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アンフォールドザワールド 14

14


 ミッチの撃った弾が足に当たり、ほのかを抱えたままのナニガシが体勢を崩す。続けてもう一発、肩を撃つ。それとほぼ同時に、フータがほのかを奪い返す。
「ほのかちゃん、だっかーん!」
 ほのかを抱きかかえ、フータが私のそばに戻ってくる。リバーサイドモールの建物が、今にも倒壊するのではないかというほどに、揺れ続けている。
「フータ、三人を連れて外に出ろ!」
 ミッチが私たちの方を振り返った瞬間、ナニガシがエレベーターのドアから四足歩行で這い出てくる。
 ドオン!
 ちかこのカメラから光弾が発射され、ナニガシに命中する。
「私も残ります。きずな先輩たちは逃げてください」
「……足手まといなのだが」
「この現場を撮影したいだけです。それに、たったいま私に助けられたではないですか」
 ミッチは不服げにちかこを睨み、またナニガシに向き合う。
「きずなちゃん、俺といっしょに逃げよ!」
「ちかこ、無茶すんなよ!」
 私たちは階段を降り、リバーサイドモールの外に出る。

 地鳴りとともに、悲鳴や叫び声が聞こえる。辺り一面に腐臭が漂っている。
「なんだ、これ……」
「うわあー、まじかー。これが三体目……」
 フータは途方に暮れて、リバーサイドモールを見上げた。
 建物を覆っていた白いシートが破れ、灰色の霧が漏れ出ている。建物から少し離れると、リバーサイドモールの全体像が見えた。地上十階くらいはありそうな建物から、巨大なナニガシが出てこようとしているのだ。その様はまるで、繭から蛾が羽化する姿を彷彿とさせた。
「ちかこ、こっちの方を撮影したかったんじゃないの」
 対岸のオープンカフェから、野次馬がスマートフォンを掲げている姿が見える。工事現場から、作業服を来た人々が橋を渡って向こう岸に逃げていく。

「完全に出現しちゃう前に止めないとやばいかも。きずなちゃん、ほのかちゃんのことおねがい」
「わあっ」
 フータが軽々抱き上げていたほのかを受け止めると、想像よりも結構重かった。
 フータは巨大なナニガシに向かっていく。私は遊歩道のベンチの上に、ほのかを寝かせる。体に付着していた綿菓子のような物体を剥ぎ取る。
「……きずな、ちゃん?」
「ほのか、大丈夫なのか?」
「うーん、なんだすごくたくさん寝た気がする。怖い夢見てたー」
「そっか」
 ほのかは、どこまで覚えているのだろうか。きっと、恐怖の数日間を過ごしたに違いない。それを想像すると胸が痛くなった。
「ごめん、もっと早く助けてあげられなくて」
 ベンチに横たわるほのかの、髪についた白い糸をそっと取り除く。
「きずなちゃん、なんだか王子様みたーい。きずなちゃんがほのかの王子様だったら良かったのに」
「バカ、なに言って……」
「大丈夫? ほのか。ひどい目にあったね」
「わあ、イチゴくんだー!」
 ほのかがむくりと起き上がる。私の背後に立っているのはおそらく、フータでもミッチでもなく、イチゴ・クラウドイーターだ。
「あんた、生きてたのか」
 私の皮肉を気にも留めず、イチゴは余裕の笑顔を返す。
「ごめんね、君たちの相手はまた後で。あいつを倒さなきゃ」
「うわあああああ!? なにあれ!」
 リバーサイドモールから出現しつつあるナニガシを見て、ほのかが悲鳴を上げる。

 破れた白い養生シートから、背中のようなものが出てきている。表皮は黒いゼリーのようで、内臓と背骨が透けて見えている。膝を抱えて座る人間のようにも見えた。その肩甲骨の辺りにくちゃくちゃになった肉の塊が、ふたつ張り付いている。ナニガシが出現するとき特有の、果物が腐ったような酸っぱい臭いが漂っている。
「あ、イチゴー。おーい」
 工事用の足場のまだ折れてない部分を登っていたフータが、イチゴに気づき片手を振る。
「でかいな、どうやって捕まえる?」
「この背中のやつ、もしかして羽かなあ。飛んで逃げられちゃうとめんどくさい」
「もぐか」
 言うが早いか、イチゴがどこに隠し持っていたのか、短剣を取り出す。モールの足場を駆け上がり、ジャンプしてその剣先を振り下ろす。
「ぎゅぎゃあぎゃぎゃぎゃぎゃあああ!!」
 巨大ナニガシが身を反らす。建物から長い腕を引き抜き、イチゴを振り払う。そのまま大きな音を立て仰向けに倒れ、その頭部は遊歩道の、私たちのいるベンチまで届く。
「いやあああああああっ! きもい! ちょうきもい!!」
「うっ……」
 ぎろり、と潰れたトマトのような眼球が私たちを睨む。地面がナニガシの体液で湿っていく。
「やばい、思ったより硬かった。全然切れなかった」
 イチゴがよろよろと立ち上がる。
 仰向けで、上目遣いで私たちのことを見ている黒く巨大な顔面。まだ出現したばかりで乾いていないのか、それともこういう姿なのか、黒く半透明の皮膚の下に、血管や筋肉が這う様がありありと見える。
 イチゴを払った方の手が、私たちの元に伸びてくる。異様に長くて骨ばった、でも人間に似た五本指の手。
「来るなあああっ!」
 ほのかの前に立ち、ノートで作ったメガホンに大声で叫ぶ。光弾が眉間に命中したナニガシは、低い唸り声を上げ、両手で顔を覆う。
「きずなちゃん、ほのかちゃん、避けて!!」
 フータがモールの四階あたりから飛び降りる。右の拳がナニガシの腹部を打つ。
「ぐぎゅあああああっ!」
 仰向けだったナニガシが、身をよじり腹をかばう。逃げようとするが間に合わず、私はナニガシの下敷きになった。

15へつづく

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