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道後アート2019・2020「踊りプログラム」再開

ご無沙汰しています。
道後アート2019・2020「踊りプログラム」担当
現代音頭作曲家の山中カメラです。

昨年度より「様々な人が参加出来る踊りプログラム」を沢山の方々の協力を得て模索してきた踊りプロジェクトですが、昨年のプレイベントの中止から新型コロナウィルス感染症が及ぼす影響は無視することが出来ず、当初予定していた沢山の視覚障がい者の方々、聴覚障がい者の方々と対面、交流しながら踊りを作り上げるという計画は縮小、変更せざるを得ないという結論に至りました。
このことは私自身の中に、「作品制作のために無理矢理でも進めるべきだったか?」という反省、罪悪感が半分、しかしもう半分は感染リスクがゼロでない以上、関わって下さる方々をこのイベントのために危険に晒すことは出来ないという切実な思いの両方が常に併存していました。
新型コロナウィルス感染症は、沢山の方々との交流を元に盆踊りを制作することを作品とする、現代音頭作曲家として活動している私自身の存在意義やアイデンティーを根底から揺るがすものであり、現在でもその葛藤と焦燥感は続いています。

したがって道後アート2019・2020のグランドフィナーレでの発表は、実現したかったことの数パーセントをしょうがなくお茶を濁すような形にするしか無いのかと半ば諦めかけていました、、、
しかし!!ここで改めて一遍の行った「念仏踊り」をもう一度深く解釈する良い機会であると捉え、今まで行ってきたことのプラン縮小ではなく、発表直前ではありますが、全く新しい試みを実験的に行う計画を立てました。

盆踊りには大きく分けて2つの大きな要素があります。
一つは、人が沢山集まることによる「踊り手同士のコミュニケーション」(これは当初私が今回の作品発表で目指したものです)、
もう一つは祖霊供養や宗教的なエクスタシーに達することを目的とした「見えないもの、人ではないものに近づく行為」です。
とりわけ一遍上人が始めた「念仏踊り」は自分の父親の供養から端を発しており、輪になって踊る(他の踊り手と向かい合わない事により踊りに集中する)ことや、南無阿弥陀仏を一心に唱える(一つのことに集中することで「今ここ」を意識する)ことなど、大勢の人が集まっていながら、ひたすら「見えないもの、人ではないもの」に近づく行為でありました。
「ソーシャルディスタンス」が叫ばれる現代のコロナ禍で、人と近づけない時期だからこそ、「見えないものに近づく」という行為に焦点をあて、気功を用いた「気」の存在や、日本人が古代から想像力という力で実現してきたアナログなバーチャルリアリティを用いて「見えないもの」に近づこうとする技術を再考するプロジェクトを道後アート2019・2020の踊りプログラムとして発表いたします。

2020年すべての人類は「人と近づくことが出来ない」という障がいを持ちました。

…つづく。

出典:
・沖縄県立芸術大学
今を生きる人々と育む地域芸能の未来
レクチャー・シリーズ①
「ソーシャル・ディスタンス」の時代において地域芸能を考える
[講師]
石倉敏明(秋田公立美術大学准教授)
大石始(ライター)

・「一遍と時宗」
石田善人著 法蔵館

・「遊行に生きた漂泊の僧 一遍」
井上宏生著 新人物往来社

・「一遍上人と熊野本宮ー神と仏を結ぶー」
桐村英一郎著 はる書房

より大きな気づき、ヒントを頂きました。

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