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日々短文日記 〜20190826〜
午前中にパスポートを受け取りに行き、午後から夕方まで大学で楽器の練習。帰ってから2時間ほどだろうか、気づいたら寝ていた。(8/26時点)
楽器の練習時間が確保できる日だったので、
今日も吹こう!と僕が教室に行くと、
団員の1回生が練習をしていた。
この人たちを見ると考えさせられる。
本来活動は長期休暇の扱いで行われていないのに、
自主的に練習に来るのは何故なのだろうかと。
若い、見ていて若い…
あの頃に戻りたいという人の気持ちが実に共感できるくらい若さという暴力を僕の存在にたたきつけてくる。
顔を合わせたら僕には直視できないような純粋で
キラキラとした眩しい目で話をしてくれる。
真後ろで遅れを取り戻そうとひたすらに基礎練に励む21歳の大学4年生とは別に、前で夢中になって曲練習をしている18,19歳の大学1年生たち。
あの人たちは音楽が好きなのだ。
吹奏楽が好きなのだ。
『すごいね、休みでしょ今?
練習自主的に来るなんて…』
という僕のさりげないセリフに対して
『好きですからね〜!』
の一言。
この時僕はこの上ない事実の根拠である一つを
自身の心の中で得てしまった。
人間の努力は夢中には簡単に敵わないのだなと。
どれだけ考えて集中してトレーニングに励んでいも、あれだけ楽しそうに楽器から音を出されたら僕はもう何も太刀打ちできそうにない。
何を武器に吹奏楽というフィールドで戦えばいいのだろうか。考えに考えて練習していた自分を褒めていた自分に対してあらゆる疑問が突きつけられる。
忘れていた。
音楽に楽しさを見出していたあの頃を
半年という短いようで長いような時間で僕はどこかに置いてきてしまっていたのだなと気付かされた。
楽器のコントロールが効かなくなった今を過去の
栄光に近いものへ塗りかえようとただただ
ひたすらに虚無を抱えて吹き続けていたんだなと。
彼らを後ろから妬みや嫉妬の感情なく見つめることができるようになった時、僕の楽器に対する身体の反応も変わってしまったので、多分そういうことなのだろう。
『好きこそ物の上手なれ』とはまさにこういうことなのだろうなと再認識させられる。
己の感覚を信じて、ただただ真っ直ぐ進み続ける
人たちに久しぶりに出会った。