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[短編小説]醜悪なもの#4

 ――数ヶ月後。
 脱走してからあっという間に仲間が増え、そして死んだ。ゲオルグ王も本気で我々を殺しつくすつもりらしい。ひどく目立つ我々の見た目はすぐに人々から町中へ、国中へ情報が巡る。厄介だが同時に事を進めやすかった。なにより、実験され人じゃなくなる前に連れ出したダニエルが動きやすくなる。ダニエルは私が望むならと、情報を収集して、時には気が緩んだ人々を刺し殺し。我らを街中へ手引きした。
 ダニエルの負担が大きいがダニエル以外の仲間はみな人の姿を保っていないからこうするしかなかった。
「ダニエル」
「なんだい? アンドレまた街に潜り込むかい?」
 笑ってそう答えたダニエルに首を横に振り、したかった質問を投げかけた。
「体と心は大丈夫か?」
 その質問に虚を突かれた顔で呆けるダニエルに言葉を続けようとするが、私より早くダニエルが喋る。
「アンドレらしくないな。俺の事なんて気にしないでいいさ」
「気にするだろ、お前には無理をさせてばかりだ」
「だが、それは必要な無理だろ? 俺が頑張ればアンドレの望みに一歩近づく。それは俺にとって何よりうれしいよ」
 笑ってそう言うダニエルは自身の手足を眺めて呟くような小さな声で続けた。
「俺のこの腕に、俺の体に、存在に価値を見出してうまく使えるのはお前だけだよ、アンドレ」
「だから、アンドレが反乱を望むなら起こすだけの努力は惜しまない。殺戮が望みなら幾らでも殺す。王への報復が望みならそれまでの道のりを作る」
 それが今を生きている。私についていく理由だと、ダニエルは語り続けた。
 脱走してからもう数ヶ月。仲間は半数以上殺されている。今の私には反乱をして、ゲオルグ王を殺すだけのビジョンが見えない。仲間が、ダニエルが見ている私はきっと過大評価され、神格化されている。だが、そのおかげで私はまだ奴を殺すという意思を持てる。たとえ作戦が建てられなくても、殺せる未来が見えなかろうと。私を信じる者が一人いるなら。この反乱をやめる理由はなくなる。

 ――そう意気込んで、私は後に後悔する。例え、何があろうと進むべきではなかった。もう仲間も少ないのだから仲間を連れて別の土地へ向かうなりすれば良かったのだ。それが仲間から非難されようと。残った命を守るべきだった。
 目の前には見覚えのある、顔。そいつが振るった剣により、ダニエルがいのちをおとした。
 肉体と離れた首がころころと血を流して私の足元に来る。
「アンドレ。没落した貴族で、王が最も警戒した反乱分子」
 真っ暗なその瞳は死んだダニエルも、目の前で呆然とする私も映さない。周りの残された仲間達もこの男の背後から放たれた弓矢で死んでいく。
 苦しかった。悲しかった。憎かった。殺してやりたかった。でも、もう私の殺意も何もかもゲオルグに届かない。ここで私は、私を信じてくれたものたちと共に終わるのだろう。ああ、腹が立つ。
 どうしようもない怒りが溢れてくる。ダニエルを、仲間を殺した此奴が憎い? 私の家を奪った王が憎い? 違う。私の怒りは、もっと単純で、どうしようもなく我儘だ。
 少しも動かない男に近づき変異して、反乱して、数多の血を吸い赤黒くなった爪で男の顔を切り裂いた。
「私は平穏に生き、平穏に死にたかった」
 たとえその死が没落した独りぼっちの家で何にも看取られずとも。私はあの家で、生まれ育った場所で死にたかったのだ。
 男が血を流しながら私の腹に剣を突き立てる。もう抵抗はしない。我らの反逆はここで終わる。反乱分子として、反逆をして死んでいく我ら実験体。私の望みはなダニエル。あの実験島に連れられ、人じゃなくなった時点でなくなっていたんだ。剣が横に引き抜かれ、私の生は終わった。