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ポメラを買う

Amazonで注文していたポメラが届いた。記事を1本書いてみたが、使い勝手がとてもよい。表面がしっとりしていて、ずっと触っていたくなる。なるほど、これはいろんな人がはまるわけだ。これがいい買い物というやつか。

27にもなって、いまだに買い物が苦手だ。すべてが浪費のように感じられ、罪悪感がつきまとう。節制を迫る心の声におびえている。きゃあ、という声で逃げだしてくのは、自分ではなくてお金のほうだ。

ものの本によれば、買い物上手は浪費と投資を区別するらしい。浪費を削って投資を増やすべしとのこと。じゃあ、すべての買い物は浪費だ、生活に意味などないのだから。そもそも、労働ですら浪費に感じてるのに。お金に希望を与えたくて、みんな推しに投資するんだろう。

仕事帰り、昨日の記事はあんまり品のいいものではなかった、とふと思った。指示に従うように躾けられているということは、秩序の破り方を隠されているということと表裏一体だ。昨日のは、変な力が入ってしまい、長文になってた気がする。読み返したくない。バカには、ものの言い方がいつまでもわからない。

何も終わらず、何も始まらない。ここは地獄でない地獄だ。生活の肌触りはとても冷たく、コンクリートに寝そべっているような心地だ。僕は気づいていないふりをする。罪悪感に呻きながら、またレジをあとにする。本当に満足できる買い物を、あと何回できるのだろう。

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