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第5話:海に眠る手紙
灯台から戻って数日後、私は再び海岸を歩いていた。潮風が心地よく、波打ち際を歩くたびに足元に水が触れる。その感覚が好きで、何か新しい発見があるんじゃないかと期待しながら足を進めていた。
「また、何か見つける気か?」
蓮が少し後ろを歩きながら声をかけてくる。
「そうかもね。こういうの、感じるのよ。」
「感じるって便利な言葉だよな。」
呆れたような彼の声に笑いながらも、私は目を凝らして砂浜を探していた。
ふと、波が引いた瞬間、キラリと光るものが目に入った。砂に埋もれた瓶。それを見つけた瞬間、胸が高鳴る。
「蓮、見て!」
私は急いで瓶を拾い上げた。透明なガラスの中に、何かが詰められている。それは間違いなく手紙だった。
「まさかまた手紙かよ。」
蓮が驚きながら瓶を覗き込む。海水で少し曇った瓶を慎重に開けると、中から巻かれた紙が出てきた。紙は古びていて、一部がかすれていたが、なんとか文字が読み取れそうだった。
手紙を広げると、そこにはまた短い文章が記されていた。
「君を忘れたことは一度もない。
それでも、この思いをここに残す。」
その言葉に、私も蓮も黙り込んだ。手紙の文面から感じる切なさが、胸を締め付ける。
「これ、翔太が書いたのかな。」
私がつぶやくと、蓮は手紙をじっと見つめたまま答えた。
「可能性は高いな。これ、灯台のあたりから流れ着いたんじゃないか?」
瓶が埋もれていた場所は、灯台のある大津島からそれほど遠くない。波に運ばれ、ここに流れ着いたのだろうか。そう考えると、この手紙がどれだけの時間を経てここに辿り着いたのか、想像するだけで鳥肌が立つ。
「君を忘れたことは一度もない…。」
私はその言葉を繰り返した。翔太が千尋に伝えたかった思いが、痛いほど伝わってくる。
「これが彼の本心だったんだろうな。」
蓮が静かに言った。その声には、彼自身もこの手紙の重さを感じているようだった。
その日の夕方、私たちは図書館へ向かった。手紙とともに、翔太と千尋に関するさらなる手がかりを探すためだ。戦後間もない頃の新聞記事や地域の資料を漁るうちに、ある記事に目が留まった。
「灯台の約束:若い男女の物語」
その記事には、翔太と千尋と思われる二人のことが簡単に書かれていた。
「彼らはこの灯台で別れを告げた後も、それぞれの思いを胸に秘めていたという。」
「翔太は、戦後の復興に向けて東京へ渡り、千尋は故郷を守る道を選んだ。」
「結局、会えなかったのかな。」
蓮が記事を読みながら言う。
「でも、彼らの思いはここに残ってる。そう思いたい。」
図書館を出たあと、私たちは砂浜に戻った。夕陽が海を染め、潮風が穏やかに吹き抜けていく。蓮と並んで波打ち際に座りながら、手紙を静かに見つめていた。
「ねぇ、蓮。」
「なんだ。」
「もし、私たちがこんな風に別れることになったら、どうする?」
「急にどうした?」
「なんとなく…。」
蓮は少しだけ考え込むようにして、それからぽつりと言った。
「別れる理由があるなら、それを受け入れるしかない。でも、忘れることはないと思う。」
その言葉に、胸がきゅっと締め付けられた。蓮がこんなふうに真剣に話すのは珍しいから、なおさらだった。
手紙をもう一度見つめながら、私は言った。
「この手紙も、きっとそういう気持ちだよね。忘れられないけど、どうすることもできない。だから、ここに残したんだと思う。」
「あぁ、そうだな。」
蓮が静かに頷く。
翔太と千尋の物語。その一部がまた明らかになったけれど、まだ謎は多い。でも、この手紙が見つかったことで、二人の思いがどれだけ深かったのかを知ることができた気がする。
「またここで会おう。」
手紙に込められたその約束は、果たせなかったのかもしれない。でも、翔太と千尋の物語が私たちをこの場所に導いてくれたことは間違いない。
「蓮。」
「ん?」
「私たちも、この場所で約束しようよ。どんなことがあっても、またここに戻ってこよう。」
「またそれかよ。でも…まぁ、いいだろう。」
蓮のその答えが嬉しくて、私は夕陽に向かって微笑んだ。
海に眠っていた手紙。それが教えてくれた二人の思い。その思いを未来へ繋げるために、私は蓮と一緒にこの物語を追い続ける。
次回予告
第6話:動き始める気持ち
手紙の謎が徐々に解ける中、蓮と美咲の心に少しずつ変化が訪れる。灯台の約束が、二人の未来をどう変えていくのか――。