アンフォールドザワールド・アンリミテッド 13
13
私たちが放送室を片付け終えた頃、本城先生が陰鬱な面持ちで職員室から戻ってきた。
「三好、仲谷、今日はもう帰りなさい。俺の車で送ってくから」
「先生、学校でなにかあったんですか?」
「一時間目の途中に、校内で発砲事件があったんだ」
「発砲?」
放送室の鍵を締め、校舎の外の職員駐車場まで歩いて行く。本城先生の車は小さな軽自動車だった。
「本城せんせーの車かわいいー。ほのか、助手席がいいなあ」
「いいよ、私、後ろに座るから」
ドライブ気分でうきうきしているほのかに助手席を譲り、私は後部座席のシートに身を沈める。
「発砲事件って、犯人は捕まったんですか?」
「いや、まだだ。警察が来たりして大変だったんだぞ。というか、発砲かどうかも正確には分かってないんだけど。弾痕はあるのに、弾丸が見つかってないんだ」
「弾痕。だれか怪我とかしたんですか?」
「いまのところ生徒は無事だ。生徒会室の弾痕、図書室の本棚、職員室の窓ガラスが割れ、正門のコンクリート門柱にいくつか穴が空いた。改造したエアガンかも、という話もあるけど、それにしては威力が強すぎる」
「図書室、職員室、門柱……?」
私は頭の中に校内の見取り図を描く。体育倉庫にいたはずのナニガシは、南棟に戻り、渡り廊下を渡って北棟を荒らし、そして……。
「ほのか! ナニガシは校外に出てる」
「だよねえ。門柱を壊して、また校内に戻ったとは考えにくいし。私がナニガシなら外にいっちゃうなー」
「おい、なんだそのナニガシってのは。お前たち、なにか知ってるのか」
「だって本城先生、私たちの言うこと全然信じてくんないじゃん」
「こんな事件が起こってるんだぞ。だいたい、今日はよりにもよって放送部員が全員欠席で、ただでさえ校長から不審に思われてるのに」
「本城せんせーかわいそうー」
「だれのせいだ、全く。廃部になっても責任持てないからな」
交差点を通り過ぎ、私の家の近くまで来たところで、本城先生は車を路肩に停める。
「私のうちは、もうちょい先ですけど」
「なあ、三好、仲谷、なにか知っているのなら教えてくれ」
「前、ほのかがいなくなったときにもいったじゃん。全部イチゴたちが関係してるんですよ」
「イチゴくんたち三人、異世界からきたんだよー。ナニガシっていう悪者をやっつけにきたの」
「ナニガシっていう悪者?」
「今回のナニガシは、一年一組の安藤さんから発生したんです。姿が見えないので捕まえることができなくて」
「今朝、ほのかたちが学校をサボったのは、異世界に行ってたからでー」
「安藤も絡んでるのか! そういえば安藤も今日は欠席してたな」
「あれ? 本城先生信じた?」
「信じられるわけないだろうが!」
「ですよねー」
本城先生がギアを入れ、車をUターンさせる。私の家を背にして学校の方向へ戻る。
「安藤のうちに行くぞ。どうせ安藤と結城のうちには行くつもりだったんだ」
安藤さんの自宅は、学校からは少し離れた新興住宅街の中にあった。住宅街の中をゆっくりと車を走らせる。通りに面した広い前庭で、植木に水やりをしている女の子がいる。
「あれ、安藤さんじゃない」
「え、まじで?」
学校で見る彼女とは随分と印象が違う。Tシャツにショートパンツ、ビーチサンダルを履き、長い前髪はカチューシャで上げられている。いつもの丸眼鏡もかけていない。水しぶき越しに見る彼女はつらつとしていて、なんだか別人のようだ。本城先生も少し訝しげな顔で彼女を見て、表札を確認する。
「安藤?」
「え? ほ、ほ、本城先生! 先輩たちも! どどどどどどうしたんですか」
「いや、欠席していたし様子を見に来たんだけど、元気なのなら……」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
車の窓から声をかける本城先生を見て、安藤さんは慌てて家の玄関を開ける。安藤さんのうちのガレージが開いていたのでそこに車を停め、私たちは彼女が出て来るのを待った。
「どうぞ、上がってください。でござる」
玄関から出てきたのは、丸眼鏡をかけて、長い前髪で顔半分を隠した安藤さんだった。学校で見る姿と同じだ。
「いや、親御さんはお留守なんだろう。ここでいいよ。具合はどうだ、安藤」
本城先生は、家に上がらずにウッドデッキに腰掛ける。
「たいしたことはないのですが、ここ数日ちょっとだるさが抜けなくて」
「気を悪くしないで欲しいんだけど、安藤。今日学校で発砲事件が起きたんだ。だが、三好と仲谷は、それが異世界からきた悪者のしわざだとかいってる」
「ほほう……? それは興味深い話でござるな」
安藤さんが苦笑している。全く信じていないけれど、私たちに話を合わせている、といった表情だ。
「で、その悪者は、安藤から生まれたらしいんだ。なにか心当たりはあるか?」
「そういえば、先日、放課後の教室で鼻血を出してから、声の調子が……」
にやけていた安藤さんの顔色が変わる。自分の体調の変化に、心当たりを感じているようだった。
「まじか。安藤なら否定してくれると思ってたのに。こいつらと違って意外と常識人だし」
「しんがーい。私たち、不思議ちゃんみたいに思われてるー」
「正直にいえっていうから、正直にいったのになあ」
ほのかは安藤さんちの庭木になっているブルーベリーを、勝手に取って食べている。私は本城先生の隣に座って、安藤さんの話を聞いていた。
「だいたい、クラウドイーター三人はどうして欠席してるんだ」
「ミッチくんがナニガシにやられて死んだのでー、生き返らせるために欠席です」
「もういい、真面目に聞いてた俺が馬鹿だった」
本城先生がため息をついて頭を抱える。ほのかは全て本当のことしかいっていないが、ふざけていると思われてもしかたない。私ですら、今起こっていることに現実感がないのだ。
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銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE
2016年から活動しているセルパブSF雑誌『銃と宇宙 GUNS&UNIVERSE』のnote版です。
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