育児中にリスキリングしている人の尊厳を、強い言葉で傷つけないで欲しい
岸田首相の産休育休中のリスキリング支援が、話題になっています。
多くは、批判的文脈のようです。
私の家庭のこと
ここで、私の家庭のことを話します。
私の妻は、4歳、2歳の子どもがいる中、第3子妊娠9ヶ月目で大学院(MBA)受けて、出産翌月から大学院に通っています。
また、出産翌日には病室から仕事の取引先とWebミーティングしていました。(妻は、私とは別の会社を経営しています)さすがに看護師さんに呆れられていたようですが、、、
育児、仕事、院生の3足の草鞋、履きこなしていて、凄い妻だと思います。
そして、それぞれが中途半端になってるかというと、大学院も無事進級し、今修論に着手したところです仕事も妻の会社は、新たにスタッフを増やし、売上は上がってるし。事業は順調なようです。
そしてなにより、育児は、みんな良い子にちゃんと育っていると、少なくとも現在は思えています。多分、これが一番大事。
「夫のサポートがあるからでしょ」といわれますが、正直、自分のことだから分かるけど、たいしたサポートなんて出来てなくて、いつも妻に怒られてばっかです。
仕事や周囲の状況、自治体のサポートなどは、比較的恵まれている方だと思います。もっとも、今の状況になったのは、完全に運が良かったのであり、そのことには感謝しかありません。
実際、詳細の状況に興味のある方は下記の記事をご覧ください。
妻の大学院選びで、育児しながら通える大学が本当にありませんでした。状況を踏まえて、受け入れてくれた大学院(妊娠9ヶ月の妊婦を面接してくれた大学院)には本当に感謝しています。
そして、妻と、「ここ、リスキリングのニーズ絶対あるのにね」と話していた日々を思い出します。
妻の仕事は社会保険労務士を中心に、人の人生を応援するキャリアを積んでいます。そして、様々な方を応援できるようになるため、そのような社会の実現へ向け仕事に地域に様々な活動を行い、自分自身も日々勉強を積み重ねている、そんな、妻の頑張りは、私は、個人としても大変尊敬しています。心から応援しています。
頑張りを全員がする必要はない
そのなかで、育休、産休中のリスキングについて、心ない批判が噴出しています。
『頑張り』を全員に押しつける必要はありません。そんなこと、誰も望んでいません。
家族像にしろ、ライフスタイルにしろ、ある特定のケースを「理想モデル」として国家が提示し、それをみんなで目指しましょう、と言う時代はとっくの昔に終わりました。
そもそも、私の家事育児に対するスタンスはこれです。
また、そもそも、リスキリングと肩に力をいれなくても、『育児』自体が、これ以上ない、マルチタスク能力の開発であり、突発事態への対応力の向上であり、必ずビジネスにも役に立つ能力開発の機会だとも思います。
リスキリング促進政策への批判
しかし、産休育休中のリスキリングについて
というような言葉を並べることは、今、産育休中のリスキリングに取り組んでいる人にとって
と、いっているのと同じように聞こえます。
個別具体的に、私たちのケースは、環境も含めた運に恵まれていました。
もっといえば、サンデル先生の『実力も運のうち』の理論に則れば、夫婦共々、比較的得意なことが、2023年の日本の社会においては収入に直結しやすいことだったこと自体が、運が良かったです。
もし、狩猟の能力や、刀剣の能力が重要視される時代だったら、今の生活は出来なかったでしょう。
そして、価値観の合う配偶者に恵まれ、仕事や地域の環境も良かった、たまたま、たまたま、運が良かっただけです。そこを勘違いしてはいけません。努力や実力ではありません、運です。
だからこそ、今の自分たちの環境に感謝し、せっかくの環境や条件を、自分たちだけのためでなく、社会のために使わなければいけない、それは、二人の間にある共通認識です。
その中で、リスキリングするという結論に至り、実行しました。私たちの能力が高まることが、家族を仕事や地域で関わる人をそして社会を幸せにすることに繋がる。身につけたスキルは、何らかの形で必ず社会に還元しなければいけないとも思っています。
『一般的な育児環境ではない』と言われたら、それはそうだと思います。『現在の日本における一般的な育児をしていたらリスキリングなんて発想に至らない』というのであれば、わかります。
しかし、それを『真面目に育児していたら、リスキリングなんて出来ない』と言われたら、それは違うといいたい。
私たちだって、真面目に育児をしています
別に凄い努力だね、とか、そんなこと、言われたいわけではないです。繰り返しになりますが、努力と呼べるものがあったとしたら、環境の運に回収されるものです。
ただ、子どもをほったらかしにしていたわけではない、人並み程度には真面目に育児をしていたと思います。『真面目に育児をしていたら、リスキリングなんて出来ない』とおっしゃる方にも、せめて、私たちのように、リスキリングする機会を産育休中に運良く得られた家庭にだって、子育てに対して人並み程度の真面目さがあったことは、汲み取った物の言い方をして欲しいというだけです。
なぜ、真面目に育児をしている人の批判になるのか
もちろん、いやいや、『真面目に育児をしている人を批判しているわけではない』という人もいると思います。
では、なぜ、『真面目に育児をしている人を批判』したことになるのでしょうか。
ここで、中学校の数学です。
『真面目に育児に取り組んでいたら、リスキリングなんて発想に至らない』
という命題を真としたら、
その対偶である
『リスキリングする発想に至るのは、真面目に育児に取り組んでいない』という命題も、真になってしまいます。
そんなこと言ってるつもりはなかったは、通用しません。
つもりはなかったのかもしれない。しかし、つもりはなくとも
『真面目に育児に取り組んでいたら、リスキリングなんて発想出来ない』という言葉は、
意図するせざるに関わらず、そういう意味を論理的に含んでいるのです。
それが、人を傷つけるのです。
これは、私は、誤読や曲解ではないと思います。
産育休中のリスキリングの支援の拡大について
産育休中のリスキリングの支援について、バリューサイクルマネジメントなどの著書でおなじみの沢渡あまねさんのTweetを紹介します
私は、産育休中のリスキリングの支援を、拡大して欲しいと思います。
なにより、
今頑張っている人を、強い言葉で、傷つけないで欲しいです。
そして、産休育休中に時間をやりくりして頑張っている人が、『育児をちゃんとしていない母親(父親)』として見られる偏見に繋がらなければ良いなと願います。
もちろん、頑張りたいけど、色んな事情で頑張れない人を追い詰めることはあってはいけません、疲れ果てて頑張りたくない人、頑張れない人を、無理にせき立てるようなことがあってはいけません。
みんな、それぞれの立場で精一杯ギリギリで頑張っています。
ただ、総論としては、時代の流れが速くなる一方、男性含めて、産休育休は今より長期間になっていく方向でもあります。つまり、産育休取得前と仕事復帰後のギャップは広がる傾向にはなっていくと予想されます。
その意味で、職場復帰をよりスムーズにし、キャリアを中断しないために、好む好まざるに関わらず、リスキリングが必要な状況に長期的にはなっていくと推測されます。
もちろん、現状の育児で満杯のコップにこれ以上水を注いでも溢れるだけです。そこが、政策批判の要点でしょう。
しかし、「育児は大変だから、リスキリングなんてできるはずがない!」という声があがりすぎて、「リスキリングなんて出来ないのが育児」という「常識」が固定化してしまってよいのでしょうか。
「子育て中は子育てに専念しなきゃ、子育てなんて出来るわけがない!」という強い言葉が、現状で既にいっぱいいっぱいの親、特に母親に子育てを押し付け、それを当たり前とするシステムを、むしろ、ますます強固にしてしまうリスクを懸念します。
ですから、「リスキリングに当てる時間を、誰もが確保できる施策」、つまり、コップの水を減らして空きを作る施策
そして、「リスキリングを負担なく出来る施策」つまり、注ぐ水の体積を減らす施策
の、両面が必要になると思います。みんなのコップの水を減らさなければ、今、余裕がある人がますます楽になるだけになります。
しかし、新しく入れる水の量を減らさなければ、例え、水が入るように空けておいても、いざ、その日が来たときに、コップの水が溢れてしまいます。
それぞれをバランス良く、進めていく必要があると思います。
追記:大学院との両立の状況について、リクエストが多かったので書きました