yumezyuya:x
冬のベーリング海は轟音に包まれている。ビッグマフくらいにうるさいやつだ。よく考えてみれば物心ついた頃には船に乗っていた。まだ八歳ではあるが一人前のカニ漁師として働いている。末広がりだから八は縁起のいい数字だと何処かの国で言われているらしい。僕には関係ない。明日、いや今を生き残れるかにかかっている。それにしても激しい波だ。気を抜いてしまっては飲み込まれそうだ。この船に長く乗っている船長は言っていた。
「冬のベーリング海に落ちればものの一分でこの世のものではなくなってしまうよ」
その言葉に怖気付き、僕はずっと海の上にいながらも海という存在が怖い。レベル9で歩く、ルディアノ城の毒の沼地のようだ。毒の沼地を抜けた先に何があるというのだろうか、この海の轟音を抜けた先に一体何があるというのだろうか。僕は前が見えなくなっていた、踏み出す足がどっちからかわからなくなるような感覚だな、と耽っていると船が大きく揺れ動く。今までに体感したことがないほどの衝撃だ。ただの荒波どころではない。こんなところにはあるはずのない氷山の一角にぶつかったような衝撃だ。次の瞬間、目の前には赤くて長い何かが迫っていた。それが何なのか理解するには時間が足りず、それは僕に当たり足は甲板から離れていた。少しだけ滑っとしていて、心なしか少し気持ちのよい気がした。
ふと目を開けると、そこは冬のベーリング海とは程遠いコンビニで買った氷が家に着く前に溶けて水になってしまいそうな、あたたかい浜辺にいた。汗をかいている。
「ここは何処だろう」
誰もいない気がするのに、とりあえず声に出してみる。当然誰もいないはずなのに声に出してみた。しかし、誰もいないわけではなかった。隣に何かいる。常識では考えられないほどに大きいタコのようにもイカのようにも見えた。考えてみれば意味がわからないが訊ねてみる。
「なんとお呼びすればいいですか」
それはクラーケンと名乗った。クラーケンは言葉を交わすこともできるのかと些か疑問ではあったが、確かに大きさであったり、その他の多くの特徴から考えてみてもクラーケンとそれを呼ぶのが相応しいと僕も思った。もちろん、クラーケンもたずねてくる。僕はとりあえずフランクと名乗った。そう名乗るべきだと思った。
「フランクさん、ここは何処なのかしら」
「さあ、わかりませんが寒い船の上でないことは間違いないと思います」
クラーケンのことは年上に感じられたので、敬語で話すべきだと思った。
「私こんなにあたたかいところは初めて」
クラーケンは喜びが垣間見えるも、何処か少し力がない。僕と一緒に流されてきたのだからそれくらいは当たり前だろうと思いつつ観察してみると、僕で例えると右腕のような部分を怪我している。生活ができなくなりそうなくらいだ。
「その怪我をしている部分は大丈夫ですか」
「ええ、しかししばらく海に漂うことはできなさそうです」
僕はそうですかと答える他なかった。クラーケンのことを考えるほどの余裕がなかったからだ。乗っていた船は何処にあるのか、そもそもここはどこで生きていくのに十分なものはあるのかが僕の大きな問題だった。クラーケンはこの場所を動けない。僕は周辺を見て来ると伝え、その場を去った。
ぐるっと歩いてみた結果、ここは島だということがわかり人は僕以外にはいないということがわかった。僕とクラーケンだけだ。そしていくばくかの食料は何処からか流れ着いたであろう缶と、島に流れ着いたベーリング海ではみたことのないような木の実であった。僕はそのことをクラーケンに告げる。
「あら、美味しそう」
僕が見つけたものだと言わんばかりに睨みつけたが僕よりも数倍大きいクラーケンにそんな凄みは通用するはずもなく、僕は逆に怯んでしまった。情けない。
束の間の食事は終わり、食料は潰えた。残るのは頑張ってつけた焚き火とクラーケンと僕。クラーケンの目を見つめると、さっきまでは気味の悪い漆黒にしか見えなかったが、パチパチと燃える焚き火と僕がくっきりと映っている。そういえばクラーケンはどこから来たのだろう。北欧神話というものに出てくる名前ということだったと記憶している。
「クラーケンさんはどこから来たの」
「ノルウェーの方から来たの」
僕はノルウェーがどこだかわからない。しかし遠くだということはわかった。遠く遠くだということはクラーケンの目を見ればわかる。そういえばクラーケンの体はどうなっているのだろう。あったかいのだろうか、はたまた冷たいのだろうか。
「クラーケンさん、貴方に触れてみたいのだけれど」
「そんなことを聞くのだなんて、もしかして童貞なの」
「だったら、なに」
「ふふ、かわいい」
いくばくか時間が経つが、一瞬が永遠に感じた。胸が揺れる気がする。実際に揺れているかはわからないけれど熱くはなってきている気がする。覚悟を決めてクラーケンに触ってみる。海の冷たさから考えてみるとほんのりと温かい気がした。次の瞬間見覚えのある赤くて長い何かが目の前を横切る。僕は怖くて目を瞑ったが、僕の身体が宙に舞うことはなかった。その代わり、少しだけ温かくてぬるっとした感触が額を覆う。誰かに撫でられたのは久しぶりだ。もっとクラーケンのことを触ってみたくなった。今度は何も言わずに触れてみる。
「ちょっと!そこはダメ…でも触り方が違う、こうするの」
クラーケンはたくさんある触手を使って僕の右手を器用に動かす。時折ビクッと動く姿はまるで魚を締めたときの動きだ。不意にクラーケンは言う。
「充分気持ちくしてくれてありがとう、今度は私が気持ちよくするね」
「えっ」
クラーケンの触手が僕の股間に伸びる。なぜだかわからないが、僕の職種もすでに伸び切っている。なんだろう、初めての感覚だ。とても気持ちがよい。不意に僕の淫部の奥底のほうから、溢れ出す熱いパトス。
「何か出そう」
「出していいよ」
淡白な会話を交わすと同時に飛び出す蛋白な液体。クラーケンの触手よりも粘り気がある。
「たくさん出たね」
そうクラーケンは言った。しかし僕はまだいける気がする。僕の淫部は止まらないのだ。パトスが再び動き出そうとしているのだ。そのときクラーケンは不思議なことをまたいう。
「挿れていいよ」
僕は思う、何をどこににいれればいいのだ、困惑する。マーク式のテストで同じ数字が三回以上続いたときのような不安だ。
「どこに」
「わからないならわからないっていえばいいのに」
また触手は見た目の割に丁寧に僕の肉根を包み誘う。そうして怖くなって僕はまた目を瞑る。そうすると今までとはまた違う感覚が肉楔に伝わってくる。あたたかい、かつてどこかで感じたことのあるようなないような感じだ。夢で見たことがある風景をあの街で見かけたような気持ちになる。触手ではない「何か」が僕の肉根を包んでいるのは間違いない。そして動いている。首筋にぽつりと汗が伝う。先っぽの神経は脳みそではないどこかへとつながっていることは確かだ。視界は少しスローモーションでぼやけている。
「うっ、また出そう」
そう伝えた瞬間には出ていた。もう出ていた。少し萎んだ気がするが、今までよりも大きくなったようなならなかったような気もする。もう壊れてしまいそうだ。しかしクラーケンは動きを止めず襲いかかってくる。足は地面から浮いているような、脱力感とこの世の何もかもがどうでもいいように感じつつも全てが悪い方向に進んでいるような厭世観が心と体を蝕む。
「次はフランクさんが動いてみて」
クラーケンは息を乱しながらも僕に言う。わからないなりにさっきクラーケンに挿れてもらった場所に今度は、自分で挿れる。
「全部出す」
僕はそう宣言した。腰を動き始める。すごい重くて軽い動きだった。醜い行為にもう二回も果てておかしくなりそうだった。いや、おかしくなっていた。生まれたての子鹿のような腰つきで僕はクラーケンを攻める。相手に動いてもらうのとはまた違う角度での気持ちよさだ。三回目はある程度この行為を楽しめたのかもしれない。しかし正直こんなもんかと思った。
波の音がする。しかしベーリング海の冬とは違うし、誰かと見るものとも違っていた。焚き火がパチパチ燃える。残り少ない食料もまた尽きようとしている。
「こんなもんか」
もうここには僕以外何もいない。