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【秘密】としてのTwitter

朝井リョウ著『正欲』では、水フェチという性趣向を使って、性的マイノリティを言祝ぐ空気の偽善性が摘発される。多様性という一見多幸感に溢れる言葉は、マイノリティが可視的に「解釈」できるパターンの肯定に過ぎず、その外部はより一層排除されるようになる。相互理解を達成できているという身勝手な自己意識を、おめでたさ、という言葉で非難していた。これは昨日考えていた、「かわいそうと思える相手にだけ寄り添う」問題の続き。

「解釈」という問題圏を想定する。マジョリティがマイノリティを保護するときのパターンは基本的に、彼らの特徴を「解釈」し、理解するという方法が取られる。たとえばLGBTQを正常なものとして「解釈」しようとするさいには、異性愛との類似やパラレル性といった観点が用いられる。例えば男性の私は、女性に恋をする気持ちがあるから、女性が女性に恋する気持ちはなんとなくわかるし、同様に男性が男性を好きになるのもわかる、というように、自分に近づけて「解釈」の余地を探る。「解釈」ができれば賛成して、できなければ反対する。



ちょうどいま読んでいる、千葉雅也『意味のない無意味』には、【無解釈性】という概念が登場する。

きちんと習得できているわけではないが、およそこの【無解釈性】という言葉では、論理的解釈の結果として実存が存在しているのではなく、解釈の外部に実存は【偶然】、そして偶然であるからこそ【絶対的】に存在している、というようなことが言われている。提唱者であるカンタン・メイヤスーは、この概念の例として、人間が絶滅した後の世界、人類誕生前の世界などを挙げているようだ。

千葉さんは【無解釈性】の文脈に、【秘密】という言葉を置く。【無解釈性】を体現する存在は、世界に【秘密】として出現する。その【秘密】とは、理解できないもの、いや、むしろ理解することを諦めるようなもの。



ツイートは、世界の「解釈」だ。Twitterという空間は、「解釈」の体系だと言える。しかし、「解釈」の体系であるTwitterの、その総体をイメージすることは極めて難しい。フォローとツイートという極めてシンプルな原理で構成されているにも関わらず、アカウント毎にタイムラインの事情は全く異なり、他人の画面を想像することはできない。そこには厳然とした【秘密】が存在する。

我々は【秘密】のような言語空間で、情報を【偶然】知る。その情報を「解釈」して、それぞれの世界像を組み立てていく。そしてその「解釈」を、Twitterに返す。こうして【秘密】が深まる。

そしていま私たちが問われているのは、個別の「解釈」をしたり反応したりすることではなく、むしろ「理解できないもの=【秘密】としてのTwitter」との付き合い方ではないだろうか。Twitterで偶然流れてきた言説によって、それぞれが自分自身を構築して、その各人が社会を営む。そして世界全体がTwitter化=【秘密化】していく。向き合うべきは、その理解のできなさのほうではないか。

今日は論旨がめちゃくちゃ捻れてるけど、とりあえず終わり。明日引越いやだー泣

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