アンフォールドザワールド・アンリミテッド 4
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とりあえず安藤さんを保健室に突っ込んで、私とちかこはミッチの姿を探す。下足箱の前で、上靴を脱いでいる水色の頭を見つける。
「ミッチ……? イチゴか!」
「……ん、どうかした?」
一瞬不機嫌そうな顔をし、でも私の焦っている姿を見て、イチゴは顔色を変える。
「学校の中でナニガシが出現した。ミッチが連絡とれないとかで怒ってたぞ」
「まじで? やばい。フータをシカトするために窓を閉じてた」
イチゴが両目を見開き、虚空を見つめる。それからすぐに大声で
「体育倉庫! わかったすぐ行く!」
と言い、私たちの目の前からその姿が消える。
体育館の中ではバスケ部とバレー部が練習をしていた。私とちかこはその横を通り抜け、校庭の片隅にある体育倉庫へと向かう。
体育倉庫の両開きの引き戸は開いていた。コンクリで作られた、教室一つ分くらいの小さな倉庫で、窓はない。暗い倉庫の中を閃光が照らす。ミッチが拳銃を撃ったのかも知れない。ちかこは自分のビデオカメラを片手に構えている。
「ちかこ、あんま近づかない方がいいぞ。私たちはなにも武器を持ってないし」
「しかし奇妙ですね。ナニガシの姿が見えません。一度も」
「そういやそうだな」
ミッチはナニガシだと思われる気配を追って、教室を出ていったけれど、私たちにその姿は見えなかった。夕方の日差しが校庭を照らす。体育倉庫と、その後ろの植栽が砂の上に濃い影を作る。乾いた砂の匂いに、腐敗臭が混ざっている。グラウンドがやけに静まり返っている。
「うぐぅっ!」
絞り出すような声とともに、クラウドイーターの一人が体育倉庫の扉から弾き飛ばされ、私たちの足元で仰向けに倒れる。後を追うように、倉庫からバスケットボールがいくつも転がり出て来る。
「……ミッチ? おい、大丈夫か」
「ミッチ!」
フータは慌ててミッチのそばに駆け寄る。イチゴが片手に剣を構えたまま、体育倉庫から出てくる。
「う、うう……」
苦悶の表情を浮かべていたミッチが、静かに動かなくなる。ちかこは眉間に皺を寄せ、足元のミッチを見下ろしていた。さっきまで構えていたカメラは、右手に握られたままぶらりと垂れ下がっている。
「ナニガシの気配が消えた」
イチゴがひとりごとのようにつぶやく。
「ミッチ、ちょっと、ミッチだいじょうぶ?」
フータがしゃがみこみ、ミッチの頬を軽く叩く。ミッチはぴくりとも動かなかった。
「ミッチ、まじかよ……、返事しろよ!」
イチゴが空に向かって叫ぶ。ここではない、別の宇宙にいるミッチの本体に連絡しているのかも知れない。
校舎の方から、ほのかが小走りにこちらに向かってくる。下校途中だったはずだが、私の話を聞いて学校に戻ってきたのだろう。
「だめだ……。ミッチ死んでる……」
ミッチの頬に手を添えたまま、フータが絞り出すように言う。
「死んだ?」
「えー、ミッチくん死んじゃったの? でもほらー、あれでしょ? こっちの世界で死んでも、本体は平気とかそういうやつでしょ?」
「あっ、そっか。そうだよな。そうなんだろ? おい、イチゴ! なんとか言えよ!」
ぼんやりと虚空を見つめていたイチゴが、我に返る。
「おっ、俺のせいじゃない! フータがナニガシに足を取られたから、ミッチはそれを助けるために……」
「はあっ? なに言ってんのイチゴ! イチゴが俺の指示を無視してナニガシを攻撃したせいじゃないか!」
イチゴの言葉に激昂し、フータが立ち上がる。
「この期に及んでまだくだらない喧嘩をする気ですか。あなたたちがそんな有様だから、このような事態が起こったのではないですか」
動かなくなったミッチを見つめたまま、ちかこが淡々と言葉を吐き出す。いつになく、怒っているように見えた。
「そろそろ部活が終わる時間じゃないの。ここにいたら、体育系部の生徒に見つかって、騒ぎになるぞ」
「うん、そうだね」
フータがミッチを抱きかかえる。完全に機能が停止したその肉体は、フータの両腕からモノのように垂れ下がっている。
フータとミッチが虚空に消える。私がイチゴの顔を見上げると、彼はなにかを言いかけて、でもそれを諦めてしまったような表情で姿を消した。
私たち三人が取り残された校庭には、蝉の鳴き声が響いていた。
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銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE
2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。
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