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2023年後半どう生きるか

表現したりまとめたりする時間なないま、2023年がスタートして、そして今年が半分終わりもう8月目前🌻

気がつけば、そうしくんは5歳になり。りんくんはこの夏が終われば4歳になり。そらわたしも38歳になるはずで。

ふと思い返して、ここで書いていた毎年の振り返りを読み返してみて。とてもとても今に感謝して、午前3時くらいに子ども達の顔をみて、ちょっと泣きました🥺

3年前の生活を振り返って

時間も手の本数も何もかも足りなかったころ。1歳と0歳の子供を1人で育てるのは、いろんな壁があった。

•ゴミを捨てに行けないから夜中に起きて出す
•荷物が持てなくて買い物に行けない
•1時間おきに誰かが泣いて眠れないから、起きるのしんどいし、ずっと起きてた
•片付けや掃除が危なくてできない
•1日に1000回くらいママって呼ばれてた、シャワー中も緊張でドキドキしていた
•安定して保育園にいけた月なんてなかった
•鏡なんて見れなかった、髪の毛は乾かす時間ないしショートだった
•1日がどこからどこまでかわからなかったし、現実か夢か多少混ざってた
•自分が風邪を引いたら全てが終わるから、実際に一度も風邪を引かなかった
•育児で悩むって、悩む時間もなかった。
•何もgiveできる余剰がなくて、友達と会う時間も趣味娯楽も全て手放して子育てと仕事をしていた
•神戸に帰ることで会社をたたむにあたり、1500万くらい返済しないといけないお金ができて、毎月100万ずつ返して一年ちょいで完済
•毎日3時間睡眠で、子供が寝たら明け方まで仕事していた

でも、写真フォルダも記憶もなんか楽しいことばかりだったように更新されていて、わたしの頭は少しネジがおかしいのかも知れない😇

あの頃も、今もわたしは全方位で守られて生かされている

たくさん色んなことが起こって。一部はわたしの引き寄せたものもあると思ってはいるのだけれど、起こった出来事はある意味過酷で、捉え方によっては悲惨なことも多々あったと思うけれど、いつも心の通う誰かが、無理だよって言った時のために、そばにいてくれたなと思っています。

そして、愛する息子達がいたから、ちゃんとまっすぐ、心を燃やして、前進できたと思っています。

たくさんの素敵な人たちとぶつかって向き合って、強くなった

•父親と母親
•子ども達の父親
•起業時のパートナー
•わたしの元を去った友達
•最後まで残ってくれた人たち
•潰してしまった会社の仲間たち
そして
•今も変わらず子ども達とわたしを見守ってくれる友人達
•居場所を与えてくれたcaratとまりすけ
•会社の仲間たち
•お客さん
•隊長(ほぼ名指し)
•子どもたち

どこをとっても、ここの中の誰もが、心のどこかで繋がっていて。残念ながらもう会うことのない人たちもいるんだけど、それも含めて、今のわたしの一部だなって思ってる。

どの過程も全て、意味があったと思えるのは、きっと山を越えたんだと思うんだけど。

その時その時は、怖くて震えながら、吐きそうだよと思いながら、でも逃げずに向き合う努力をしていたり。

許せなくて、悔しくて、心がついて行かなくても【あなたのこと、許しますよ】と、その人の残り時間の幸福のために嘘をつくこともあったり。

ちゃんとそれが、今一回りして、綺麗な円になりつつある。そんな感覚がある38歳。


生まれついて人よりも多くの才に恵まれた者は その力を世のため人のために使わねばなりません 天から賜りし力で人を傷つけること 私腹を肥やすことは許されません 弱き人を助けることは強く生まれた者の責務です 責任を持って果たさなければならない使命なのです 決して忘れることなきように

にこれは鬼滅の刃の中で煉獄さんのお母さんがそんなことを言っていたなーって言葉なのだけど、ものすごく心の真ん中にささっている言葉。

わたしは両親から強い心と前に進む力を授かったと思っている。その力があったから、学生時代にも新しい場所を見つけたり、東京へ飛び出したり、そこでたくさんのチャンスに出会えて、その中の数個を掴んだ。

まだまだ、自分の半径数メートルの世界でいっぱいいっぱいなんだけど。でも。そろそろまた周りに還元していく、フェーズに入っていくんだろうなという予感がしている7月末。

2021年の自分の記事を読んで、なんてコンパクトな規模感の話をしているんだと2023年のわたしは感じたわけで。
大きく動き出すのはまだ来年になりそうだけれど、今年後半は組織と向き合って、次のフェーズにみんなを招待する。そんな準備期間になるのかな、と思ってます☺️

これからも、私たち家族をよろしくお願いします🙇‍♀️

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