JAXAの月面水素資源利用RFIから読める事と読めない事

資料

画像1

月面での水素資源利用に向けた情報提供要請(RFI)の実施について
http://www.exploration.jaxa.jp/assets/img/news/rfi/%E6%B0%B4%E8%B3%87%E6%BA%90/%E8%B3%87%E6%96%993_%E6%9C%88%E9%9D%A2%E6%B0%B4%E8%B3%87%E6%BA%90%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%81%AE%E6%A7%8B%E6%83%B3%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6B.pdf

 所謂現地資源利用(ISRU)に関する情報提供依頼資料である。

p.3、p.4

 とりまビジョン。よくあるやつ。ぶっちゃけ深い意味はない。

p.5、p.6「水氷の存在可能性」

 月面産推進剤の素となる月氷の所在に関する調査のまとめ。以下RFIを構成する要素の基となっている。

p.7「月面の水を推薬として利用するシナリオ」

 "供給推薬量"が何を示しているのか不明。有人輸送との関係性が不明。

このページから展開できる解釈。
 "供給推薬量"が年間の推進剤生産総量(ボイルオフしない)であり、36.8tをLOP-Gに対する補給任務に用いる場合、月面推薬精製プラント - LOP-G間を結ぶ単段式完全再使用推進剤輸送船を構造質量比9、比推力442秒、片道所要Delta-V 2,450m/sで計算すると、LOP-Gに対する供給可能推進剤は14.85t/年となる。
 実際には重力損失や制御損失、ランデブーやドッキング、推力立ち上がりやカットオフ、タンク内や供給系内に残留する推進剤が余計に必要になる為、もっと少ない値が現実的になる(仮に13.5tとしておく)。

 暴露ホッパーに関してはよく判らない。

 p.8、月の水を推薬として利用するベネフィットのグラフには計算根拠が示されていないので、ここで推測する。
 系列1"資源利用無"は質量が回数に対して比例しており、その1回分を約160tと見積もっている事が判る。地球低軌道(LEO)から出発し、月面に着陸し、離陸し、地球へ帰還する宇宙船のフライトと仮定した場合、以下の事が推測できる。
 LEOから月着陸に要するDelta-Vの理論値は5,700m/s程度、月面から地球への帰還には2,600m/s程度、合計8,300m/s程度が所要となる。
 Crwe Dragonの乾燥重量は約9.5tとされている。この規模のクルーモジュールから主推進系を排除し、追加耐熱装備(200kg)、追加電源(200kg)、追加生命維持装置(500kg)、乗員および装具(300kg)、揚力突入用推進剤(300kg)等をインストールし、地球帰還レグにおいて11tの宇宙船になると仮定する。
 以上のクルーモジュールに単段式の推進装置を提供する。主エンジンの比推力448秒、構造質量比12、姿勢制御系(推進剤を含む)1t、を含めると、推進剤は136tとなり、Delta-Vは8,279m/sとなる。所要Delta-Vの8,300m/sに近い値となる。
 と書いたが、算出の順序は逆であり、推進モジュールの検討の後、可能なペイロード質量からクルーモジュールの設定を立ち上げた。また推進剤ボイルオフ、エンジンの始動/停止時等の推力に寄与しない推進剤および推力絞り時の効率低下等を考慮しておらず、現実的な値ではない。アポロコマンドモジュール程度の規模として、クルーモジュールを6tと勘案した場合は9,190m/sである。

 アポロ計画では月遷移軌道投入(TLI)から月着陸までの理論値約2,600m/sに対してSPS+LM降下段のレグは約3,200m/sで実装されている(ミッション予備分に加え、着陸地点を選択する為の予備分が加わり、更に着陸段の推力質量比(TWR)が低い為に重力損失の影響が大きい)。アポロSCM/月モジュール(LM)のLEO - 月着陸 - 地球帰還(SPSが持つ予備分を除く)Delta-V要件は概ね9,130m/sであった。
 このことから、アポロサイズのコマンドモジュールであれば、単段式160t機でLEO - 月着陸 - 地球帰還の有人運用が力学的に可能であると考えられる。
注)当該資料がこのような検討をしたかは判然とせず、ここでは力学的な可否を検証したにとどまる。技術的に多段式や軌道ランデブー方式が可能であれば、力学的余裕が増す。
 なお2020年現在、一度の打上げでLEOに160tを投入できる打上機は運用されていない。SpaceX社が開発中のStarshipはLEO投入能力を100t以上としており、2度に分けて軌道投入する事は力学的に可能である。

 系列3"資源利用有(水含有率0.5%)"系統を検討する。1回あたり約58t、第1回目を約420tとしている。第0回目相当はLOP-Gおよび月面の推進剤供給拠点の設置を意味すると読み取れる。この分は362t(LEO)である。
 このプランでの運航は以下のように仮定する。LEO - LOP-G(推進剤補給) - 月面 - 地球帰還。
 この場合、LEO - LOP-G間は3,950m/s程度であるのに対し、LOP-G - LLO 640m/s、LLO - 月着陸1,810m/s、月面 - 地球帰還の間は2,430m/s程度であり、この4,880m/s区間用に推進剤を補給することとなる。空虚重量3t、比推力440秒、LOP-Gで13.5tの推進剤を補給する場合、クルーモジュールは3.43tとなる。
 LEO出発時にLOP-Gへのランデブー、ドッキングに用いる推進剤を830m/s分、約1.4t搭載する場合、SCのTLI時質量は7.83t、である。H3の上段でTLIを行う場合、所要推進剤は13tであり、その際の総質量は25.5tである。58tとは計算があわない。

 LOP-Gでの推進剤補給時に降ろす6.3tのペイロードをLEO時点で搭載している場合、H3上段でのTLI所要推進剤は21t、SCの搭載推進剤は2.7tであり、LEO出発時の質量は41.1tとなる。それでも58tとは計算があわない。

 LOP-Gへ供給する推進剤質量/年を向上させ、LOP-Gでの貯蔵能力を増した場合にはLEO58tとなる解が存在でるが、イニシャル362tに何が想定されているのかを解けない。
 また1度の打上でLEOに58tを投入できる大型打上機は目下のところ存在しない。

 なおこれらの計算値は推進剤が完全に推力に変わると仮定しているため、ミッション計画としては現実的ではく、同時にミッション遅延対応策や中断計画等も含めて計算する必要がある。

https://engineering.purdue.edu/people/kathleen.howell.1/Publications/Conferences/2017_IAA_ZimHowDav.pdf

 以上のように、単段式宇宙船によるLEOからの直行直帰ルートでのクルーモジュール質量は6t程度/3.4t程度と想定できるが、ペイロードの質量があまりに乖離しており、これらを1つの図面上で比較する事には難があるという感想だ。
 なお脳汁を垂れ流しながら書いたので多分どこか計算や考え方自体が間違っている。

p.9-p.13 ISRUシステム構成に必要なエネルギー・ハードウェアとその質量

 p.13では7mm厚のチタンタンクに多層断熱材(MLI)で覆った球状タンクの検討が行われている。

参考)多層断熱技術III-施工法および多層断熱用真空技術-上岡泰晴

 支持柱の質量は未検討としているが、同時に流路や安全装置等の検討も行われていない。
 p.11の必要な質量によると土壌中水分濃度が10%の場合、貯蔵に46%の質量が必要とされており、p.13によるとタンク質量は6.3tonであるので、水薬生成システムの所要質量は13.8tとなる。13.8tの設備で採掘から精製貯蔵まで可能なのかを判断する知識がないため、これ以上は掘り下げられない。
 362tのLEOイニシャルを消化する為にはH3-24を16回ほど打ち上げればよろしい。現状べストエフォートでH3-30、H3-22、H3-24のローテーションで年間6機打ち上げることを目標としている。うち2機/年のH3-24を月面プラントの建造に供する場合、8年で輸送任務が完了する。月面への投入質量は22.42tだ。13.8tという数字とは相当に乖離があり、整合性がないように見える。設備自体が13.8t、設備建設や運用に必要な資材や工作機械またはランディングパッドなどが別途な場合、このギャップは容易に埋め合わせできる。

それらは現実的なのか?

 これらは技術的に実現不能ではないだろうが、実際に役に立つか、あるいは頼って良い方法なのかという面で、検討の余地が大いにある。

・そもそも自前の輸送手段がない
 2021年現在、一度の打上げでLEOに160tを投入できる打上機は運用されていない。SpaceX社が開発中のStarshipはLEO投入能力を100t以上としており、2度に分けて軌道投入する事は力学的に可能である。
 2021年現在開発中の基幹ロケットH3-24のTLI能力は6.4t程度である。単段式月ランダーの比推力を420秒、乾燥重量2t、推進剤3t、ペイロード1.4tというコンフィグは成り立ちそうである。
 三菱重工業が構想中の所謂H3 Heavy(20-30-30)は離床重量約780t、LRBおよびセンターコアでLEO200km程度へ投入し、上段でTLIを行う。この場合、TLI能力は約16tである。単段式月ランダーが比推力320秒(ハイパーゴル)、乾燥重量4tの場合、月面への輸送能力は最大3.0t程度である。ランダーの比推力を420秒(液酸/液水)とした場合は最大4.5t程度となるが、ランダーが既出計画のペイロードフェアリングに容積的に収まらない可能性が高い。
 記事p.13の燃料タンクは4.308tであり、質量的には何とかならない事もなさそうだが、半径3.18mとしており、H3ロケットの直径約5.2mに収まらない。
 ペイロード1.4tのH3-24で輸送する場合は細切れにするほかないだろう。

 余談だが、JAXAとトヨタ自動車株式会社が計画している月面有人ローバー「LUNAR CRUISER(ルナ・クルーザー)」の質量は6t以内(どこからどこまでを指すのかは不明)とされており、H3 Heavyの能力でも過小である。SLSまたはSpaceX社Starship HLSに乗せて貰わねばならない。

 日本の国策打上機は20年サイクルなので、早くとも2040年までは打上手段を持たないことになる。この意味でp.4の「インフラ構築 2040-」の表記は現実的とも言える。基幹ロケットという政策は打上手段の維持という役割を立派に果たしているが、如何せん変化の速度では民間に劣り、また、そもそも勝てる筈もない。官僚組織が市場競争に勝てるのなら、ソ連は崩壊しなかっただろう。

 インターステラテクノロジズ社の将来構想には所謂Faclon Heavy型の中型打上機の絵が描かれているが、これは規模的にH3-30 SSO運用の対抗馬と考えられる。要するに月面ISRUに対しては能力不足である。
 超長期目標は深宇宙でのウラン採掘および精製を行い、恒星間航行船を建造運用する事としているので、やはりSpaceX同様、月面という遠回りをしない、合理的選択をしている。SpaceXのHLSのように仕事があれば請け負うのだろうが、社としての長期目標ではない。

・無人で運用できて壊れないシステム
 現在月面や火星面では無人ローバーが年単位の運用に就いており、人類は未知の遠隔地を無人で動き回るという制御の実績を積んでいる。とはいえ米国や中国に追いつき追い越す勢いの実験と研究と実践が必要である。
 不整地でのプラント建造に始まり、モジュールの接続、調査精度の低い地での採掘装置運用、暴露ホッパーを用いた輸送任務、極低温配管の着脱、部品交換、レゴリス対策などなど、課題しかないと言って良い。やってやれない事は無いに違いないが、相応の人出を投入して開発を行う必要がある。クルマ1台作るのにも四苦八苦なのだから、無人プラント建設には更なる困難が待ち構えているだろう。その上に壊れないという要求は非常に厳しい。

・全く余裕のないミッション設計
 このISRU検討は単一のシステムであり、単一故障がミッション全体に波及する。数日から数週間の月面滞在を予定した月面有人地球往還船がこのISRUシステムをあてにしていた場合、ISRUシステムの故障により地球へ帰還できないという状況になっては困るので、あらかじめLOP-Gへミッション所要推進剤を供給した後に、地球から有人船を軌道投入する流れにせざるを得ない。
 この単一システム依存を抜ける為には、同程度の能力を持つシステムを複数運用するか、別の国や団体が運用するISRUシステムとの互換性があるLOP-G側推進剤中継設備や運用体系が必要になるだろう。

・限られた月氷資源を推進剤として消費してしまう事は、将来の人類が是認する行為なのか?
 人類が月面に住まう事の合理性は全く無い。理由をひねり出すとしたら、小説「WORLD END ECONOMiCA」(支倉凍砂)が描くような、既存政府に縛られない租税回避地として、あるいはチューリップの球根として、であろう。イーロンマスク氏が火星を目指す理由から、オルタネイティブ地球の要素を除いたようなものだ。
 火星行きの中継点としてという論も盛んに唱えられるが、力学をかじった人ならば、その論が全く的外れである事を説明できるだろう。地球から火星へ行くよりも、地球から月面へ行く方が力学的に遠いのだ。遠回りの為に中継基地を作るという論は全く〇〇としか言いようがない。己の研究分野やそれに付随する金の流れを守るためのポジショントークなのだろう。
 それらの現実的な「夢」は置いておいて、人類が月面に住まう場合、水が潤沢に使える場合とそうでない場合で、生命維持や衛生環境の維持にかかるコストは大きく変わり、住まいうる人数にも影響があるだろう。月の氷の埋蔵量は非常に楽観的な予測として6億トンを超えるとされている。

 一見膨大な量にも感じるが、アフリカとオーストラリアを足したほどの面積に、ガンジス川の10時間分流量程度の水しか存在しない。
 全北海道の河川流量(モデル推計)は386億トン/年であり、6億トンはその6日分にも満たない。

参考)日本沿岸海洋モデリングにおける流域雨量指数の有用性に関する検証 浦川 昇吾・山中吾郎・平原幹俊・坂本圭・辻野博之・中野英之

 現在の北海道の水利用と同じ方法が採られる筈もないため、無意味な比較であるが、北海道のカロリーベース食料自給率は221%(2015年)であり、人口538万人と上記の河川流量(モデル推計)で割ると、6億トンの水は3.78万人年分に過ぎない。換言すれば、378人の月面人が100年間で使い果たすことを意味する。

 また本資料が求めるように57.6ton/年の推進剤を月から取り出した場合、1041万年で使い果たす事になる。これを10倍規模にすれば104.1万年、100倍規模で10.41万年となり、人類史的オーダーまで降りてくる。100万年はホモハビリスの絶滅にさえ届かず、10万年はホモサピエンスサピエンスの歴史よりも短い。
 果たして6億トンは途方もない量と言えるのだろうか?

・水素利用のための水素利用計画
 昨今、日本政府は水素社会の実現というお題目を打ち立てている。
 水素はエネルギー密度が低いために輸送・貯蔵効率が非常に悪く、生産を含めたコストは非常に高い。これは化学的事実であり、たとえ日本が滅びても、地球が太陽に飲み込まれても、宇宙が熱的に死んでも変わらない現実である。政治思想や個人企業のポジショニングは化学的事実を改変できない。

 炭素排除は炭素系の技術を持った日本企業をEU市場から排除する為に作り上げられたストーリーなのだが、この流れに狐仮虎威とばかりに日本自身が乗っかり、自らの足を食べるタコのような選択をした。まことに滑稽なことだ。とはいえ御上がそうと決め、それを批判できる国民など一握りしか居ないのだから仕方ない。これが民主主義だ。一億玉砕火の玉だ。

 そんな21世紀であるから、水素と名前を付ければ予算の承認を得やすく、社会的な応援を受けやすい。声の通りも良くなるというもの。己の研究分野や産業に水素社会論を結び付ける者が生き残るのはダーウィン的な選択である。門前の小僧は経を覚えず、愛国少年が軍歌を覚える如く。
 オリンピックと騒ぎたて、「レガシー効果」をうたって何の関係もない事業にもオリンピックの名を冠する。それと同質だ。社会総体としては明らかに誤った選択であっても、個人の生存戦略としては合理的である。

よくできました。

足の生えた蛇ではない何か

 神の御業を求めた天文という営みは、結局のところ神を殺した。
 南極よりも遠く、火星よりも過酷な月面で、神の遺体を弔おうとでもいうのか。
 月面を構造体として活用した大口径電波望遠鏡や、核融合に用いることができるヘリウム3の存在など、昔から月面の活用方法が考えられてはいるものの、その計画検討は粗雑の一言である。大口径望遠鏡を建設するなら地球近傍軌道で全く問題はないし、ヘリウム3に至ってはエネルギー収支レベルで疑問だ。この面は現状の月氷推進剤活用論も同様といえる。

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