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責任を感じずに、落ち込む

ある日、僕が通うコミュニティスペースに行ってみると、ある女性が落ち込んでいた。

「本当にあの子に対する配慮が足りなかったぁって。私の責任だよ…」

と彼女はつぶやく。どうやら人間関係の問題らしい。

でも僕が二人の関係を見ていた限り、彼女は自分に出来る限りのことをして、その子を守ろうとしていたし、全く自分の関与しないところからの攻撃にその子がダメージをくらってしまったことは、彼女の責任ではないように見えた。

「あなたの責任ではないと思いますよ」と僕が言っても、彼女は、自分の責任だと責めていた姿に、それ以上僕は何も言えなかった。

こういう光景は良く見る。特に責任感が強い、立派な人に多いと思う。自分の及ぶ範囲を超えて、過度に責任を感じてしまって、ダメージをくらってしまう。もったいないなと思う。彼ら自身も自分に全責任があるわけではないとわかっていても、自分が関与する余地があった時点でなにかできたんじゃないかと、自分を責める。あなたのせいじゃないよとは言えたとしても、その考え方を責めることはなかなかできない。


医療の質を評価するときに、ドナベディアンモデルという考え方が存在する。ドナベディアンは、医療を、構造(ストラクチャー)、過程(プロセス)、結果(アウトカム)に分けて論じた。

生存率、患者さんの満足度と言った最も医療が求めるべきことがアウトカム評価、そのアウトカム評価をよくするために踏む過程がプロセス評価。例えば、選択した治療がガイドラインに遵守していたか、病院に患者が来てからできるだけ早く手術ができたかと言ったもの。また、病院にどれだけ医師がいるか、ベッドはどれだけあるのかと言ったモノ見る評価をストラクチャー評価という。アウトカム評価が一番大切なのは誰にだってわかる。良いアウトカムを出すには、プロセスとストラクチャーがしっかりとしていないと出せない。ある病気を患った患者の生存率を上げるには、手術ができる専門医が何人かいた上で、ガイドラインにそったきちんとした治療をできるだけ早く行う必要がある。良い結果を得るためには、そこに至るまでの準備が重要だってことだ。

でもいくらいい準備をしたって、結果が得られないことも多くある。例えば、どれだけ腕のいい専門医が何人もいて、きちんとした治療方針を選択しても、全身転移のあるガン患者が救える確率は限りなく低いし、ドクターヘリを使って救急医が駆けつけても、心臓が止まってから数時間も経っていたら、絶対に救えない。

つまり、アウトカムは、状況によるって話。だから、全身転移のある患者や心停止後何時間も経った患者を救えなくても、そこにいる医療者たちが責任を感じる必要はないんだ。でも、その場ではできる限りのプロセスは踏まなきゃいけない。自分にできる最大限の努力をして、それでも救えなかった時は自分が責任を感じる必要はない。もちろん、その患者さんが以前病院にかかっていて病気が見逃されていたのなら話は別だ。適切なプロセスを踏んでいなかったのなら、アウトカムが悪くなるのは当然といえば当然なんだから。


それと同じことが日常生活でも言えないだろうか。上司にむちゃくちゃ責められたとか、いわれもない批判を浴びたとか。それは本当にあなたのプロセスが原因だろうか。心停止後数時間経った患者と同じで、あなたにはどうしようもなかったことではないだろうか。どうしようもなかったことに責任を感じる必要なんてないんじゃないかって僕は思う。

だけど、私が関わる余地があった。あの時点でこっちの選択をしていたら……と罪を感じる人もいる。一理あるように感じる。でも大概の場合、その時点の自分では絶対にその選択肢を選べない場合が多い。例えば、東京で心停止になってすぐに病院に運ばれて助かった患者と、離島で搬送までに数時間かかって助からなかった場合で比べているようなもの。構造上、離島ですぐに手術ができるようなドクターコトーなんてほとんどいないのだから。でもこの方が東京に住んでいたらって…ifを考えてしまったりする。でもそのifは、実現可能性のない場合が多い。だからそんなに責任を感じなくてもいいと思う。

そうは言っても落ち込む時は落ち込む。だって結果が良くなかったんだから。そんな時にはこうやって、「責任を感じずに落ち込めばいい」んだと思う。

じゃあ、できることはないのかって?プロセスは全力を尽くしていたのだったら、アウトカムを変えるためにはストラクチャーを変えなきゃいけない。離島にドクターヘリを導入したり、ガン患者が全身転移する前に予防出来るような機械を導入したりすること。そんなすぐにできる話じゃないから、責任を感じずに落ち込んだ後に、ゆっくりと変えるべくコツコツ頑張ればいい。

(photo by hiroki yoshitomi

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守本 陽一
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