ノープランキャリア形成論
年末のこの時期、一年を振り返ることが多い。大学では年度単位で研究費が執行されるので、残り数ヶ月でどのような成果が出せるか悶々と悩む。それと同時に、この一年で何を達成できたかのか、そして次はどこに向かうのか人生戦略の見直しも行う。
僕は研究者としてのキャリアしか知らないので、その視点から考えることしかできないが、少しキャリア形成について思うところを書いてみたい。
世にはキャリア云々の啓蒙書やセミナーが溢れていて僕もSNS等で情報のシャワーには浴びている。キャリアの定義からゴール設定と数値目標の設定まで丁寧に解説してくれている。さらに最近はワークライフバランスという言葉も浸透して、仕事と社会的活動と家庭のバランス取るのを良しとする考え方が若者にも広がり、キャリアプランにも影響を少なからず与えている。
最初に断っておくとこれらの考え方が良いかどうかは、その人の生きる原動力が何なのかによるだろうから、答えは無いと思うし、各人が選べばいいと思う。
僕の場合のキャリア戦略の基準は、10年後に向かってワクワクし続けられるかどうかに尽きる。役職とか給料はあるに越したことはないけれどあくまで手段。苦労が多くてもワクワクし続けて仕事なり社会活動が続けられるのであれば、ベストだと考えている。
いつも自分のキャリアを考えるときに、必ず自分に問いかけるのは、何のために生きたいのか、という単純な問いかけ。僕は高尚な意義とかはバカなので分からないけど、ワクワクすることに向かって生きることの方が重要だ。きっと人によってワクワクするものは違うし、ぶっちゃけ仕事じゃなくて趣味なのかもしれないし、社会活動なのかもしれない。
で、あとはそれをベースに足りない部分を考えながら、キャリアプランなりライフプランを埋めていく。面白い考え方をする人や創造性豊かな人、楽しそうに生きてる人って、これを無意識のうちにやっているように思う。
そういう話を悩める学生などにすると、具体的にどうすればいいのかってハウツー的なメソッドを必ず聞く人がいるけど、結局は結果論なんだよなって言ってしまう、厳しいようだけど。
世に中で社会的に一定の成功を収め楽しくやってる人を観察して真似ようとしたって、同じ時代、環境で生きてるわけじゃないんだし、他人なんだから。
僕の今の答えは、とりあえず出来るところからやってみて、ダメそうなら変えればいい。ダメな人はダメなことに、無駄にこだわり続けてしまうからダメになる。むしろ積極的にチェンジして、その過程で色んな組み合わせのスキルも身について、気づけばちょっと普通とは違うカードになるくらいの感覚でいいのではと思う。
とても無責任なことを言っているようだけど、ワクワク出来ることをやって、その結果として想像してたのと違うことになってもいいじゃない。成果主義の世界であれば勝負世界での負けを潔く認めればいい。でもワクワクし目標に向かって生きるっていう目標は達成出来ればハッピーじゃないかなと思う。