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第4話:大津島の灯台

「着いたね。」
船を降り、潮風に吹かれながら私は蓮に言った。大津島の空気は思ったよりも澄んでいて、青い空と海のコントラストがまるで絵葉書のようだった。目指す灯台は島の高台にあり、遠くからでもその白い姿が見える。

「これを登るのか?」
蓮がため息混じりに見上げるのは、灯台へと続く急な坂道だった。
「当たり前じゃん。ここまで来たんだから。」
「お前のやる気には頭が下がるよ。」

苦笑いしながらも歩き出す蓮。そんな彼の後ろを追いかけるようにして、私たちは灯台へ向かった。


坂道を上りきると、そこには想像以上に立派な灯台があった。その存在感に一瞬息を呑む。白い壁面が夏の日差しを反射し、青い空にそびえ立つその姿は堂々としていた。

「ここだね。」
私は写真を取り出して確認する。写真に写る灯台と、目の前の灯台が完全に一致している。

「二人はこの場所で何を話したんだろうね。」
「それを知るためにここに来たんだろ。」
蓮が肩をすくめながら言う。私たちは灯台のふもとにあるベンチに腰を下ろした。


しばらく周囲を観察していると、古びた小屋の扉がギシリと音を立てて開いた。そこから出てきたのは、杖をついた小柄な老人だった。私たちに気づいたのか、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

「こんにちは。」
私が挨拶をすると、老人はにこりと笑った。
「こんにちは。珍しいね、若い人がこんな場所に来るなんて。」
「実は、これを調べに来たんです。」

私はまた写真を取り出し、老人に見せた。彼は写真を手に取り、じっと見つめると、懐かしそうな顔をした。


「これは、随分と昔のことだね。この灯台でよく見かけた二人だよ。」
「本当ですか!」
私が食い気味に聞くと、老人はゆっくりと頷いた。

「男の子は翔太という名前だった。静かな子で、いつも何かを考えているようだったよ。女の子の名前は確か千尋だったかな。明るくて、周りをパッと照らすような子だったね。」

その言葉に、胸が熱くなる。この灯台は、二人にとって特別な場所だったのだ。


老人は続けた。
「最後に見たのは、二人がこの灯台の下で話していたときだ。千尋が涙を浮かべて何かを話し、翔太は黙って聞いていた。そして、彼がこう言ったのを覚えている。」

老人は一呼吸置いて、静かに言った。
「『またここで会おう』と。」

その言葉に、私は息を呑んだ。手紙に書かれていた言葉が、ここでも語られていたなんて。蓮も黙ってその言葉を聞いていた。


「それで、そのあと二人はどうなったんですか?」
「分からないよ。それが二人を見た最後だったからね。ただ…翔太はその後もここに一人で来ていたみたいだ。」

「一人で…?」
「そうだ。千尋が去ったあと、翔太はしばらくこの灯台に通っていた。でも、ある日を境にぱったり姿を見なくなったよ。」

老人の話に、胸が締め付けられるようだった。翔太と千尋が果たしたかった約束。それがどれほどの重みを持っていたのかを想像せずにはいられなかった。


「この灯台が二人にとって特別な場所だったんですね。」
私がそう言うと、老人は小さく頷いた。
「そうだろうね。この場所は、人の思いを受け止める場所でもある。だから、きっと二人の思いもまだここに残っているのかもしれない。」

その言葉に、私は手紙をぎゅっと握りしめた。この手紙が示すものが何なのか、まだ完全には分からない。でも、二人が交わした約束を見届けることが、私たちの使命のような気がした。


灯台を後にした帰り道、私は蓮と並んで歩きながら言った。
「ねぇ、蓮。」
「なんだ。」
「私たちも、この場所に戻ってこようよ。たとえ何があっても、またここで会おうって約束しよう。」

蓮は少し驚いたような顔をして、それから小さく笑った。
「分かったよ。またここで会おう、だな。」


船に揺られながら見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。灯台で聞いた老人の話を胸に刻みながら、私は翔太と千尋の物語を最後まで追いかける決意を新たにした。


次回予告

第5話:海に眠る手紙
新たな手がかりを追う美咲と蓮。海辺で偶然見つけたもう一つの手紙が、二人をさらに過去へと引き寄せる。二人の物語は、新たな局面を迎える――。

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