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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 3

 イチゴはどこかへ行ってしまったし、ミッチはナニガシの出現ポイントとやらを探しに行ったままだ。私はちかこと二人で放課後の校舎内を歩いていた。
「ほのか先輩とフータ・クラウドイーターを一緒に帰してよかったのですか。きずな先輩的には」
「なんで? 別にいいんじゃないの」
「ほのか先輩はフータ・クラウドイーターを狙っていますよ。恋愛的な意味で。本人がそう言っていました」
「まじで!」
「ええ。『イチゴくんはー、なんだかんだできずなちゃん本命みたいだからー、フータくん狙いかなあ。どうせ顔は同じだからミッチくんでもいいけどお』だそうです」
「なんだ本命って。イチゴはなに考えてるかよく分からないからなあ」
 意外と似ているちかこのモノマネに苦笑しながら、私は階段を降りる。なんだか身の回りが色めき立っていて、鬱陶しいと思う。私は別に、だれともそういった関係になることを望んでいないのに。
「仮に、ほのか先輩がクラウドイーターのだれかと交際したとして、彼らがミッションを終えて帰ってしまうと、遠距離恋愛になるのでしょうか」
「宇宙をまたいだ遠距離恋愛かー。壮大だなあ」
 私にとってそれはどうでもいい他人事だ。

 ちかこが教室に置いたままのカバンを取りに行く。一年一組の教室には、女子が一人残っていた。廊下側の一番前の席で、ヘッドホンをして音楽を聴いている。
「おお、結城殿ではないか」
 ヘッドホン女子はちかこが教室に入ってきたのに気づき、顔を上げる。ショートカットだけど前髪が長く、丸眼鏡の半分が隠れている。
「まだ下校していなかったのですか。安藤さん」
「いやいや、つい集中してしまって。そうだ、結城殿に見せたいものがあったのでござる」
 ちかこに安藤さんと呼ばれた女子は、ぼそぼそとした口調でそう言い、ヘッドフォンを耳から外す。それから立ち上がり、机にかけられていたスポーツバッグの中を探る。
「……これは、ゴープロですね。最新型の」
「ふっふっふ。ついに手に入れたのだよ。タイムラプス撮影もできるのだ」
「いいですね、なにか動画を撮影しましたか」
「いやあ、ぜひ結城殿の姿を撮影させていただきたくっ」
「撮影させて貰えるのなら大歓迎ですが、被写体になるのは遠慮します」
「むむう、無念。結城殿はカメラ映えすると踏んでいるのでござるが」
 語尾が安定しない系女子だな、などと思いつつ二人のやりとりを眺めていた。小声でたどたどしく、かつ芝居がかって喋る姿はちょっと変わり者に見えるけど、ちかことは仲が良さそうだ。
「ちかこー、その子と一緒に帰るなら、私は先に帰るけど?」
「ああっ、先輩これは失礼しましまった!」
 語尾を若干噛みながら、安藤さんがこちらを向く。顔を上げてもその目は前髪に隠れていて見えない。
「私も帰りますが、安藤さんも下校しますか。一緒に」
「いやいやいやそんな、拙者などがご一緒させていただくのは……」
 安藤さんがそこまで言いかけたとき、教室の空気の色が変わった。

 ごぼっ、ごぼぼっ……。
 足元から下水が逆流するような音が聞こえてくる。静まり返った教室で、安藤さんが首にかけたヘッドホンから、シャカシャカと音楽が聞こえる。どこかで聞いたことのある曲だった。
「この匂い……」
「安藤さん? 大丈夫ですか、安藤さん」
 さっきまでは快晴だったのに、教室の窓から見えるのは曇り空だった。安藤さんは机と机のあいだに立ち尽くし、微動だにしない。嫌な匂いがあたりに立ち込めていた。柑橘類の腐ったような、どぶをさらったような。
 安藤さんの顔から血の気がひいてゆく。小さな鼻の穴の片方から血がつたい、床に落ちる。半開きの口から声が漏れ出る。
「……あ、あっ、アアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
「うわ、ちょっとこれやばいって」
 安藤さんが立ったままガクガクと震え、長い前髪が小刻みに揺れる。日が陰り教室の中が暗くなる。それから唐突に稲妻が光る。雷鳴は聞こえず、ただ閃光だけが窓から教室を照らす。
「きずな!」
 廊下から私を呼ぶ声がする。
「あっ、今までなにやってたんだよ! えっと……イチゴ?」
「俺はミッチだ。ナニガシはどこに出現した?」
 よく見るとシャツのボタンが一番上まで止められて、ネクタイは緩んでいない。その制服の着こなし方はミッチだった。彼はむっとした顔をして、ずかずかと教室に入ってくる。
「まだ出現していない……、のだと思いますが」
「そんなはずはない、確かにナニガシの気配を感じる。予測より随分出早い出現ではあるが」
 雲が晴れ、教室が明るくなってくる。
「そこだ!」
 ミッチが振り返り、両手に持った二丁の拳銃を撃つ。小さな破裂音がして、黒板に二つの穴が開く。
「な、なにもいないぞ、ミッチ」
「いや、いる! くそっ、イチゴとフータに繋がらない。あいつらなにやってるんだ!」
 教室から腐臭は消えたのに、なんとなく嫌な空気を感じる。安藤さんはまだ突っ立ったままで、彼女の鼻血が床に小さな血溜まりを作っていた。ちかこは安藤さんの小型カメラでミッチを追っていた。いつから撮影していたのだろう。私はふと思い立ち、ポケットからスマートフォンを取り出し、ほのかに通話をかける。
「……おい、ほのか! そこにフータはいるのか?」
『きずなちゃんだー、そんなに慌ててどうしたの? フータくん? ここにいるよお。今、ファミマの前の公園でいっしょにカフェフラッペ飲んでるー』
「デートっぽいことしてる場合じゃないぞ。学校にナニガシが出現した」
『えー、ほんとにー? ねえねえフータくん。なんかあ、ナニガシ出たらしいよー。えー、うん。ほんとみたい。そう、きずなちゃんからー』
 のんびりしたほのかの口調に苛立ちながら、私は教室を見渡す。ナニガシの気配は、私には感じられなかった。ミッチがなにかを見つけたように、廊下へ飛び出す。

「あれ? 拙者はなにを……」
「大丈夫なのですか、安藤さん」
「なにがでござるか?」
「鼻血、めっちゃ出てるけど」
「うわっ、やっ、なにこれ!」
 足元にできた血溜まりを見て、安藤さんが大きな声を上げる。意外と素の喋り方は普通なんだな、などとどうでもいいことを私は考えていた。

4につづく

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