいな、長い袖に、広がったズボンの、ゆったりとした白い服を着ている。
「イチゴなのか?」
「そうだよ。回復してよかった。おかわりいる?」
「いる!」
 上開きのチェストの中から、イチゴがピッチャーを取り出す。部屋の中央に置かれた座卓のそばにイチゴが座ったので、私もその向かいに座る。グラスに注いでもらった液体は、よく冷えていた。そうは見えないけれど、あのチェストは冷蔵庫なのだろう。六角形のロンググラスに注がれた甘いお茶を、今度は味わって飲む。
「きずなの意識だけでも助けることができてよかった」
 自分もお茶を飲みながら、イチゴはそう言った。
「意識だけ? 私はどうなったんだ? てゆうかここどこだよ」
「ここは俺たちの世界。きずなの窓を開いて、意識体だけをうちに引っ張った。慌てたからちょっと座標がずれて、砂漠に落っこち……」
 そこまで話したところで、イチゴはグラスを持ったまま、虚空を見つめた。

16へつづく

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