キーエンスとSalesforceの営業は何故、惜しげもなくナレッジを共有するのか
今回は新卒で入社したキーエンス、前職のSalesforceで感じた、それぞれ異なる仕組みのナレッジ共有について解説をしていきます。
そもそも、ナレッジ共有について解説をしようと思ったきっかけですが、営業というと下記のようなイメージがあるという方が多いと知ったことから、いやいや!そんなことないよ!そういう会社あるかもしれないけど、そんな会社は伸びない、ということを伝えたくこの記事を書きました。
営業って一匹狼タイプの人が多いのでは?
営業は忙しすぎて他の人に教える時間がないのでは?
他の営業に教えるメリットって何?
一般的な営業組織で聞く悩みは上記なようなものですが、私の前職であるキーエンスやSalesforceは全くそのような事がありませんでした。
私は営業が強い会社として組織拡大を行っていくためには、このナレッジ共有の文化の醸成が確実に必要な要素だと考えています。
ナレッジ共有が重要な理由は?
ナレッジ共有とはいわゆる営業個人のノウハウを、社内全体に共有して営業の力を底上げし、組織全体としての力を強くしていく活動を指しています。
一般的な営業組織では、営業は"個人の売上"を最重視しており、自分が1位になることが最も重要で、他人を育てるインセンティブが無い、と思われるのではないでしょうか。
営業ではない読者の方も、売上を上げる営業と、ノウハウ共有をたくさんする営業では、つい前者を評価してしまう、営業とは売上を上げてナンボのものだ、と思ってしまうのではないでしょうか。
もちろん営業では売上を上げる事が大前提ではありますが、売れている営業に更にノウハウ共有をしてもらうことが、個人が売上を上げることもよりも、組織としては非常に重要な事なのです。
ただ、意外とナレッジ共有の仕組み作りが出来ていない会社が多いのではないでしょうか。
例えば、営業資料作成1つをとっても、個人個人が独自の資料を作成することにより、実は同じような資料を何度も作ってしまい、非常に無駄な時間が発生してしまっているのではないでしょうか。
下記のリンクにもあるように、営業が最も無駄だと思う業務は資料作成ですので、一般的にナレッジ共有というものがされていないことが分かります。
ナレッジ共有を行う仕組みをしっかりと醸成することにより、資料作成の工数が削減出来るとともに、業界知識の習得や提案の幅が広がるなど、営業活動における様々な相乗効果が期待出来るのではないでしょうか。
それぞれの営業が顧客との面談で学んだ実際の知識やノウハウをどんどん溜め込んで行くことにより、商談発生率や受注率を高めていく事が可能です。
ナレッジ共有を行うことにより、経験を積まなくてもベテランの経験をコピーし、より高い営業スキルを蓄積・発揮していくことが可能となります。
キーエンスの仕組みは成果とアクションの評価が5:5
キーエンスは非常に売上目標に対して厳しい会社という印象が世の中ではあるようですが、実は営業成果の評価とアクションの評価が5:5の割合で評価をされています。
ちなみに成果とは、単純な売上だけではなく、営業が上げた利益の総額です。この成果を意識するというのが非常に特徴的だと思います。
成果 = 売上 - 製造原価 - 本社部門が取るべき利益(販管費など)
基本的に全ての指数は成果を基準に考えるため、売上を増加させるのではなく、利益の源泉となる成果のみを追求していました。無駄な値引きを減らすことや、成果率の高い製品の販売を常に意識する文化が生まれていました。
売上からそれらの経費を差し引いた”成果"が見える化され営業の目標となっています。
売上だけを上げるのではなく、利益を追求するという点が、キーエンスの本質を徹底して追求する文化をよく表していると思います。
営業の成果評価基準としては、その成果の達成率・前年比・2年前伸び・新商品成果・成果PH(パーヘッド)などが指標となっていました。
それらの成果における評価基準と並ぶ評価として、アクション評価があります。
アクション評価に関しては、開発部門へ顧客のニーズを挙げる、ニーズカード提出・営業活動を通して得た各顧客毎のノウハウに関する資料を提出・個人施策に関するアクション目標の達成など様々な項目があります。
こちらの評価項目があることにより、成果を追い続けるだけではなく、営業組織として会社の業績を最大化するための、望ましい組織を形成することが可能になっています。
キーエンスでのアクション評価としてのナレッジ共有とは?
キーエンスでは、開発へのナレッジ共有と、営業へのナレッジ共有の2通りの施策があります。
まず第一の、開発への情報共有は"ニーズカード"という名称で、営業が感じた顧客のニーズを開発へ挙げるという仕組みです。
一般的なメーカーでは、商社や代理店を通じた販促活動を行うのが一般的なのですが、キーエンスは直販営業というメーカーでは珍しい形態を取っています。ニーズカードは、直販だからこそ出来る、顧客の現状実際に困っている課題やニーズを開発部隊へ共有する仕組みでした。
こちらは毎月、全営業が必ず1件以上は提出しなくてはいけないという運用で、2,000人以上の営業を抱えるキーエンスではそれだけの業界・業種のニーズが集約されています。
開発が製品開発の際に使う情報としては、このニーズカードの他に、SFAに入力された顧客との電話や訪問時に聞いたデータを、全ての開発部門が閲覧できることにより、それぞれの開発が草案として検討している開発の種を、営業段階でどれくらい顕在化したニーズとなっているのかを確認し、そこから個別に顧客へのヒアリングを実施したり、営業へ確認を取ったりなど、情報を活用していました。
これがキーエンスの新商品の約7割が「世界初」、「業界初」となる所以なのではないでしょうか。
一方、営業へのノウハウ共有に関しては、ノウハウ賞という仕組みがあり、こちらは製造業と言っても非常に広い業界なので、更に絞った特定業界の困り事や事例ユースケースをまとめ、共有していく仕組みでした。
このノウハウ賞に関しても毎月、必ずノウハウの発信を求められていました。
ノウハウの発信と共に、ノウハウの募集も求められています。例えば来週にアポイントを取った自動車のベアリング会社における類似実績やノウハウを募集して、それを全国の社員が経験を元に回答をしていく、というような形です。
特にキーエンスは営業の100%が新卒採用のため、製造業にバックグラウンドがある社員が占めているという訳ではありません。
そのため、基本的には営業が過去に経験が無いことは全て初めて、という状態です。(当たり前ではありますが。)
そのため、新卒入社の営業では、経験がない業界も多々あるため、このノウハウを全国の営業から得ることにより、一回の訪問での案件発生率や受注率が大幅に向上していました。
以前、書いた記事でも記載した訪問前の上長への"外出報告"の際にもノウハウの確認を求められています。この仕組を取り入れることにより、訪問時にはノウハウの確認を求められるとともに、ノウハウ募集への回答数、有効アドバイス数やノウハウ問い合わせ数もポイントとして、アクション項目の評価に加点がされていきました。
キーエンスの強みとしては、このような新しい仕組みの実行具合を確実に見える化をして、仕組みとして確立させる、可視化させる、そして、徹底をさせるところがキーエンスの本質的な強みなのではないでしょうか。
Salesforceでのナレッジ共有の方法は?
下記の自己紹介でも記載させていただいているように、私はキーエンスに6年半在籍後、Salesforceへ転職をしました。
どちらも営業が非常に強い会社と言われていますが、キーエンスは有形商材・Salesforceは無形商材と、大きく異なる部分がありました。
ただ、この2社で共通している点が、このナレッジ共有の仕組みと感じています。
更に、Salesforceは外資企業のため、ベース:インセンティブが6:4とアクションは評価には含まれない成果重視の評価体系でしたので、ナレッジ共有が営業の評価として入ってくる事はありませんでしたが、ナレッジ共有が非常に活発な会社でした。
キーエンスは評価にナレッジ共有を含んでいたからこそ、しっかりとナレッジ共有が盛んだったのにも関わらず、Salesforceは何故、評価されないにも関わらずナレッジ共有が盛んだったのでしょうか?
仕組みで見るSalesforceのナレッジ共有
私が思うSalesforceでナレッジ共有が活発な理由は3点あります。
Sales Enablementの組織が機能している点
Chatterという社内コミュニケーションツールを活用している点
Ohanaという企業文化がある点
Sales Enablementとは?
今回はだいぶ割愛させて頂きますが、今後の市場で非常に拡大していくと思われるのがセールスイネーブルメントです。海外では非常に一般的で、営業組織のスキルを底上げしていく組織の事です。下記の記事にもあるように、日本でも徐々にセールスイネーブルメントが組織として機能をしてきており、取り入れる企業も増えてきました。
Salesforceでは、セールスイネーブルメントを古くから取り入れており、KPIとしては営業の達成率の中央値を上げる、という目標を持っています。
そのため、営業全体の底上げを行っていく事が非常に重要な組織となっています。営業として活躍している人を取り上げ、その人のノウハウを集約し、他のメンバーへそのノウハウを移植していくことを業務として専任で取り組んでいる仕組みがあったからこそ、Salesforceの営業は強いと言われるのだと思います。
Chatterによる情報共有とは?
Salesforceでは社内のメインのコミュニケーションツールとして、自社で提供しているChatterというツールを用いています。
訪問前の資料の共有もメールではなくChatter上でやり取りをしていくのが一般的です。その事により、世界で数万人いるSalesforce社員の作成資料が、Chatter上でやり取りをされていくことにより、全ての資料がChatter上で検索が可能になります。
例えば不動産業界への提案資料を探したい場合は、"不動産"で検索をしたり、"Real Estate"で検索をしたりすれば、世界中の資料が取得可能です。
Salesforceの製品としての思想でも情報共有というものを重要視していることから、社内でも全ての作成資料が全社員で自動的に共有されるような仕組みが作られています。
そのため、私も資料作成する際には0から作り始めることは殆どなく、Chatterで拾ってきた資料を元に修正・加筆を加えて行くことにより非常に営業活動が効率化されていました。DJ141さんの資料にもあるように、バズったというのも普通の会社ではあまり無い概念なのではと思いますが、Salesforceではバズる資料が沢山あります。
Ohanaという文化とは?
Ohanaとはハワイ語で"家族"という意味ですが、Salesforceではお客様、従業員、パートナー、コミュニティを含んだ全ての繋がりをOhanaと呼んでいます。下記の記事でもあるように、Ohanaの文化がナレッジを共有し高めある文化を醸成していました。
詳しい解説に関しては割愛しますが、企業文化や風土でこのような仕組みを構築することが出来るのだな、と非常に文化の強さを感じました。
まとめ
キーエンスは"評価に紐付いた仕組み"としてのナレッジ共有の仕組みを構築していることに対して、Salesforceは"システムと文化"でナレッジ共有の仕組みを構築していました。
営業におけるナレッジ共有は単純に資料作成の時間が短縮化されるということだけではなく、トークに深みが出て、信頼感が増すことによる案件創出率の向上や受注率の向上に繋がり、競合への勝率も上がってくる非常に重要な仕組みです。
キーエンスとSalesforceの事例から見て取れるように一朝一夕に出来る仕組みではなく、この重要性を見据えて、徐々に仕組みを構築していく事が重要な事が分かります。
特に営業人員の少ないスタートアップ企業ではノウハウ共有に意識が向いていない組織もあるのではないでしょうか。組織拡大の際に、他業界出身や業界未経験の人が多くなってきた際に、いかにスピード感を持って成果を出すか、ということがその人個人にとっても、組織にとっても重要なことかと思いますので、ナレッジ共有を誇らしく出来る組織を作っていければと思います。