『きみの鳥はうたえる』(三宅唱監督)

最近、家でお酒を飲むことが増えた。缶ビールの苦味がくちびるに当たる瞬間、閉店時間前にシャッターを下ろしてしまったときのような罪悪感が芽生える。アルコールに酔うのは、その罪悪感から目を背けるためなのかもしれない。

楽しくお酒を飲むことの何がいけないのか、そんな映画だった。主人公たちは仕事もいい加減に酒を楽しみ、遊びまくる。酔うこととはつまり青春ということで、そこには楽しさと残酷さが同居している。人は、酔い潰れた果てに、何を見るのだろうか。

物語は「僕」「静雄」「佐知子」の三人を軸に展開する。僕と佐知子の出会いのシーンは、今思い返してもうっとりする。静雄が灰皿を捨て花を挿す場面は、それだけで何故か胸を打たれた。細かな演出や照明が効果的で、三人のつかず離れずの関係がとても丁寧に描かれていて、胸が痛くなる映画だった。

一番好きだったのは、コンビニでのシーンだ。三人がセイコーマートの中をうろうろしながら、酒瓶をかごに入れていくだけのシーンだ。日常空間を映画的に仕上げる手さばきが魔法的で、思わず声をあげてしまった。カメラワークと演技のリズムがとても楽しく、幸せな時間だった。

酔いを極めて死ぬことはできない。残酷にも、楽しい時間は終わる。それぞれの事情を突きつけられ、青春はあっけなく終わっていく。ラストシーン、石橋静河の嬉しさと悲しさに引き裂かれるような表情が、いまだに忘れられない。

出来事を通じて人は変わることができると、根拠もなく私たちは信じている。だから、賭けるような気持ちで、日常を送っている。そんなわけないじゃんという声に支配されないように、今日もくちびるに苦味を当てる。

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