筋シナジーその1

疑問

僕はこれまで、自分の体の動きがどのように制御されているのかをマジメに考えたことがなかった。自分が立っている時、歩いている時、座っている時に、体では何が起こっているのか意識したことがあるだろうか。

「立つ」ことすら複雑な動作?

僕らの体を電子回路のようなシステムと考えてみよう。まずは、どんな部品があるのかというと、電気入力に相当する脳、信号を中継する脊髄、それと出力を行うための200の関節と600以上の筋が主にある。ひとえに「立つ」という動作であっても、これらの部品がフル稼働して色々と調整して動いているようだ。

ロボットと人間の違い?

では、これらの部品と同じものを搭載したロボットを作れば、人間と同じ動きができるのだろうか。現時点ではまだ実現には至っていないようだ。

命令を下す脳の複雑さ

なぜか。一つは、脳内から筋肉めがけて出力される命令入力信号の複雑性。これは何かっていうと、一つの動作をするにも、単に同じ命令を送り続ければいいというわけではない。僕らには感覚(視覚や触覚など)を脳へと伝える機能も持っていて、まわりの環境(傾斜、とっさの障害物の出現など)に適応させながら、リアルタイムに命令を送っている。そのためには、脳内の多くの部分が互いに複雑に協調しながら対応しているのだけど、まだまだわからないことが多いということ。

筋シナジーの存在

もう一つが、筋シナジーだ。多くの運動器(関節・筋肉)が互いに協力して一つの運動を生み出していることはすでに知られていて、協調関係にある筋は、同じ命令信号を受け取っていると考えられている。筋シナジーとは、同じ命令を同時に受けている筋肉間の協調関係のことだ。これがなぜやっかいかというと、筋シナジーがどのように生み出されているのか、あまりわかっていないからだ。

筋シナジーの起源

二つの仮説

そもそも、なぜ筋シナジーが必要なのか。どうやら僕らの体は、「冗長(じょうちょう)」にできているらしい。冗長という意味には、二つの意味があると思う。一つはリスク管理で、もう一つは人間の進化過程の遺物

リスク管理というのは、予備軍みたいなもので、何かトラブルがあっても予備軍が対応できるようにストックを用意しておくということだ。つまり、僕らの200の関節と600以上の筋は、実際はそんなに必要じゃないんだけど、予備をたくさんもっているということ。でもその分、脳から命令を送る経路が膨大になってしまう。そこで、運動するときに似た機能をもった運動器には、まとめて同じ信号を送るという合理的な形に行き着く。それを具現化したのが筋シナジーということ。ちなみに、筋シナジーに対応する神経回路があるのかどうか、まだわかっていないらしい。つまり、どうやって離れている運動器が協調しているのか理解できていないということだ。

ちなみにあまり触れないけど、進化過程の遺物とは、進化のある時点では必要だったけど、環境の変遷とともに無用の長物になってしまったということ。たとえば、遺伝学でも「偽遺伝子(pseudo gene)」というものがあって、これも進化のある時点では必要なタンパク質を作っていたけど、そのタンパク質はすでに不要になってしまって、使用されない残ってしまった遺伝子だ。僕らの祖先が水中から陸上に上がって、さらに陸上でも四足歩行から二足歩行へと移行して、さらにさらに複雑な手先の動きやジャンプなどの高次の動作を獲得していくに従って、必要とされる運動器も進化し、変遷してきたのだろうと想像できる。その過程で、残ってしまったものが、現在の僕らの体に残っていると考えても何も不自然ではない。

筋シナジーをデータから観察するには?

筋シナジーを観察には、表面筋電位(surface electromyography; 通称sEMG)が使われる。sEMGとは、ざっくりいうと筋肉から発せられる微量な電圧を高頻度に読み取る機械だ。プラスとマイナスの電極を皮膚に当てると、その間にある筋肉から発生する電圧を読み取ってくれる。筋肉の活動(=筋肉の収縮力)が高いときは筋電位が大きくなり、筋肉が疲労すれば収縮する頻度に変化が現れて、筋電位の時間周期が変わっていく。

大事な点は、筋電位が神経を伝わってきた命令である電気信号を反映しているということ。この電気の元を辿っていくと、筋につながった神経⇄脊髄(中枢神経)⇄脳といく。つまり、この電気信号の中に脳からの命令のヒントが隠れているということだ。

筋シナジーを見るためには、ざっくりいうと波形の類似性を評価する筋肉Aと筋肉Bのシナジーを見るには、二つの筋肉で測定した表面筋電位の波形を比較してみて、類似していればそれらは同じ命令を受け取っていると考えることができる。

類似性を評価する方法には、主に二つ提案されているものがある。一つは、コヒーレンス、もう一つは次元縮小法である。コヒーレンスというのは、筋肉Aの筋電位が上がると筋肉Bの筋電位も上がるという、いわゆる波形間の「相関」である。0であるほど似ていないし、1であるほど似ているという指標である。次元縮小法とは、波形をいくつか(〜数個)の少数の特徴的な波形に分解してから、各筋肉の特徴付けを行う方法である。例えば、筋肉AとBは波形Xという特徴的な波形を共有していて、筋肉AとDは波形Yという特徴的な波形を共有している、という形にしていくと、類似した筋肉群を同定することが可能になる。

筋シナジーの臨床的意義

筋シナジーは、成長発達段階によって違うことが知られている。僕らの体は、感覚器を通じて外界の情報に合わせて運動を学習していく。その過程で、筋シナジーも効率化されていくと考えられている。一方で、高齢になる従って神経も運動器も老化を始めるため、筋シナジーも変化していく。同じ「立つ」「歩く」といった一見すると基本的な運動であっても、それを実現するため手段=筋シナジーは変化させているということ。また、神経疾患(例えばアルツハイマー病)でも、健常者と比較して、同じ動作でも筋シナジーが異なることも知られている。筋肉への介入が最も多いリハビリテーションでは、各筋肉への介入ではなく「機能単位」=筋シナジーで考え、その向上に努める必要があるという考え方につながる。



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