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第1話 都会からの逃避行

「ああ、もう限界!」

藤堂凛は、PCの画面を睨みつけながら、深い溜め息をついた。煌煌と輝く高層ビル群を望むオフィス街。その一角にある、凛が勤める大手広告代理店のオフィスは、今日も慌ただしさに満ちていた。

凛は、入社以来、持ち前の負けん気と完璧主義で、数々の難プロジェクトを成功に導いてきた。クライアントからの信頼も厚く、社内でも一目置かれる存在だ。しかし、その裏では、常にプレッシャーと戦い、心身ともに疲弊していた。

「このままだと、私、壊れちゃう…」

凛は、窓の外に広がる灰色の空を見つめ、呟いた。都会の喧騒、終わらない仕事、息苦しい人間関係…。すべてから逃れたい、そう思った。

そんな時、凛の目に飛び込んできたのは、旅行雑誌の特集記事だった。「疲れた都会人を癒す、日本の秘島」という見出しに、凛は強く惹きつけられた。

「そうだ、ワーケーションに行こう!」

凛は、いても立ってもいられなくなり、上司にワーケーションの申請を提出した。行き先は、雑誌で紹介されていた、人口わずか数百人の小さな離島。都会の喧騒から離れ、自然の中でリフレッシュし、心身を癒したい。そう願って、凛は島へと旅立った。

***

飛行機を乗り継ぎ、フェリーに揺られること数時間。凛は、ようやく目的の島に到着した。

「うわぁ…。」

凛は、思わず息を呑んだ。目の前に広がるのは、エメラルドグリーンの海、白い砂浜、そして緑豊かな山々。都会の喧騒とは無縁の、静かで穏やかな風景が広がっていた。

「ここなら、ゆっくり休めるかも…。」

凛は、安堵の息を吐き出した。

予約していたコテージは、海辺から少し離れた、緑に囲まれた静かな場所にあった。木造の可愛らしい建物は、凛の心を和ませてくれた。

荷物を置くと、凛は早速、ノートパソコンを開いて仕事に取り掛かった。しかし、Wi-Fiの電波は弱く、なかなか繋がらない。

「ええっ、嘘でしょ…。」

凛は、イライラし始めた。都会では当たり前のように使えていたものが、ここでは使えない。不便さに、凛は苛立ちを募らせていった。

「ちょっと気分転換しよう…。」

凛は、ノートパソコンを閉じ、コテージを出た。海辺を散歩したり、カフェでコーヒーを飲んだりしながら、島の雰囲気を味わった。

すると、カフェのテラス席で、一人の男性が目を引いた。30代前半くらいだろうか。穏やかな顔立ちで、優しい笑顔が印象的だ。彼は、ノートパソコンに向かいながら、時折、遠くの海を眺めていた。

「あの人、なんか雰囲気違うな…。」

凛は、興味津々に彼を観察していた。

すると、男性は凛に気づき、笑顔で話しかけてきた。

「こんにちは。こちらにいらしたばかりですか?」

「あ、はい。そうです。」

凛は、少し戸惑いながらも、彼に答えた。

「僕は、海老原海斗と申します。この島でDeepTechの会社を経営しています。」

「DeepTech…?」

凛は、聞き慣れない言葉に首を傾げた。

「簡単に言うと、最先端の技術を使った会社です。島の自然を活かした、バイオテクノロジーの研究開発をしています。」

海斗は、丁寧に説明してくれた。

「へえ、すごいですね…。」

凛は、感心した。都会では考えられないような、斬新なビジネスモデルだった。

「もしよかったら、うちの会社を見に来ませんか? 今、ちょうど面白いプロジェクトを進めているんですよ。」

海斗は、凛を会社に招待してくれた。

「え、でも…。」

凛は、少し迷った。仕事もしなければならないし、初対面の人についていくのは少し不安だった。

しかし、海斗の優しい笑顔と、DeepTechという言葉への好奇心に後押しされ、凛は彼の誘いを受けることにした。

「はい、ぜひ。」

凛は、笑顔で答えた。

この時、凛はまだ知らなかった。この出会いが、彼女の人生を大きく変えることになるとは…。

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