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大相撲に思うこと

(発酵のこと書けよという声が聞こえそうですが)

大相撲、このところ、毎場所のように優勝者が変わり短命大関が続く状況、様々な要因はあるが、構造的に、競技が高度化すれば、いずれはこうなる道だった。

相撲の成績は勝ち負け。すなわち、絶対評価でなくそう体評価。議論を簡便にするため、相撲の強さ・競技力をドラゴンボールの戦闘力のように単純に数値化できるとする。

最初は、トレーニング(稽古)方法や戦略、対戦相手分析などに未開拓の余地があり競技として完成されていないので、ある意味の団子。 その中で才能だったり、稽古の質や量を稼いだり、対戦相手の分析に優れた力士が頭角を現す。 この力士の強さを60とすれば、残りが20なら毎場所全勝優勝だ。

しかし、競技がその歴史を積み重ねるにつれ、効率的な手法は業界内に伝播する。傍目にはそれが切磋琢磨。 力士の強さが、80,70,60,50と、適度にばらけてくるときが一番面白い。

しかし、どんな技術も洗練されればされるほど、ごく僅かな差を争うようになる。一種の「強くなる方法論のコモディティ化」みたいな状況になる。 力士の強さが、94,95,93,96、と僅差で並ぶようになってくる。

実力が僅差になってくるほど、突出した力士が現れることは難しくなり、毎場所混戦で優勝が入れ替わるようになる。 しかし、ここで問題なのは、横綱は2場所連続優勝、大関は3場所33勝と、「傑出性」を基準にしていること。

競技として洗練されてくると言うのは、いわば、傑出性が薄れていくと言うこと。当然昇進者が出ない、でたとしても、一瞬のピークの切り取りでしかなく、直ぐに混戦に巻き込まれる。今はこの状況になっている。

こういうときは、トレーニング法とか、戦略とかで、既存の競技の常識を打ち破る存在、野球で言う大谷翔平のような、ブレイクスルーが出るまでは膠着する。 さて、ブレイクスルーを起こすのは、今の現役力士か、まだ見ぬ入門者か、それを楽しみにしていきたい。

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