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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 19

19

 どこまでも、暗闇だった。
 ここはハニカムユニバースの壁内とかいうところなのだろうか。五感の全てが失われてしまい、私はもがく。体が動いているのかどうかわからない。どちらが上でどちらか下なのかも。
 イチゴのことを考える。振り向いて私を見たときの、切なげな視線。胸の奥にささやかな疼きを感じる。大丈夫、私はまだ消えていない。心はここに存在している。

「キズナニ……?」
 なにかが私の中に入ってくる。やわらかくてあたたかい命。それは私の中でくつろぎ、本来の姿に戻る。
「あっ、ああああああっ!」
 私自身のエネルギーが破裂する。パズルゲームで連鎖したみたいに、私のあちこちが、大小の爆発を繰り返していく。そうして、私は全てを理解する。
「そうか……」
 私はもう私ではなくなり、私と壁は一体になった。私は世界と世界を隔てる壁であり、同時に世界そのものでもあった。いくつもの宇宙を同時に見渡すことができた。世界のなりたち、ナニガシの目的、それらの全てを理解した。
「そうだったんだ。イチゴたちは兄弟なんかじゃなかった。マスタも」
 どのくらいの時間が経ったのだろう。いや、ここでは時間なんて意味のないものだ。マスタ・クラウドイーターに教えなくてはいけない。彼は間違えている。ナニガシの目的は世界を壊すことではないのだ。
 私はマスタのいる宇宙を探す。同時に、イチゴたちの世界を覗きに行く。砂漠のテントの中で倒れているイチゴ、ガラス越しの海を見下ろしているミッチ、高い木の上に登っているフータを見つける。
「ねえイチゴ、大丈夫だよ。私が助けるから」
 絨毯の上で目を閉じているイチゴに、そっと耳打ちする。それからついでに、イチゴの世界の私を見に行く。彼女はイチゴから随分と離れた場所にいた。水色の髪に水色の瞳を持った私は、ふいになにかに気づいたように砂漠の空を見上げる。
「ああそうだ、あれを回収しないと」
 壁内にイチゴの意識体が取り込まれているはずだ。私は無限遠に展開する壁内を探す。イチゴはすぐに見つかった。ただ眠っているようだった。私たちのいる公園に孔を空けて出口を作る。ほのかとちかこの好餌が目立っていたから、それはとても簡単なことだった。

「きずなちゃん、きずなちゃん!」
 ほのかに頬を叩かれ目を覚ます。私はイチゴを胸に抱きしめたまま、芝生の上に転がっていた。
「ここは……」
「無事でしたか、きずな先輩」
 とても長い夢を見ていた気がする。いや、あれは夢じゃない。そうだ、あれは。
「そうだ、私!」
 私の声にイチゴも目を覚ます。
「……きずな、大丈夫なのか」
「大丈夫どころじゃないよイチゴ! 全部わかった! 全てはひとつだったんだ。私たちはそれぞれがベビーユニバースなんだよ! ナニガシは意思であり創生だ。次元は現実と現実の合間にあって宇宙の誕生と死を見守る存在であり物語こそが本質かつスペキュレイティブで次元を超えた展開する世界は無制限な宇宙の潮流の一部だったんだ!」
「うわあ……」
「きずなちゃんが壊れたー」
「ちょっとなにいってるかわかんないんだけど、きずな」
「なんでなにいってるかわかんねーんだよ、だから……、あれ?」
 意識がはっきりするとともに、急激に思い出せなくなってくる。
「ともかく無事でよかった。ハニカムユニバース壁内に生身で取り込まれて無傷で帰ってくるとは、一体なにがあったんだ」
 ミッチが不思議そうに私たちを見下ろす。
「えっと、まっくらで、宇宙がいっぱいで……」
 私は首をかしげる。間違いなく全てがわかっているのに、なにがわかっているのかがわからない。
「きずなちゃん、かわいそうに。頭おかしくなっちゃったのかな」
「あんたたちのとこのえらいひとの……、なんだっけ」
「マスタ?」
「そう、マスタ。マスタが間違ってるから、その」
「なにを」
「なんかこう、よくわかんないけど、なにかを間違ってるんだよ」
「ボキャブラリーが急激に損なわれていっていますね。病院に連れて行ったほうが良いでしょうか」
「あれー? おかしいな。私おかしいか?」
「盛大におかしい」
「ニャーン」
 野外音楽堂からは拍手が聞こえる。キズナニがいつのまにかやってきて、私とイチゴの間にするりと収まった。

20につづく

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