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天道虫は不運なのか、不運を運んでいるのか? — 伊坂幸太郎「777」

伊坂幸太郎の殺し屋シリーズの新作。「マリアビートル」と同じグランド・ホテル形式の物語。舞台はシティホテル。客室数はおそらく400程度の都心なら中規模のホテルという感じ。天道虫が再登場するほか、蜜柑と檸檬を髣髴させる2人組の業者も登場する。

ターゲット

殺し屋を中心とする物語には、ターゲットとなる人物が不可欠だ。伊坂幸太郎の殺し屋シリーズでは、ターゲットが存在しつつ、殺し屋である「業者」どうしも必要であれば互いを排除しようとする。
昨今、ラノベやコミックでは人命が軽く、個人的な動機に巻き込まれて多数のモブの命が失われ顧みられることすらない物語はたくさんあるが、伊坂幸太郎は殺される人間を丁寧に造形している。殺し屋ものといえば、池波正太郎「仕掛人・藤枝梅安」シリーズが思いだされるが、池波も殺しを描くのはなまなかのことではないと述懐しており、実際「鬼平犯科帳」「剣客商売」といった他のシリーズに較べ「仕掛人・藤枝梅安」は寡作だ。
先日「葬送のフリーレン」のアニメを見て、作中で語られる魔族の定義「人の言葉を話す魔獣」や魔族の振る舞いに、「マリアビートル」の王子を思いだした。人間に対する考えや行動原理に通じるものがあるし、読者・視聴者に「こいつは殺すしかない」と思わせるように描かれている。
「777」でも殺される人間はそのように描かれている。グランド・ホテル形式の物語では、回想を長々と入れて登場人物たちの為人を描く余地は限られているので、こうした選択をしたのかもしれない。
伊坂幸太郎の考える邪悪にはおぼろげに共通する型があり「魔王」「モダンタイムス」あたりから徐々に輪郭を現して「777」の邪悪もその型の範疇にある。他者を自分と同列の生きもの(人間)とは考えず、自己都合のために何の躊躇もなく蹂躙する存在、といったところか。
ただ、それすらも物語上のフックとして利用し、仕掛けてくるのがさすがは伊坂幸太郎だなあ、と唸らされてしまうのだが。

2人組

「業者」には2人組が多い。2人組だと、会話が発生する。およそ物語の本筋とは関係なさそうな緊張感の稀薄な会話が伊坂幸太郎の本領のひとつだ。「777」には、冒頭から登場するモウフとマクラ、コーラとソーダの2人組が登場する。コーラとソーダは、どことなく蜜柑と檸檬を思いださせるキャラクターで、深いような深くないような名言、箴言めいたことをブツクサ話したりする。対するモウフとマクラは、基本、今請け負っている仕事やこれまでの人生に悪態をついている。この現在と過去に悪態をつくという行為が、読み終えてみると何気に本作を貫くテーマになっていたりするのがおもしろい。

天道虫

天道虫は、仕事の仲介人・真莉亜から「簡単で安全な仕事」を引き受け、簡単でも安全でもない状況に巻き込まれてしまう不運な殺し屋。「マリアビートル」では「スーツケースを持って新幹線に乗り、次の駅で降りる仕事」を引き受け、「777」では「ホテルの宿泊客に荷物を届ける仕事」を引き受ける。
不運というのはあくまでも天道虫の主観。彼は「どうしてこうなるの」「こんなはずではなかった」と自分が巻き込まれた状況を呪い、愚痴をこぼしながらも、途切れることなく考え、全力で状況に対処していく。「マリアビートル」にしろ「777」にしろ、実のところ天道虫の行動によって状況が複雑化している面がかなりあるのだが、天道虫自身は状況の全貌を知りようがない。
天道虫は殺し屋——というか、危機的状況を打開していくエージェントとしてはかなり有能で、傍から天道虫の活動を観察したり見聞きしたりする第三者からは、不運どころかとても幸運な人物、幸運の象徴のように認識されているのがおもしろい。

計画どおりでないドミノ倒し

本作も伊坂幸太郎お得意の状況のドミノ倒しによって物語が推進する。それこそ「ラッシュライフ」のころからの作者の十八番だ。複数の登場人物たちがそれぞれの思惑でバラバラに行動しているが、ちょっとしたボタンの掛け違えで、交錯するはずではなかった彼ら彼女たちの動線が接触し、その結果、それぞれの人物の計画がすべて当初の思惑から外れ、誰も予想も望みもしなかった方向に状況が転がっていく。
壮大なドミノが、最初に倒す1枚を間違えてしまい、当初の予定とはまったく異なる倒れ方、崩れ方をしていく疾走感、そして、それでも最後にはすべてのドミノが綺麗に倒れて、すっきりと納まる爽快感が、伊坂幸太郎の達人技だ。
「777」では、ホテルに殺し屋たちとターゲットが集まり、いくつかの計画が進行していく。最初に起こる「予定外」は、天道虫によって引き起こされる。彼が、最初に倒れるはずではなかったドミノを倒してしまったことにより、それぞれの登場人物の計画とは異なる方向に状況が展開していく。
天道虫が不運なのか、天道虫が周囲に不運を運んでいるのか、なかなか微妙なところだ。

一気読み不可避のおもしろさで物語は終局に至る。エピローグには「マリアビートル」の幕切れを思いおこさせるようなちょっとした仕掛けもある。いずれまた天道虫の話を読んでみたいと思う。
読み終えたら、もし天道虫が「簡単で安全な仕事」を、簡単で安全に何ごともなく済ませてしまっていたら、この夜、このホテルで起こるできごとはどう変化したか、なんて思考実験をしてみるとおもしろいかもしれない。同じ思考実験は「マリアビートル」でもできる。両者の思考実験を較べると「777」と「マリアビートル」の物語構造の違いが浮き立ってきて興味深い。

777 伊坂幸太郎 2023年9月23日初版 KADOKAWA刊


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