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医療はおしゃれにやる時代


「え、1人だけですか!?」

僕の心の声が喉元をおさまらず、声になってつぶやかれた。

今日は、医療教室の日。「病気になったときにどこにかかればいいのか」というテーマで僕たち医学生が住民向けに説明する日だ。木目調のちょっとおしゃれなスペースには20人を超える住民が集まり、僕たち医学生4人は人の多さに驚きながら、講義をする予定だった。

そう、「だった」のだ。

実際に集まった人数はたったの5名。しかもそのうち4名は市議会議員や医療者など、僕たちがやる医療教室をサポートしてくれるために集まった人達。いわば「身内」だ。つまり、実際に集まったのは、僕たちが地元新聞社にお願いして掲載してもらった新聞記事を読んで興味半分で来てくれたおばちゃんだけなのだ。

ガクッとうなだれる音が聞こえた気がした。

「やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ」

エヴァンゲリオン第一話でエヴァンゲリオンに乗るように父親から言われて拒否し続けた碇シンジ君ばりに焦っていた。エヴァンゲリオンはATフィールドと呼ばれる心の壁を展開することで絶対不可侵の領域を作ることができるほどの防御力を備えている。もはや僕もATフィールドを展開したい気分だった。なんのことだかさっぱりわからないと思うが、僕もさっぱりわからない。テンパっていた。

でもこんなところでくじけるわけにはいかない。僕たちは市、県、病院、医師会など多くの方に協力してもらい、僕たち医学生を中心に地域の課題を見つけた。この地域の住民は遠慮して「救急車を呼ばない」こと。だからこんな時は呼んでくれ!と伝えないといけない。僕は、使命感に燃えていた。そう、ギラギラになっていた。

結局、その辺を歩いていた高校生と中学生を捕まえて半ば強制的に医療教室を行った。意外に好評だったのは、嬉しかったけど、僕の中には失敗したという思いだけが残っていた。新聞に掲載してもらったし、街中にポスターを貼ってもらったし、facebookのイベントページも作った。人が集まるように努力したのに、人が集まらなかった。原因はなんだったんだろう。


相手の立場になって考えてみた。小学校の先生によく言われたように。

「どういうイベントだったら来るかな?」

「医療教室、どんな内容なら来るかな?」

「そもそも医療に興味のある人ってどれくらいいるんだろう?」

理由を巡らせていくうちに、ある考えにたどりついた。

(医療者ではない人からすると、医療なんて大切だけど、わざわざ時間を使ってまで行こうと思わないんじゃないか……)

確かに普通の人からすると、せっかくの休みに家族でまったりしたり、カフェでゆったりしたり、読みたい本を読んだり、おいしいランチを食べたりする代わりに医療教室に行きたいと思うわけがない。僕だって休日の大学講義にわざわざ行くよりも、友達と飲みに行く方がはるかに楽しい。当たり前だ。

とある有名な地域包括ケアの専門家から僕の想いを打ち明けると、こんなことを言われた。

「それは行動経済学だよ」と。

美味しい、おしゃれ、楽しそうといった五感で得た情報は、まず無意識的、直感的に飛びついてしまうらしい。行動経済学ではこれをシステム1というそうだ。人間の思考モードは、システム1の他にシステム2というものがあり、これは理性的に順序立てて考える思考だそう。しかし、システム2は無意識的、直感的なシステム1の前では、よほど時間をおいて考えない限り、思考停止状態になるらしい。

(これ、医療でよくある問題じゃないか……)

例えば、糖尿病で甘いものを禁止されていても、目の前に大好物のケーキがあれば、食べてしまう。運動しろと言われても、目の前におしゃれな面白いドラマが放送されていたら、一日中ずっと見てしまう。

医療は、おしゃれでも、美味しくもないし、楽しくもない。だから、行動経済学にまんまとハマってしまうと、医療はちゃんと患者さんに届かない。患者さんは冷静になって、システム2で考える必要がある。「これはシステム1だ! 直感的にケーキを食べたいと思っているけど、糖尿病に悪影響があるから食べるべきではない。ここは我慢だ!」と。まあ、よほど信念がないとやっぱり厳しいと思う。

どうすればいいんだろう……と、途方に暮れながら、考えを巡らす。


そうだ! 逆の発想だ。医療をシステム1にしてしまえばいいんじゃないか!

楽しい医療、美味しい医療、おしゃれな医療。

病院がアートに溢れていて楽しい。バランスのいい薄味のはずの病院食がむちゃくちゃ美味しい。健康的でヘルシーな生き方をしているのがおしゃれだ。

こんな医療なら、みんな喜んで医療に興味を持ってくれるんじゃないだろうか。どんなに病院を受診してくださいとハガキを送っても病院に来てくれない頑固なおじちゃんや病院嫌いの子供たちも楽しい医療を受けに来てくれて、健康になっていく。これが、未来の医療の形だ! と興奮した。


さて、僕たちの医療教室だ。どんな形がいいだろう。五感に訴えかける楽しい医療教室にしたいなと思った。興味を持ってくれそうな形。医療をしますっていう真面目な雰囲気が出ない方がいいな。美味しくて、楽しくて、おしゃれな感じがいい。何やってるんだろう? っていうワクワク感もほしい。

そうして、「モバイル屋台de健康カフェ」をすることになった。

この企画は、僕たち医学生や医療者が、街中で小さな屋台を押して移動しながらコーヒーを配る。そのうち、住民から「なんでやってるの?」「コーヒーおいしいね!」と声をかけられる。システム1をくすぐるような話から入る。そのうち僕たちが何者なのかという話題になり、医療者であることをカミングアウトする。すると、住民さんは自然な流れで、健康相談してきたり、医療のことを話してくれる。そんなちょっとおしゃれで、楽しそうな企画だ。

ばったり街中であった人の中には、健康診断にも行ったことのないパチンコ帰りのおじさんもいた。コーヒーよりビールがいいねなんてたわいもない話で盛り上がった後、別れる間際に僕はおじさんにこう言った。

「ぜひ健康診断行ってみてくださいね」

「考えとくわ」

新しい医療の形が動き出した気がした。


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守本 陽一
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