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アンフォールドザワールド・アンリミテッド 20

20

 公衆トイレの鏡に映った私は、イチゴの水鉄砲の塗料で髪までが水色に染まっていた。なにかを思い出しかけるけれど、思考が言葉にできない。
「脳の混乱で真理を悟ったように思えることがあるらしいです。ドラッグの服用などで」
「きずなちゃん、麻薬とかした?」
「してねーよ」
 私は洗面所で雑に頭を洗う。体はへとへとだけど、なぜだか気分はよかった。

 *

 安西くくるのライブ映像はどこにも出回らなかった。いくつかの、写りの悪いスマホ動画がインターネット上にアップロードされたが、それらもすぐに削除された。おそらくミッチの仕業だろう。
 それでも、メジャーデビューした安西くくるの評判は悪くないようで、少しずつテレビでも見かけるようになってきた。安藤さんならこのくらい、当然のことだろう思う。

 終業式の日、私たちは放送室で夏休みの予定を立てながら昼食を食べる。
「海! 海行きたい!」
「海なら団地のふすまを開ければいつでも行けるが」
「あんな断崖絶壁じゃなくてー、もっと砂浜とか海の家とかあるとこがいいな」
「あのふすまも、いい加減に塞がないとな。フータはバイトするんじゃなかったのかよ」
「そうだよねえ、バイトもしたい。夏休みが足りない!」
 放送室に六人は狭すぎる。クラウドイーターたちは私のノートを探すという目的を忘れてしまったのか、あるいはわざと忘れたふりをしているのか、このまま卒業までここに居着きそうな気がする。
「きずな先輩、頭の調子はどうですか」
「人を頭おかしいみたいにいうなよ、ちかこ。あ、そういやいっこ思い出したんだけど」
「え、なになに? きずなちゃん」
 ホイップメロンパンを食べていたほのかが顔を上げる。
「まっくらな宇宙でさ、ほのかとちかこがいたから、それを目印に帰ってくることができたんだ」
「きずなちゃん……、泣かせることゆう」
「友情というやつですかね」
「そうなのかな。そんな気がしたんだ」
 あのライブの日以来、私はエネルギーに満ちていた。いくらでも動けるし、今ならなんでもできるような気がする。
「きずなは夏休みどうするの?」
「そうだな、私、なにか創りたい。脚本とか映画とか!」
「はあっ? まだ懲りてないの。もうやめといたら、きずな」
「以前の作品のエネルギーも、キズナニに宿ったままだしな」
「処女作にこだわるのはもうやめたんだ。いくらでも新しいやつを書けばいいんだって、気づいた」
「怖……」
「なに、イチゴ、私が怖いの?」
 にやにやしながらイチゴの顔を覗き込む。彼は少し嫌そうな顔をして、でも諦めたように小さくため息をつく。
「怖いよ」
「そっか残念。私はイチゴのこと、好きになりかけてたのにな」
「えっ、は?」
 イチゴが動揺して、たまごのサンドイッチを落としかける。
「わー、なんかきずなちゃんがバージョンアップしてるー」
「だろ? なんか今の私、無敵な気がする!」
 放送室の窓を開けて空を見上げる。雲ひとつない青空。

 夏の色をした空が、なぜだかとても小さく愛おしいもののように思えた。

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