追悼POP UP SHOPは起こるべくして起こった事故だったんだよ。100日後に死ぬ(❌️)ネズミがそう教えてくれた
100日後に死ぬワニの続編、100日後に死ぬ(❌️)ネズミが完結した。
あまりにも酷い漫画であった。
私は100ワニのことをかなり凄いと思っている。雑な商業展開で炎上したことを勿体ないと悲しんでいた。
しかし、それも過去の話。今回の続編で失望した。
(本記事は100ワニ・100ネズミの投稿を随所に貼り付けているため、Twitterアプリ内のブラウザで読んでいる場合は注意してほしい。)
100ワニを振り返る
100ネズミの話に入る前に、まず100ワニの話をさせてくれ。
100ワニの炎上を覚えているだろうか。最終回の直後に展開された余韻ぶち壊しの商業展開のことを。あの炎上で誰も100ワニの話をしなくなった。あれだけ盛り上がっていたのに。
いや、正確には今に至るまでしばしば100ワニの話を見かけることはあった。しかし、それは作品についてではなく、炎上の理由であったり商業展開の是非であったりと作品の外の話題であった。100ワニは「儲けようとしただけで炎上するのはおかしい」というズレた議論を引き起こすだけの存在と化してしまった。
リアルタイム性のある、「あのとき」の盛り上がりを誰も語り継がないのは勿体ないと思いませんか。
だってそうでしょう。あの日遅れた20分に皆が動揺し、最終回のRT数は60万を超え、きくちゆうきのフォロワーは200万を突破。その後100日後に…の形式を用いたフォロワー作品も多発した。
あれだけ凄かった漫画の話をもう誰もしないなんて。悔しいよ、俺は。
というわけで、100ワニの何が凄かったのか改めて振り返りたい。
見ろ。普通の4コマとして読んだらありえないくらいの虚無4コマ。これを残り時間の表示を加えることで面白さを生んでいる。
ただの日常描写を見るだけで読む人にじれったさを覚えさせる。魔法の一言「死まであとn日」。世紀の大発明である。
序盤は死にまつわる話題が頻繁に入ってくる。日常に何気なく現れる「死」という言葉の意味も変わってしまう。他人事じゃないんだよワニくん。
まあ、こいつら人じゃないけど。
雲ぶとんの予約待ちや映画の続編など、ワニには訪れない未来の話もちらほら。序盤はこのように「時間の浪費」「死」「未来」を意識させる作りになっている。
クリスマスや大晦日など季節ネタを混ぜてくる。読者と同じ時を生きていることを実感させ、その日のワニの一瞬を垣間見ているようなリアルタイム性を確立させた。そして、これがワニにとっての最後の年越しになるという儚さもある。
季節ネタは他の漫画でもよくあるが、この漫画には特に効果がある。「100日後に死ぬ」、発明すぎるだろ。
中盤から、読者と同期させた時間軸を活かし、ストーリーが動き出す。これは好きな人に悪く思われていると知って引きずる様子。1日という時間経過が加わることで重みが増す。
こちらも時間経過を活かしたイベント。明日告白するだと!?
そりゃ気になりますよね。
うおおおおおお成功!!!この一体感ですよ。
当然ワニの告白イベントも時間経過を活かしている。断片的な情報で追う他人の恋愛。みんなの恋バナ、100日後に死ぬワニ。
段々と死が近づいて来る終盤。ここまでで頻繁に差し込まれたワニのいいヤツエピソードに加え、ワニの夢の始まりを描くことで、ワニの死への期待を高めていく。優しくて未来あるワニに死んでほしくないと思う者も多かっただろう。そして死んでほしくないからこそ、死を待ち望んでいたことだろう。
あるわ。こういう、喧嘩未満の妙な気まずさ。それを上手に描いている。もう残り時間は少ないのに気まずくなってていいのか??と読者の不安を煽る。
そして慈悲である。その前の日にはネズミとの和解も果たしてある。
これで心置きなく死ねるな。
いい笑顔。
そして死。初日を除き毎日19時に投稿されていたが、20分遅らせての投稿。ネズミたちと状況をシンクロさせつつ、話題性を極限まで高めた。
そのとき既にワニは死んでいた。物となったワニの体。死を理解していない様子のヒヨコ。この呆気なさが死なのだろう。誰もが期待したワニの死をよく描き切ったと思う。
かいつまんで振り返ったが、どうだっただろうか。改めて読むと中身が無いようで結構ある。100ワニはかなりよく出来た作品である。
なーんで追悼ポップアップなんかやったかなぁ。商業展開で関わる人数が増えて作者のコントロールが効かなくなったんやろなぁ。
このときの俺は100ワニを悪しき商業展開の被害者だと思っていた。
100ワニの話はここまで。
ここからは問題作、100ネズミの話をしていく。
本当はつまらなかった漫画の話なんて長々と語るものではないが、100ワニを楽しんだからには酷い続編に「酷い」と丁寧に述べなければならないのだ。
100ネズミ連載開始前
時は遡ること100日前。
100ワニの続編を描く気があったのかなかったのかハッキリしない文章と共に、100ワニの続編をやるという告知があった。
正直、今更?とは思った。
この5年間で、『100日後に打ち切られる漫画家』、『100話で心折れるスタートアップ』、『100日後に退職する47歳』、『100日後にクビになるPMインターン』、『100日後に輝く地雷系』…など、知見があって面白い職業系100日モノがいくつも生まれた。100日形式に当時のような新鮮さはもう無く、話自体が面白いことはマストになった。100ワニ同様の日常系では難しいだろう。ついでに言えば、今のTwitter漫画のレベルはナガノがはちゃめちゃに引き上げてしまっている。
やれんのか?100ワニの続編が。
いや、やれるんだろう。だって今回はバックに出版社がついている。勝算があってのことだろう。
ついに来たか。100ワニが再評価される日が。
そんなことを思いながら、不安と期待が混ざった100日が始まった。
結論から述べると、期待を完全に裏切られた。原義だ原義。悪い意味に決まっている。
100ワニの良い点を総括すると
・「死」という期待できる結末を活かした内容
・100日間を並走するリアルタイム性
・1日という時間経過を活かした表現
である。
しかし、100ネズミにはそれが継承されていない。
では100ネズミならではの良さがあるのかと言われるとそれもない。
期待を煽って何もしない。マジの虚無漫画。雰囲気だけ良い感じにしてあるが、中身がない。キャラ同士の干渉が乏しく、多数のキャラを登場させた意味がまるでない。
ここからは100ネズミを粗くまとめつつ、100ネズミでキレたポイントを述べていく。別に俺はファスト映画的なことをしたいわけではないので、あらかじめ100ネズミを読むことを推奨する。
タイトル
もう始まる前から既にツッコんでしまったが、死ぬ(✕)って何?
死なないんだろ?何を期待しろと。
期待された結末に向かって考察したり一喜一憂したりするのが100日形式の強みである。その結末をフワっとさせるのは面白くない。
✕の意味とは?最終日に何が起こるんだろう?という点が気にならなくもないが、でもどうせ死なないんでしょ、という気持ちにかき消される。
100日後に死んだら終わりのワニに対し、100日後に死ななかったら終わりって意味が分からないだろ。何をもって終わりとするんだ。
まあ、100日間生きたワニ(映画版のタイトル)も大概意味不明だがな。
プロローグ
読みづらい。クロスカットとモノクロの用い方が謎。映像ならそれっぽいかもしれないが、この16コマの漫画だとちょっと困惑する。
今作はこのように4コマ漫画としてどうなの?という回が何度もある。
ついでに言えば、ワニの死の瞬間を描かなかったのは美学だと思っていたが、それも覆してきた。連載前からもう不安でいっぱいである。
100ネズミ序盤
遅すぎる最序盤の展開
謎の回想からスタート。あれ、まだプロローグだったんかな。まあ1日目だしな…
2日目。今のところ全てに文句言ってるけど、これ何?いつの話?100日もう始まってんの?
プロローグでやりなさいよそういう回想は。
2コマ目のヒヨコも割り込んでここに入れるほど必要とは思えない。プロローグ同様の謎演出である。
どういうこと?本当に。新キャラ5人出して「みんな」って。時系列も分からない。いつの話なんだ。これは「3日目」だろ???
また、2日目2コマ目、3日目4コマ目はプロローグ2本目でも使われていた。
脈絡なく二度も差し込まれたこの2コマ。伏線を張るにしてももう少し自然にできないものか。
ようやく4日目から元気のなさそうなネズミを描いて話が始まった。
本編とは関係ないが、作者が「これの元ネタあるんだよ~」と言わんばかりに100ワニのRTをしてくるようになった。これ以降も作者は100ワニネタが入るたびに該当の回をRTしている。うるさい。
8日目。本当にコレは酷すぎる。タイトルも内容もメタすぎる。「犯人はこの中にいる!!!」と作者から直接伝えられるとは…
9日目、昨日と被ってますやん。バラバラの4カットを情報伝達のためだけに作為的に並べて4コマ漫画と言い張るのをやめてほしい。
また回想。コロコロ視点も変わるし時系列も変わるし、コレは一体何の話なんだ。11日目だぞもう。
序盤はかなり酷かった。「100日で描くな、100日を描け」と毎日憤っていた。ネズミの100日を描く気が感じられない。100日形式で、100日後に死ぬ(✕)ネズミというタイトルで、これは期待外れも良いところである。
単にその後を描きたいのなら100日形式である必要も4コマである必要もない。群像劇ならなおさら。4コマで群像劇ってめちゃくちゃ難しいと思うよ。
その後は元気のないネズミやセンパイ(彼女ワニ)の描写を中心に描かれていく。最初からそれをやってほしかったが、ようやく残された者を描く話になってきた。
ヒヨコ
持ち直したあたりでこれである。めっちゃ懐いてますやん。このヒヨコがワニを殺したわけだけど、分かってんのか?
ノンデリすぎモグラ
ノンデリというか、ジョークがキモすぎる。こういうところですよ、追悼ポップアップの香りが漂っている。
ここまでで、内容はさておきモグラは何度もネズミを励ましている。しかし、ネズミはずっと落ち込んでばかり。話の1/3ほどが経過したもののあまり話に動きはなく、新キャラがどのように関わってくるのか、ネズミ・彼女ワニがどのように立ち直るのかが見えてこない。この先の展開が気になるところ。
ちなみに、彼女ワニが職場の既婚者に絡まれたり、ネズミの同僚・ウサギの彼女がアレだったりはしている。
これらのサブイベントにも注目だ。
引っ張った割に何もないサブイベント
注目しなくていいです。サブイベントについて述べてしまおう。ちょっと時系列が飛ぶが、マジで何もなかったので先に終わらせたい。
先ほどの不倫犬は何ももたらすことなく退場する。解決策は同僚任せなので、「彼女ワニが自分できっぱり断って前に進んでいく…」的な話の踏み台にもなっていない。
結構話数割いていたと思うんだが、一体彼は何だったんだろうか。
そしてウサギ猫カップルだが…
プロポーズ→保留→羊からの説得→別れるかもな~
からの承諾!
何があったんだ一体。
犬ウサギ猫の話はこれで終わり。虚無。
残りの問題を抱えているキャラは
何かあったオオカミ
好きな人が死んだ羊
そして、彼女ワニ・ネズミの4人だ。
では中盤を振り返る。
100ネズミ中盤
中盤はこれまでより話が動く。
ネズミの拒絶。
羊とネズミの急接近。
そしてオオカミの子どもであるトカゲが自転車の手放し運転によって事故って入院。
まあこの辺は特に気になるところは無い。今のところは。
いや、無いわけではないが、このあとの問題に比べれば些細なことだ。
ワニの死の真相とヒヨコの曖昧さ
衝撃展開!!!!
のつもりなのだろうが、ここで曖昧にしてきた世界観のツケが回ってきた。
ワニの死因はヒヨコを助けたことによる自滅、オオカミは直接轢いてはいないものの避けようとして事故ったことが判明。この4コマだと状況が分かりづらいが。
ワニの自滅にツッコむ前に、ここでクイズ。
この世界におけるヒヨコは次のうちどちらでしょう?
1.現実世界における人間
2.現実世界におけるヒヨコ
ヒヨコは一語文しか喋ることができず、100ワニの描写からしても人間並みの知性があるようには思えない。俺はこれまで2だとばかり思っていた。
しかし、66日目にはヒヨコが助けを求めているような描写がある。ヒヨコの叫びはどこまで伝わっているのか?(というか想いと感謝ってタイトル何?美談なの?)
そもそも、ヒヨコがただの動物だとしたら、それを助けようとして飛び出して勝手に死んだワニは迷惑なアホということになってしまう。
答えはどうやら1っぽい。轢いたら重罪らしいので(65日目3コマ目)。
一旦1であると仮定する。
となると、やはりワニの死因がヒヨコであることをネズミは知っているのか?7日目の様子から、ワニの死を間近で見てしまった、くらいのことは知ってそうだが…
謎というか、シンプルにノイズ。何なんでしょうかこれは。
何もわからない。
野生動物のように自由な振る舞いが許され、人間のように法に守られる存在、ヒヨコ。人間世界では考えられない状況が読者を置いてきぼりにしている。
まあ、ヒヨコは無視して、オオカミとネズミがどう繋がっていくかに期待するとしよう。
ここからずっとネズミが落ち込んでいる描写が続く。彼女ワニと話したり、羊と話したりする中で一瞬は前を向こうとしていたが、いざ幸せになろうとすると罪悪感で気分が沈んでしまうようだ。
74日間、多少の浮き沈みはあれど、一貫してネズミの鬱描写が続いていた。サブイベントが軽んじられているのも、実はどうでも良いことだからなのだろう。群像劇に見せかけて結局はネズミの苦悩とそこからどう立ち直るかが主題なのだ。
そしてついに今作品で最も酷い回、75日目の話をするときが来た。
75日目
軽すぎる。
74日かけて鬱描写を丁寧にやってきたのが台無しだ。こんな言葉でどうしてすぐに笑顔になれるんだ。せめて咀嚼してくれ。
いまこそ、時間経過を活かして立ち直る様子を描くべきなんじゃないのか?次の日モグラの言ったことを反芻して、次の日モグラに謝って、それから少しずつ前を向き始めるんじゃないのか?
「たしかに」じゃあないんだよ!!!!!!!!!!何のための100日形式だよ!!!!!!!!!!!!!!!
俺は最初期待したよ。不意打ちで16コマ流れてきて、こういう変化をつけてきたことに感動した。それがなんだ。全く活きていないじゃないか。
しかも会話がまるで噛み合っていない!雰囲気で良い感じにしようとしているが何も噛み合っていない!
ネズミ「楽しんでいる自分が嫌だ」→モグラ「楽しいことあるぞ」
ネズミ「ワニも楽しみたいと思っている」→モグラ「ワニはかっこいいことをした。俺等もかっこよく生きよう」
なにこれ。モグラのバカさ加減に救われました的なアレか?クレヨンしんちゃんじゃねぇんだぞ。
これまで通り「今」と「自分」を大切にしろという話をすればいいのに、ワニの美談を入れたい欲が強すぎて訳のわからん励まし方になっている。自分のために生きるかっこよさと他人のために身を挺するかっこよさは別の話だろ。なんなら逆ですらある。
なーにが「友達のために動いた」だよ。
…ん?
なぜそれを知っている?
ネズミたちはワニの死の真相を知っている???
ヒヨコから全て伝わっていたのか。つまり、ネズミは分かっていて、ワニを殺したヒヨコと住んでいるのか。気持ちが悪い。
何なんだよこの漫画は。
どうやら、きくちゆうきは人を納得させようという気がないらしい。この話を読んでよく分かった。
だから追悼ポップアップショップなんてフザけた企画にもOKが出せるんだ。
このあとネズミは本当に元気になった。もう知らん。
残りは羊と彼女ワニとオオカミ。終盤どのように話が閉じられていくのかを振り返る。
100ネズミ終盤
トカゲ
とくに問題は抱えていなかったが、腹が立ったので軽く触れる。
ネズミはトカゲにワニの姿を重ねており、ワニの遺品のコントローラーを譲った。
しかし、このトカゲは手放し運転で自転車を壊すし、病院でわがまま言うようなクソガキである。ワニと重ねるのは無理があろう…
緑の爬虫類だったらなんでもええんか。
羊
付き合うまでの過程はろくに描かれず、付き合いたては詳細に描かれている。よく知らんカップルなんて生々しいだけ。
あ、いや一応きくちゆうき先生が直々にまとめた馴れ初めもあるにはあるんだが…
うむ。羊が勝手に沼ってるだけだな。
少し先の話だが、死んだ好きな人のエピソードも深堀りすることなく纏められている。完全に忘れていたよ。
大事な人を亡くした者同士というネズミとの共通項を設けた理由はあったんでしょうか。このタコはただのミスリードだったんでしょうか。
もう羊もどうでもいい。ネズミと勝手に幸せになればいい。
ちなみに、このあとも何度か別のキャラの発情シーンがある。正直このほんわかした絵柄でやられるのは気持ちが悪い。
彼女ワニ
こちらも何故かケジメを付けている。本当に何があったのか全然わからない。78日目にネズミと羊のカップルを見ているが、それに背中を押されたとか?
これ、俺の読解力の問題なんかな。描写が無さすぎて彼女らに何があったのか分かんねぇんだわ。
4コマ目でワニの形をした雲を再び出すあたりは良い表現だと思うが、中身がないので意味がない。
もうオオカミしか信じられない。オオカミだけが唯一の希望である。
加害者(厳密には違う)という属性を与えたからには、何かしらネズミとの絡みがあるはず。
オオカミ
2コマ目の密度が終わっているのだが、それはさておき…
事故を恐れる割にはトカゲの手放し運転をやんわりとしか咎めていないことの整合性の取れなさもさておき…
ついに2人の会話シーンが訪れた。しかし、この時点では2人の間に何も起きていない。ラジオの話をしているだけである。お互いワニの事故という接点があることを知らない。
でもヒヨコはどちらも知っているはず。残りの一週間でヒヨコがどう動き、加害者と被害者遺族(厳密にはどっちも違う)がどう絡むのか、それだけが最後の希望だった。
次にオオカミが登場したのは97日目。
車校に通っとるやないか!!!!!!!!!
ネズミのラジオの引用が効いたのか、もう前を向いているのである。あんだけボロボロに泣いていたのに!!!
しかも1コマだけ!
これで全員分の悩みが解決しましたとさ!クソ!
まとめ
ネズミ→ずっと病んでいたがモグラの微妙にズレたワニ語りによって回復
モグラ→ノンデリでアホだが、ある意味ブレがなく今作唯一の良キャラ
ウサギ→プロポーズしてただけ
猫→別れようとしたけど何故か最終的にはプロポーズを承諾
羊→好きな人は死んだけど、それはそれとしてネズミが好き♡
犬→ナンパしてただけ
彼女ワニ→気付いたら吹っ切れていた
オオカミ→人を殺した罪悪感はラジオを聞けば治る
トカゲ→見た目は似てるのでワニの後釜ね
ヒヨコ→お前いつまでヒヨコやねん
100日目
ほら!やっぱりトカゲはクソガキじゃないか!ヘイヘイじゃねぇよ取り上げるぞ!
最後はワニが助けた命にネズミが助けられ、改めて前を向くというオチ。結局死なない。
死に✕が付いていたのは一語文しか喋ることの出来ないヒヨコの知性が反映されていたからであった。
最終話だけ見たらそこまで悪くないとは思う。100ワニの続編だからできる内容であり、ここに至るまでの過程がきちんとしていれば感動できたのかもしれない。
しかし、もはや最終日の出来で覆せないほどの悪印象がついてしまっていた。
ネズミが何を思ってヒヨコと接してきたのかが描かれていないので、4枚目で「ワニが(間接的に)助けてくれたんだ!」と説明されても何も感じられない。それをやりたければ、猫とウサギの恋愛などという全く関係のない話を捨てて、ヒヨコとの出会い(再会?)を丁寧に描くべきだったように思う。
終着点は100ワニの続編にふさわしいテーマだっただけに、間がグチャグチャだったことが悔やまれる。
羊やオオカミの設定が十分に活かされておらず、最後のカギとなったヒヨコに至っては設定が曖昧であった。これらをクリアすれば100ワニの続編・100ネズミならではの面白さが味わえたのではないかと思うと惜しくて仕方がない。
この作品には読者からどう見えるかという視点が大きく欠如しているように感じる。作者の頭の中では話が繋がっているのかもしれないが、あの4コマ漫画では圧倒的に描写が不足している。
100ワニと同じ形式で複雑な群像劇を描こうとしたことで、100ワニの良さは消え去り、100ネズミ独自の面白さも発揮できないという悲しい結果を生んでしまった。
と、少し擁護してみたものの、まあ、5年の時を経て出版社とタッグを組み、満を持して出された作品がこれなら、これが限界なのだろう。
これで悪しき商業展開の犠牲者100ワニに対する同情は完全に消え去った。100ワニ本編以上のことをすれば客観性を欠いたつまらないものが生まれるのだ。あのとき100ワニが商業展開に成功し、名作として語り継がれる未来など最初から無かった。
楽しかったよ、100日後に死ぬワニ。さようなら、100日後に死ぬワニシリーズ。
101日目(2024/11/30追記)
100日後に死ぬネズミには幻の101日目が存在していた…
ワニには無かった101日目を描き、これからも生きていくネズミを印象付ける終わりとなった。
残念ながら終わり良ければ全て良しとは思えないが、このサプライズは素晴らしいと思う。
もっと良い続編が読みたかったです。お疲れ様でした。