『インタビュー』木村俊介 ミシマ社
「静かには見えながらも暴力や時代の矛盾のようなものにさらされている姿」を内側から訊くことに、インタビューによる取材の可能性を感じている、、、」(P69)
インタビュアー・木村俊介の書き下ろし『インタビュー』(ミシマ社)は、不思議な本だ。木村俊介には『仕事の話』(文藝春秋 2011年)、『料理の旅人』(リトルモア 2012年)などのインタビュー集がある。『インタビュー』はインタビューの入門と解説の本、といえばそうなのだが、これを読んですぐに上手にインタビューができる、とか、どのような質問をすれば良いかお手本が書いてある、とか、そういうことではまったく、ない。それどころか、1ページ、1ページ、名言に溢れているのに、全体としての構成はゆるやかで、章立すら良く見ないと気が付かず、とらえどころがない。
実践的なアドバイスを求めて買ったのにな、と思いつつ300ページに及ぶ本を、とにもかくにも通読した。するとその後、人の話を聞くたびに、局面、局面で、ちっともアタマに入っていなかったはずのこの本の内容が、ああ、こういうことだったのか、と浮かぶのだ。
実はほぼ一ヶ月間、必要があって編集やDTPの本を読んでいた。編集について語った本はベテラン編集者が書いたものが多く、精神論だったり、思い出話だったりして、正直、役に立つものは少ない。編集という仕事は職種というよりも技能だからかもしれない。その中で木村俊介『インタビュー』は、読んだ直後は、何の役に立つのかさっぱり分からないのに、仕事、日常生活を問わず、誰かの話を「聞く」という作業をするたびに、内容の断片が頭に浮かんでくる、不思議な本だ。
「『よく見せたい』とするドーピング的な加工は、『ちょっとした情報もすぐに拡散し、ひどく傷つけられたり利益が損なわれたりもするネット社会ならではの状況』ともいえるのかもしれない。」(P178)
興味を示しつつも、聞き続けること。それは究極の受け身、すなわち植物というだ。そして問いかける。問いかけ、とはインタビュアーの視点を介在させることだ。それに対する反応もただ、受け身となって記す。植物になること。これがインタビューの極意にして、捏造に溢れた現代への解答なのだ、と思った。