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2023

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2023年11月の記事一覧

回復(エッセイ)

回復(エッセイ)

会社が退職日を前倒ししようと迫ってきていて、明日はそれに対処しなければならない。これまでも社長は退職者に無理を迫ってきていたから、気を引き締めなければならない。今日まで自粛期間の休みだったが、休み明けからいきなり大きな仕事だ。

昨日は夜中まで眠りに就かず、伊坂幸太郎を最後まで読み終えた。氏には珍しい警察小説で、全体主義的ディストピアに小市民がいかに対抗するかという想像力だった。まとまりに欠くが意

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療養(エッセイ)

療養(エッセイ)

丸一日家に閉じ籠っているというのも案外悪くなく、なんなら体調もやや優れていて心地いい。午前中に恋人が食材を持ってきてくれて、佐川急便に不在票の連絡をした。穏やかに一日が終わろうとしている。

そういえば昼過ぎに社長から電話があったがあれは腹が立った。会社は退職日をなんとか前倒ししたいようで、わざわざ自宅療養中に個人の携帯に電話をよこしてきた。復帰後に対面で面談することになったが、忘れずに録っておか

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妖精 (エッセイ)

妖精 (エッセイ)

分厚い睡眠から目覚めると午前9時だった。頭が重く寒気がする。自力で帰ろうと思っていたが、母親に促され、結局車で送ってもらうことにした。朝食に何かと、自分で買ってきたお土産を少し食べた。

母親の運転で高速を走るのは久方ぶりだった。車線の中で車体がふらふらと揺れ、何度か目を瞑った。新木場、新宿と何度か現在地を口に出しながら走っていた。着くと、私はアパートの前に車を停めさせて、部屋で休ませてから帰した

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帰国して(エッセイ)

帰国して(エッセイ)

フランスのドラマ撮影現場に入って、空中に浮かびながら建物内を周り、吹き抜けやらサウナやらを飛びぬけていく。目覚めると18時前で、寝汗で全身がずぶ濡れだった。夢の中で夢を見ていて頭が重かった。

時差ボケもなにも、終日寝て過ごす一日だった。実家のベッドは眠りやすく、どうしてこの睡眠環境を私が住んでいたころに実現してくれなかったのか。一人暮らしの家には明日帰ることにした。

出張用に買った伊坂幸太郎の

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スペイン#10 (エッセイ)

朝起きると寒気が止まらず、セーターの上にパーカーを重ねる。咳も治らない。同僚に連れられてふらふらで空港に乗り込む。感慨も何もない。

搭乗手続きの列で解熱剤を飲み、少しだるさが解消した。母親に電話して、空港まで迎えにきてもらうことにした。機内で悪化しないといいが。

スペイン#8 (エッセイ)

7時に起きようと相談し、起きたら8時だった。カーテンを開けシャワーを浴びていると同僚が目を覚ましてきた。駅に行くと電車が2時間後の便しかなく、仕方なく散歩して時間を潰した。

コルドバは路地が入り組んでいて、何度も道を間違えては引き返しながら進んだ。ひととおりの名所をすぐに観光し終えてしまい、迷路のような街を目的なく歩き回った。

途中、高級そうなホテルでトイレを借りた。出て再び歩き出そうとすると

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スペイン#7 (エッセイ)

同僚がボランティアスタッフと意気投合して、閉場後に食事に行った。連れていってくれた鮨屋は会場から徒歩30分ほどのところにあって、開店前だったので立ち話でしばらく時間を潰した。悩んでアボカドとサーモンの寿司を頼むと、バランスの良い味だった。

ファビオは日本人女性との交際経験が豊富で、ファビオの女性遍歴は聞き応えがあった。名古屋に留学していたときはナンパばかりしていたそうだ。「ヤリモク」だの「パコり

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スペイン#6 (エッセイ)

その日にあった出来事を思い返して、いくつかを選び、それを言葉に換えて並べる。記録にならないように、自由に書く。けれども、実は何も書けていなかったのかもしれない。現実は言葉と全然接続されていない。

今朝のタクシーは女性のドライバーだった。加速は緩く、交差点では隣の車に声をあげていた。運転が母親に似ておばさんくさかった。

イベントの広い会場内の隅に、一人でいられる椅子を見つけた。同僚は他人と談笑し

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スペイン#5 (エッセイ)

レセプション、という名のパーティ、という名の苦痛。イベント参加者が一堂に会する交流会。話し声の騒音に囲まれて、アルコールの匂いが漂う。苦手というより、もはや「くさい」。外の空気を吸いに逃げる。

終了後、昨年仲良くなった運営スタッフと飲みにいく。今年にはいって出向先から元の会社に戻ったそうだ。パエリアを囲もうとテラス席に座るが、ムスリム用の店だった。仕方なくタイ米のシーフードチャーハンを食べる。彼

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スペイン#4 (エッセイ)

ハンバーガー屋に行くと奇妙な位置の席に通される。奥の広いテーブルは空いているというのに。特に気に留めることもなかったが、これはアジア人差別らしい。まあ英語も話せない不審者だし、と妙に納得する自分がいる。

逆の立場だったら。私が日本の給仕の立場だったら、確かに変な客は奥には入れない。それは差別意識というよりも、危機管理といったほうが近い。差別は悪意ではない理屈で生まれるからタチが悪い。差別にも存在

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スペイン#3(エッセイ)

展覧会準備をしていると、いつも悲しくなってくる。どうして自分ばかり損な役回りなのか。大変な仕事ばかり回ってくるのか。それは被害妄想なのかもしれないし、客観的事実かもしれない。

他人から言われるまでもなく、自分の感情を主観に過ぎないものとして処理している。客観的に現実を捉えることは困難で、自信を持つ者の主観から通されていく。声を上げられない者は卑屈になる。

夕食、開き直った私は好きなものを頼んだ

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スペイン#2 (エッセイ)

スペイン#2 (エッセイ)

スペインを「情熱の国」と名付けたのは誰だろう。マドリードの街は固く素っ気ない。建物は見るからに歴史があって威圧的で、道路は石畳みで急勾配だ。歩きタバコと吸殻の投げ捨てが溢れていて、気が休まらなかった。

豪勢さというものを身体の芯から感じるのならば、やはりプラド美術館なのだろう。同線も鑑賞もお構いなしにコレクションされた絵画は、もはや権威そのものだった。隅に追いやられたゴヤの作品が素晴らしかった。

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スペイン#1 (エッセイ)

スペイン#1 (エッセイ)

同僚と羽田空港で合流すると、同僚の母親が見送りに来ていることに気づいて面食らってしまった。悪いことではないという言葉を拡大解釈しすぎているように思うが、まあ私が何か言う事柄ではない。タトゥーで団扇を彫った外国人を見かけた。

19時間のフライトを終えてマドリードに到着する。トランジットのイスタンブールまでの飛行機は、リクライニングが壊れていて悲惨だった。機内食のオムレツが食べられたものではなく、パ

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出発(エッセイ)

出発(エッセイ)

空いた時間に小説のひとつでも書こうかと思ったが、緊張しているのか書き出しが降りてこなかった。今日は夜から海外出張で、気持ちが落ち着かなかった。3週間ほど続いている咳が治まらない。不安の種を潰しているうちに荷物は膨れ上がり、レンタルした一番大きいスーツケースがいっぱいになった。

一年前の出張の日記を読んでみれば、精神的に疲れているようだった。今年はどうなのだろう。ふと体重に乗ると62キロ台に痩せて

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